ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

数に入っていない rw+3,737-0213

更新日:

Sponsord Link

真夏の昼下がりだった。

青梅線の無人駅で、私はひとりホームに立っていた。都心から少し外れただけで、東京はこんなにも音を失う。蝉の声だけが、コンクリートの縁に反響していた。

銀色の車両が、きしむような音を立てて滑り込んできた。

ドアが開いた瞬間、違和感があった。
混んでいる。

この時間帯のこの区間で、座席が埋まることはまずない。だがその日は、制服の学生、作業服の男、買い物袋を抱えた女……ほとんどの席に人がいた。顔は覚えていない。ただ、人の輪郭だけがあった。

空いていたのは、端から二番目の席、ひとつだけ。

当然のようにそこへ腰を下ろした。

隣に、老人がいた。

六十代か七十近い痩せた男。黄ばんだ白シャツ。皺の深い頬。吊り上がった目が、ゆっくりこちらを向いた。

その目が、私を通り越していた。

何かを見ている。
私ではない、私の“形”を。

言葉はない。ただ、眉がわずかに動いた。確認するように。
あり得ないものが、そこに座った、とでも言うように。

その視線に押されて、私は車内を見渡した。

誰もいなかった。

制服も、作業服も、買い物袋も。
座席はすべて空いていた。ついさっきまで埋まっていたはずの場所が、剥ぎ取られたようにがらんとしている。

停車した覚えはない。
ドアの開閉音も、足音も、ざわめきも、何も聞いていない。

ただ、消えていた。

車輪の振動だけが、一定のリズムで床を震わせる。窓の外の景色は流れている。
現実は続いているのに、人数だけが合わない。

老人は、まだこちらを見ている。

その目に浮かんでいたのは、警戒ではなかった。
恐怖でもない。

「確認」だった。

彼は一度、私の足元を見た。
それから、空席の列へと視線を滑らせ、再び私に戻した。

まるで、いないはずの場所に、座標がひとつ増えているのを数え直すように。

息が浅くなった。
自分の膝に触れてみる。布の感触がある。体温がある。

だが、確かめるほど、手応えが薄くなる気がした。

もしかすると――

この車両には、最初から老人しかいなかったのではないか。
私は、途中で“入り込んだ”のではないか。

満席だった光景は、私が見るための配置だったのかもしれない。
空席に座らせるための。

老人の唇が、わずかに動いた。

声は聞こえない。
だが口の形は読めた。

「やっぱり」

何に対する「やっぱり」なのか。

次の瞬間、彼は首を傾けた。
私ではなく、私の後ろの空間へ。

反射的に振り向く。

誰もいない。
連結部のドアが揺れているだけだ。

だが、揺れは内側から押されたように見えた。

立ち上がった。
逃げるというより、位置をずらしたかった。自分の座標を。

連結部へ向かう途中、ふと窓ガラスに映る車内を見た。

老人が、こちらを見ている。

その隣に――

私が、座っていなかった。

空席だった。

窓に映る座席は、老人の隣だけが、ぽっかりと空いている。

足が止まる。

視線を直接戻す。

そこには確かに、私は立っている。
だが窓には、いない。

老人が、ゆっくり頷いた。

理解した、とでもいうように。

次の駅に停まった。

ドアが開き、初めて他の乗客が流れ込んできた。高校生、会社員、買い物帰りの女。
何事もなかったように席が埋まる。

老人の隣にも、若い男が座った。

私は連結部に立ったまま、老人の横顔を見ていた。

彼はもう、私を見ない。

まるで、最初から数に入っていなかったものを見る必要がないように。

あの日以降、青梅線には乗っていない。

だが時折、都心のホームで電車を待っていると、妙な感覚に襲われる。

人が多すぎる、と。

視界に入る人数が、どこかひとつ、余っている気がする。

満員電車の中で、誰かが空席に気づくように、
誰かが、私の分の座標を数え直している気がする。

もし次に、あなたがローカル線に乗って、
ひとつだけ空いた席を見つけたなら。

座る前に、一度だけ周囲を見渡してほしい。

その席は、本当に“空いている”のか。
それとも、そこにいるはずの何かが、あなたに譲っただけなのか。

そして、もし隣の誰かが、
あなたではなく、あなたの“存在”を確認するような目で見ていたなら。

そのときは、窓を見てほしい。

そこに、あなたは映っているだろうか。

[出典:85 :電車での不思議体験 1:2020/02/26(水) 01:57:00.43 ID:hHNPiNRf0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.