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帰路を示すもの rcw+6,158-0109

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これは、祖母から幾度も聞かされた曽祖父の戦中の体験談である。

けれど私は、それを単なる戦争の記憶として聞いたことが一度もない。耳にするたび、話の底に沈んだ何かが、少しずつ形を変えてこちらを覗き返してくるような感覚があった。呪いと呼ぶには曖昧で、救いと呼ぶには不穏な、得体の知れないものだった。

曽祖父は太平洋戦争中、東南アジアへ送られた。最前線で銃を撃つ兵ではなく、工兵部隊の小隊長だった。任務は鉄道敷設。弾薬や食料を運ぶため、ジャングルを切り拓き、レールを敷き、橋を架ける。命を奪う仕事ではない代わりに、命をすり減らす仕事だった。

小隊長といっても、曽祖父は威張るような性分ではなかったらしい。自らも作業着を着込み、兵と同じように泥にまみれ、鉄と汗のにおいの中でスコップを振るっていたという。

ある日の昼下がり、灼けつく太陽が葉の隙間から落ち、空気が金属のように熱を帯びていた。工具が一つ見当たらず、曽祖父は周囲を探し回った末、トロッコの下にそれを見つけた。何の警戒もなく身体を潜り込ませた、その瞬間だった。

遠くの空から、耳慣れない唸りが響いてきた。

反射的に理解した。敵機だ。そう思った時には、もう遅かった。仲間の叫びと同時に、機銃掃射の音が密林を引き裂いた。赤熱した鉄の群れが地面を穿ち、逃げ遅れた兵の身体を裂き、血と泥を混ぜ合わせていった。

曽祖父は、ただ運が良かっただけだ。トロッコの影に身を縮めていたため、弾丸の軌道から外れていた。それだけの理由で、生き残った。

やがて戦闘機は去り、密林は再び不気味な静けさを取り戻した。生き残った者たちが這い出てきたが、数は二十人ほどしかいなかった。半数以上は、その場で命を失っていた。

小隊長として、報告しなければならない。だが通信機は破壊されていた。曽祖父は残った兵を率い、徒歩で本部を目指す決断をした。

地図を頼りに進んだが、密林は人の感覚を容易に狂わせる。方角は歪み、距離は伸び縮みし、時間の流れさえ曖昧になった。日が落ち、空が墨を流したように暗くなった頃、誰かがぽつりと呟いた。

「……迷いましたね」

その言葉は、皆が既に理解していながら、口に出すのを避けていた事実だった。地図は役に立たず、疲労と恐怖が兵たちの表情を蝕んでいた。

曽祖父は小隊長として、気丈を装った。心臓は早鐘のように打っていたが、それを悟らせるわけにはいかなかった。

「朝になれば分かる。今夜はここで休む」

誰も安心はしなかった。ただ、湿った土のにおいと、乾いた食糧を噛む音だけが、闇の中に沈んでいた。

その時だった。

兵の一人が声にならない叫びを上げ、密林の奥を指さした。曽祖父が目を凝らすと、闇の中で黄色い光が揺れていた。大きさは提灯ほど。だが、その場に固定されているようで、近づきも遠ざかりもしない。

敵兵の灯火かもしれない。全員が身構えた。見つかれば、この人数ではひとたまりもない。

しかし、光の動きは奇妙だった。左右でも上下でもなく、∞の字を描くように、規則正しく揺れている。人の手で持たれているようにも、風に煽られているようにも見えない。

やがて光は、はっきりと形を成した。

提灯だった。

木の骨組みに紙を張り、墨で文字と家紋が染め抜かれている。時代劇で見る、あの見慣れた形だ。だが、ここは南方の密林だ。日本から何千キロも離れた場所に、それがある理由はなかった。

曽祖父は、提灯の文字を読んだ瞬間、思考が止まった。

そこには、自分の苗字が記されていた。見間違えようがない。我が家の家紋と共に。

兵たちもそれを見ていた。誰一人、声を出さなかった。ただ、無言で曽祖父を見つめていた。足元が不意に崩れ落ちるような感覚がした。

その揺れ方が、妙に懐かしかった。幼い頃、帰りが遅くなると、父や母が提灯を持って迎えに来たことがある。暗闇で迷わないよう、大きく、ゆっくりと揺らしてくれた。その動きと、まったく同じだった。

その瞬間、確信めいたものが胸を満たした。理由はなかった。ただ、そう思った。

「あれについて行く」

兵たちは狼狽し、「狐火だ」「人を迷わせるものだ」と口々に言った。それでも、誰も代案を出せなかった。曽祖父の声には、理屈を超えた断定があった。

提灯は一定の距離を保ち、揺れながら進んでいった。追いかけているのか、追いかけさせられているのか、誰にも分からなかった。時間の感覚は失われ、夜がどれほど続いたのかも曖昧だった。

東の空が白み始めた頃、突然視界が開けた。そこには本部の建物があった。

振り返った時、提灯は消えていた。最初から存在しなかったかのように。

日本へ帰還してから、曽祖父はこの話を家族に語った。すると、両親は奇妙な沈黙の後、こう告げたという。

戦地にいる息子を案じ、父は毎晩、稲荷神社で冷水を浴び、無事を祈っていた。特にあの頃、胸騒ぎがひどく、眠れぬ夜が続いていたらしい。

祖母は話の最後に、決まってこう言った。

「あれは、お稲荷さんが道を示してくれたんじゃろうねぇ」

だが、曽祖父自身は、生涯その話を口にするたび、決まって言葉を濁したという。

提灯が消えた瞬間、ふと背後を振り返りたい衝動に駆られたこと。
その時、もし振り返っていたら、もう戻れなかった気がすること。
提灯が導いていたのが、本当に帰路だったのかどうか、確信が持てなかったこと。

祖母はそれ以上を語らなかった。

私は今でも考える。あの提灯が示したのは、助かる道だったのか。それとも、戻れない道だったのか。∞を描く揺れは、循環か、罠か。

答えは分からない。ただ一つ確かなのは、曽祖父が「選ばされた」ことだけだ。

その選択の先に、私がいる。

それを思うたび、胸の奥で何かが静かに揺れ続けている。

(了)

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