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それ、くださいな rw+3,168

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昔、祖母がまだ小さかった頃の話を、生前に何度も聞かされた。

夕飯のあと、祖母はよく縁側に腰を下ろし、梅干しを指でつぶしながら昔話をした。怖がらせようとする語り方ではなかった。むしろ、どうでもいい昔の出来事を思い出すように、ぽつりぽつり話す。

その中で、何度聞いても細部が変わらなかった話がある。

「千代子が小学校に上がる前だったかねえ」

ある秋の夜、祖母は母親と二人で親戚の結婚式から帰るところだった。

月が出ていた。

丸く、妙に白い月だったという。

母親は朱塗りのお重を抱えていた。引き出物で、中には赤飯や煮しめ、蒲鉾、栗きんとんが詰められていた。祖母は子どもだったから持たせてもらえず、ただ甘い匂いだけを嗅ぎながら歩いていた。

家までは遠くなかった。

何度も通った道だった。

その一本道に、女が立っていた。

腰まである長い髪。古い柄の着物。月明かりがあるのに、顔だけはよく見えなかった。

すれ違う少し前、女が言った。

「それ、くださいな」

母親は足を止めた。

祖母を背中に隠すようにして、低い声で答えた。

「これはお祝いのものですから、差し上げられません」

女は何も言わなかった。

二人はその横を通り過ぎた。

しばらく歩いた。

百歩も行かなかったと思う、と祖母はいつも言った。

前を見ると、また女が立っていた。

さっきと同じ着物だった。

「それ、くださいな」

母親は、また断った。

祖母はそこで初めて怖くなった。

家までの道は知っている。大通りから三つ角を抜け、豆腐屋の角を曲がればすぐだ。

ところが、歩いても歩いても豆腐屋が出てこない。

同じ畑。

同じ石垣。

同じ曲がり角。

そして三度目に、また女が立っていた。

「それ、くださいな」

今度は風もないのに、女の髪だけが揺れていた。

祖母は、女の顔を見ようとした。

顔は暗かった。

ただ、目のあるあたりだけが赤く見えたという。

母親はしばらく黙っていた。

それからお重を下ろし、一段だけ取り出した。

栗きんとんの入った段だった。

女の前に置いた。

女は礼も言わなかった。

両手でそれを受け取ると、道の脇へ下がった。

二人はその横を通った。

気がつくと、豆腐屋の角にいた。

そこから先は、まっすぐ家に帰れた。

祖母はこの話をすると、決まって言った。

「狐やろかねえ。人やなかったと思うよ」

祖母の母親、つまり私の曾祖母は、昔からよく「憑かれる人」だったそうだ。

狸だの狐だの、家の者にはそう言うしかない妙なことが、何度もあったらしい。

寝込んでほとんど動けなくなることもあれば、逆に、別人のように元気になることもあった。

中でも家族が名前までつけていたものがいた。

ヒロマルという狐だった。

曾祖母が寝込んでいたある日、突然むくりと起き上がり、幼い祖母に向かって言った。

「今日はええ天気やな、千代子。わしと相撲とるか」

病人だったはずの曾祖母は、その日、縁側で祖母と相撲を取った。

力も強かった。

祖母は何度も転がされたが、怖くはなかったという。

ヒロマルが来ると、曾祖母はむしろ元気になった。

曾祖父はそれを見るのがつらかったらしく、神棚の前で泣きながら頼んだことがある。

「憑くなら、わしにしてくれ。この女を苦しめるな」

すると曾祖母が振り向き、低い声で言った。

「お前は心が汚れとる。いやじゃ」

曾祖父は黙った。

祖母はヒロマルを嫌っていなかった。

「あれは悪い狐やなかった」

そう言っていた。

曾祖母が亡くなる前の晩、祖母は夢を見たという。

ヒロマルが出てきて、

「千代子は、わしがずっと守ったる」

と言った。

祖母はその後、大きな病気もせず、百二歳まで生きた。

だから私は長いあいだ、あの夜の女から祖母を守ったのも、ヒロマルだったのではないかと思っていた。

あるとき、その話を祖母にした。

祖母は梅干しの種を口から出し、縁側の下へ置いた。

しばらく黙ってから、

「さあ、どうやろねえ」

と言った。

「でも、あの女が欲しがっとったんが、お重やったとは限らんよ」

私は聞き返した。

祖母はそれ以上、何も言わなかった。

ただ、あの夜のことを一つだけ付け足した。

三度目に女が現れたとき、祖母は怖くなって母親の手を強く握った。

その手が、ひどく冷たかった。

女のそばを通り過ぎて豆腐屋が見えたあとも、家に着くまでずっと冷たいままだったという。

[出典:14 :可愛い奥様:2020/12/14(月) 22:16:32.44 ID:opcj3/+m0.net]

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