去年の夏、田舎に向かう途中の体験だ。
車で二時間半ほどの道のり。さすがにずっと運転するのはしんどいから、途中のコンビニで休憩を取ることにした。駐車場で軽く体を伸ばし、目薬をさしてお茶を飲む。そうしていたら、ふと東の方からお遍路姿の男が歩いてくるのが見えた。
夏はお遍路の姿も珍しくない。特に気に留めることもなく見ていると、どうも普通ではないことに気づく。背中に人の形をした藁のようなものを背負っていたのだ。
近づいてくるその姿は不気味だった。藁の人形だと最初は思ったが、どうにも普通の人形とは違う雰囲気がある。どこか生々しい、それでいて嫌に重たい存在感。視線を引き寄せられ、ついじっと見つめてしまった。
コンビニの入口でその荷物を置くと、お遍路は店内に入っていった。すると藁の塊が微かに揺れたように見えて、ぞくりとした。
やがて男が店から出てきて、こちらの視線に気づいたのだろう。「気になりますか?」と笑いながら話しかけてきた。
「いや、お遍路さんはよくお見かけしますが、そんな人形を背負っている方は初めてで……」
「はは、これは私の女房のつもりなんです」
「女房……ですか?」
男はぽつぽつと話し出した。昨年、妻がうつ病をこじらせて自死したこと。その悲しみと後悔から、少しでも妻を側に感じたくて、この人形を作ったのだと。
その話に妙な説得力があった。気の毒に思いながらも、少し話し込んだ。四国のお遍路道の魅力についてや、自身の旅の理由。彼は埼玉から歩いてきたという。
三十分ほどの会話の後、「そろそろ出発します」と彼は再び人形を背負った。
別れ際に手を振り合い、車に戻る。ふとルームミラーで振り返ると、遠ざかるお遍路がこちらに手を振っていた。揺れる藁の人形も、まるで挨拶をするかのように手を揺らしている。
なんだか胸に引っかかるものを感じながら車を走らせていると、不意に助手席のドアが「ガチャ」と音を立てた。振動に驚いて路肩に停車。助手席を確認するも、少し半ドアになっていただけだ。慌てて閉め直し、深く息をつく。
気を取り直し再び車を発進させ、ドアミラーで後方確認をした。その瞬間、助手席側のミラーに髪の毛が映り込んだ気がして、思わず身震いした。バックミラーを覗くと、遠くでまだお遍路が手を振っている。だが、その背中の人形の手が、先ほどより激しく揺れているように見えた。
恐怖を感じ、アクセルを踏み込んだ。後ろを見るのが怖くて仕方がなかった。
田舎に着き、祖父にこの出来事を話すと、深くため息をついた。
「人の形したものには魂が宿りやすいもんじゃ。藁人形だろうが市松人形だろうが、そういうものには注意せにゃあかん。あの旦那さんが奥さんを想ってのことじゃろうけど、その人形についてくるのが奥さんとは限らんきに」
その後、そのお遍路の姿を二度と見ることはなかった。田舎の店や寺で話を聞いても、誰もその人形を背負った男を見たことがないという。
助手席のドアロックも異常なし。その後、何も異変は起きていない。ただ、今でもあの藁人形の揺れる手と、ミラーに映った髪の毛が脳裏にこびりついて離れないのだ。
(了)
[出典:56 :本当にあった怖い名無し:2013/06/20(木) 23:51:22.67 ID:McKOm02/0]