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まつり一族

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僕の生まれ育ったものすごいド田舎の村は、もうずいぶん前に市町村統合で、ただの一区域になってしまったが、これは、まだ僕の故郷が村だった頃の話。

原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「とくめいさん」2011/01/21 17:13

僕が小学六年生の夏だった……

その日は友達のマサオと二人で、村の上に広がる山の探険に行った。

マサオは村長(ソンチョ)の孫なんだが、とっても面白いやつで、『立ち入り禁止』の立て札を見ると、真っ先に「後で入ってみようぜ」と言うようなやつだった。

僕はそんなマサオが大好きで、いつもマサオの後ろを追いかけていた。

「コンクリート道路は何もない。けもの道って知ってるか?クマとかタヌキとか、危険な動物が通る道のことだ。今日はその道を登ろうぜ」

使い古してかかとに穴が開いた靴が歩きづらいらしく、マサオは山に着くなり裸足になった。

もちろん、靴下なんか履いてない。

「マサオ、裸足で登るんか?あぶないぞ、怪我するぞ」

「お前はいつもそうだ。お前は車も通ってないのに赤信号を守るんか。じいちゃんが、そんなんだと危機管理能力が育たんって言ってたぞ」

「ききかんり……なんて?」

「僕もよう知らん。大人の言葉じゃ」

マサオは大人が使う言葉をよく知っていた。

爺さんのそばでいろんな言葉を覚えるが、一回しか聞いたことが無い言葉を使いたがるもんだから、その意味までは解っていなかったが。

「じゃあ、僕も裸足になる」

「それがいい。けものが作った道を通るんだからな。靴を履いてたら逆に怪我するかもしれんぞ」

マサオがそう言うならそうかもしれん。

僕は靴下を履いていたが、親指には穴があいていたので、それをさらに破り腕を通して、今で言うアームウォーマーみたいな感じにした。

「どうだマサオ、完全装備だ」

「いいな~それかっこいいな。今度僕もやってみようかな」

「怒られるけどな」

マサオと僕は笑いながら、コンクリート道路から脇に抜ける山道へと入った。

じいちゃんばあちゃんも登る道だから、これはけもの道ではない。

どんどん登ってあたり一面背の高い木しか見えなくなった頃に、マサオが右を指さした。

「こっちだ。こっちがけもの道だ」

「木ぃしかないぞ。それに、うるしの葉っぱが生えとるぞ。うるしは触ったらかぶれるから、僕はいやじゃ」

「お前はまたか。自分で完全装備ってさっき言ってたじゃろが。僕の第六感じゃ。こっちにけもの道がある」

「第六巻?なんかの本か?」

「僕もようわからん」

「なんだそりゃ」

今思えば、あの時のマサオの『第六感』の使い方は合っていた。鼻で笑ってごめんな、マサオ。

「ほれ見ろ、けものが通った跡があるだろ?けもの道じゃ」

「ホントじゃ。道があるなぁ。じいちゃんばあちゃんは通らんし、けものが作った道なんじゃろな」

「行くぞ。僕とはぐれたらお前、死ぬからな。腕の装備は役に立たん。もうお前、うるしでかぶれとるし」

「ホンマじゃ。手の甲がかぶれてやがる」

僕は爪で手の甲にバッテン印をつけて、「これであと一時間はかゆくない」とマサオの隣を歩いた。

実はちょっと怖かった。

太陽の光は森のカーテンで遮られ、まだ昼前だというのに薄暗かった。

けものが通る道なら、クマと出会ったらどうしようか。

そういえば母ちゃんが、鈴はクマ避けになるって言ってたな。

『マサオは持ってきてるか?』とマサオに聞きたかったが、『またお前は』と言われるのが目にみえてたのでやめた。

それにそのけもの道は、進むにつれて不思議と人間が作った道のように歩きやすくなっていった。

「足の裏が痛くなくなったなぁ。けもの道はもうおしまいか?」

「うーん、おかしなぁ。けもの道が、途中から普通の道になってんなぁ。クマさんはここらで飽きてしまったんじゃろか」

どういうわけかはわからないが、どうやら本当にけもの道は終わったらしい。その証拠に、目の前に石段が見えた。

けもの道は終わったが、逆に心が躍った。こんな場所は知らない。聞いたこともない。この石段の上には何があるんだ?

「よし、競争じゃ。先に上に着いたほうが山のボスじゃ」

「待って、マサオ。ずるいぞ」

『よーいどん』も言わず駆けだしたマサオに勝てるはずもなく、今日のボスはマサオに決まった。

しかし、石段を登りきった僕達は、そんな些細なことはすぐに忘れることになる。

そこには小さな神社があった。

正確には『神社だった建物』になるんだろうか。

入口の鳥居にはツルが巻きつき、鳥居の形の植物が出来上がっていた。

鳥居をくぐると左右に木造の小屋があり、正面には本殿がこじんまりとたたずんでいる。

塗装が完全にはげた灰色の本殿にもツルが伸びていたが、本格的な浸食はまぬがれていた。

「神社だ。マサオ、こんなんこの村にあったんか?」

「僕も知らんて。たぶん、僕のじいちゃんも知らんぞ。村長が知らんのだから、誰も知らんということになる。こういうのなんて言うか知ってるか?」

「知っとるぞ。秘密基地じゃ」

ぱん、とハイタッチをすると、僕達は本殿の階段を上った。

本殿の神様を祀ってある部屋は格子状の木で囲まれていたが、南京錠は錆びて今にも取れそうになっていた。

「おい、中に入るぞ」

「中に入るって、錠がしてあるぞ。それにここは神様の部屋じゃろ。入ったらいかんて」

「ここは僕達の秘密基地じゃ。神様なんかおらん。それにこんなもんはこうじゃ」

マサオは思いっきり南京錠をひっぱった。

南京錠はバキ、と簡単に取れてしまい、格子木の扉がぎぎぎと音を立てて開いた。

太陽の光は部屋の中までは届いていない。目を凝らしても真っ暗で、奥に何があるのか見えなかった。

「んじゃ、入るぞ」

「むりだよマサオ、これは怖いよ。怒られるよ」

「怒られるって誰にじゃい。この場所を知ってるのは僕達二人だけじゃ。中に入るぞ。お前は僕の後ろについてこい」

部屋の大きさは12畳ぐらいだろうか。そんなに広いとも感じなかったが、怖がっているせいでなかなか奥に進めずにいた。

マサオも実は怖かったみたいだが、僕の手前強がって見せていたんだと思う。

暗闇での裸足は危険だ。釘が落ちてたら痛いじゃ済まない。

一歩進んでは立ち止り、「へぇ、こうなってるのか」

「まだ目が慣れん」とか軽口をたたいていたが、一気に奥に行く勇気が無かっただけ。

「ようやく目が慣れてきたな。奥に何か見える」

「マサオ、あれは神様と違うんか。あの木の箱の中に神様が住んでるんだろ」

「オバケが出ないなら神様だって出ないんじゃ。ほんと怖がりじゃ、お前は」

マサオは今度は強気に歩を進め、奥に祀ってあった木の箱の前までやってきた。

今だからわかることだが、本当なら神社には鏡や矛なんかが祀られているらしい。

蛇足になるが、これはヨリシロと言って、神様が現世にいる間の仮住まいにするとか何とかで。

でも、その部屋には木の箱しかなかった。しかも床にべた置きで、とても祀ってあるようには見えなかった。

「マサオ、その木の箱なに?」

「わからん。でも上に穴が空いちょる。お前、手ぇ入れてみるか」

「いやじゃ。そんなんするぐらいなら帰る。……マサオ、それはアカンて。持ったらアカンて」

マサオは木の箱を持ち上げると、全力ダッシュで部屋を飛び出した。

「置いてかないで、マサオ」

「お日様の下で見ないと何かわからん。お前も早く来い」

部屋を出て、あらためて木の箱を見ると、木の箱は真っ黒に染められており、上辺だけちょうど片手が入るぐらいの穴が開いていた。

穴の中を覗いてみたが、箱の中も真っ黒で何も見えない。

たとえお日様の下でも、この箱の中に手を入れるのははばかられた。

マサオは箱を持ちあげ上下にぶんぶんと振ると、中でカシャカシャと音がした。

「何か入っとるな」

「もう戻そうよマサオ。だれか来たらどうするんじゃ」

「誰も来ない。ここは秘密基地だと言ったろが。で、どうする。どっちが手ぇ入れるんか」

「僕は嫌じゃ。マサオが持って来たんだから、マサオが手ぇ入れろ」

「僕かて嫌じゃい。便所虫が入ってたらどうするんじゃ、ばっちぃ。どっちも嫌ならジャンケンしかなかろ」

最初はジャンケンも嫌だと僕が食い下がったが、こういうときのマサオは恐ろしく頑固だから、結局僕が根負けして、ジャンケンすることになった。

案の定、僕が負けた。不思議なもので、絶対に負けたくないと思っている時ほどジャンケンは弱くなるものだ。

「便所虫入ってたら、僕、本気でマサオのこと嫌いになりそう」

「もし入ってたら僕は逃げるからな。便所虫だけは苦手じゃ」

「手ぇ入れるぞ……なぁ、ホントに入れないとアカン?アカンよな、ジャンケン負けたしな。あ、なんか入ってる。なんじゃこれ、木の板じゃ」

箱から手を抜き出すと、かまぼこの板ぐらいの大きさの木の板だった。

その板には墨で『小鳥遊』と書いてあった。

「ことり遊びってなに?」とマサオに尋ねたが、マサオもわからなかった。

後でわかることだが、これは『ことりあそび』ではなく『たかなし』と読む。だれかの名字だ。

「マサオ、まだたくさん入ってるぞ。みんな同じかなぁ」

「今度は僕が取ってみる……お、次は『山口』じゃ」

そうやって交互に一枚ずつ木の板を取り出した。

前田とか三瓶とか、人の名字が書かれた木の板ばかりだった。

それを地面に並べて「なんぞこれ?」と二人で頭をひねっていた。

「わかったぞ、これ檀家とかいうやつだ。この神社にお金くれる人たちを、おぼえ書きしとるんじゃ」

「へぇ、そんなんがあるんか。マサオはホントに物知りじゃ」

「僕のじいちゃんも、お寺の檀家しとる言ってたから」とマサオは胸を張って言った。

これも後になってわかることだが、この場所が神社なら、氏子と言うのが妥当だったろう。

「マサオ、これで箱の中身はぜんぶ?」

「ちょお待って……ん、底に一枚張りついとる。なかなか取れないぞ……うぉっ」

底に張り付いた板を思いっきり引っ張ったせいで、板がはがれた勢いでマサオはその手を高々に振り上げた。

その最後の一枚は、他の板とは様子が違っていた。

その板は全体が箱と同じ真っ黒に染められており、ひらがなで文字が彫られていた。

「えーっと……お、ま、つ、り?」

真っ黒な木の板には『おまつり』と彫られていた。

「マサオ、これも檀家とかいうやつか?」

「ようわからん」

その時は別段怖いとも思わなかった。

たいして面白いものも見つからなかった残念が大きく、秘密基地を見つけた時の高揚が少し萎えてしまった。

「便所虫は入っとらんかったな」

「つまらんなぁ。でもダイジョーブじゃ。まだ小屋は二つある」

そう言って、マサオはまた僕を連れて残る二つの小屋の探索に向かった。

しかし、残る小屋は本殿よりもつまらなかった。錠もかけられてないし、小屋の中にも何も無い。

気付けば夕刻が近づき、あと一時間もすれば空が赤く染まるぐらいの時刻。

もちろん時計なんてないから、野生児の感覚だったが。

僕達は本殿に上る石段に座って、神社の敷地全体を眺めていた。

「けっきょく檀家の板だけだったなぁ」

「でも秘密基地を見つけたんじゃ。ここは何かに使えるぞ。

そうだ、デンツキなんかどうじゃ?隠れる場所はいっぱいあるぞ」

「でも二人だけじゃデンツキはできん。誰かにこの場所教えんと」

「それはなんか嫌だなぁ。ここは僕とお前の秘密基地じゃ」

マサオにそう言ってもらえた時は本当に嬉しかったな。

この頃は僕はマサオの手下みたいな感じだと自分で思っていたのだが、マサオ自身は対等な親友として見てくれていたのだ。

「そういえば、昼飯食ってなかったなぁ……マサオ、木イチゴ見つけんかったか?」

「木イチゴは見つけとらん。ヘビイチゴはあったけどな。あれは酸っぱくて食えん」

「腹減ったなぁ……そろそろ帰る?もうちょっと見てまわる?」

「そだなぁ。……なぁ、お前に頼みがあるんじゃ。お前にしか頼めん」

「なに?」

「あのな、僕も腹減っとるんよ。お前のな、手ぇ、食わせてくれん?」

「手ぇ?じゃあ、かぶれてない方の手ぇ食わしちゃるよ。マサオだから、食わせちゃるんだからな。他のヤツだったら食わせんぞ」

「ごめんな、ごめんな……僕、食うたことないから。痛かったら、ごめんな」

「いいって。親友じゃろ、僕達。マサオ、おまつりなんじゃから、もっと偉そうにしていいんよ」

最初に正気に戻ったのは僕だった。

右手に激痛を感じてハッと我にかえると、マサオが僕の右手に噛みついて、噛み切ろうと頭を激しく揺らしていた。

「アカン。アカンって。マサオ、やめてくれ。血ぃ、血ぃ出とるよ」

記憶が途切れているとか、そんなことはない。

はっきりと『手を食わせてくれ』と言われ、僕はさっきまで確かに『マサオになら食わせてやるよ』と本気でそう思っていた。

マサオをばーんと突き飛ばすと、マサオは石段から転げ落ちて地面に額をぶつけた。

マサオはおでこをさすりながら石段の上の僕を見上げた。

「なんでじゃ。手ぇぐらいええじゃろ。僕はおまつりだぞ。手ぇぐらいええじゃろ」

気付けばマサオは涙を流していた。その涙が額を打った痛みからなのか、僕の手を食えないことからなのか、その時はわからなかった。

本当は、そのどっちでもなかったのだが。

「うぅ、痛い。マサオ、アカンって。もとに戻ってくれ、マサオ、もとに戻ってくれ」

臆病者の僕だったが、その時は怖いという感情を抱かなかった。

それよりも、マサオをもとに戻さないとという使命感でいっぱいだった。

自分自身もさっきまで狂っていたからだろうか、額からは自らの血を流し、口の周りを僕の血で染めたマサオを見ても、怖くはなかった。

「マサオ!!!」

いつの間にか僕も涙を流していたが、最後の一声でマサオも正気を取り戻してくれた。

「僕、お前の手ぇ食おうとしたんか」

「もとに戻ったんか。あれはマサオじゃないよ、マサオもわかっちょるじゃろ」

「うん、あれは僕じゃない。けど、けどごめんな。僕、お前を食おうとした」

「ええて、マサオ。それより、手ぇ、痛い」

「お前、手ぇからむちゃくちゃ血でとるぞ。腕に巻いてる靴下で血止めれよ」

「そんなん言ったらマサオだって、おでこから血ぃ出てるよ」

「ホントじゃ。出とる」

二人とも正気に戻ると、今度は怪我の痛みを激しく感じるようになった。

僕は出発する時に腕に通した靴下で右手をぐるぐる巻いて、マサオは自分のシャツで額の血をぬぐった。

ここは、危ない。

漠然と、でも確信的にここは危ないと二人ともそう感じて、逃げるように鳥居をくぐって、もと来たけもの道に戻った。

けもの道まで戻ると、あらためて怖いという感情がその場を支配した。

「なぁ、何なん?あの神社。僕、怖いよ。マサオがマサオじゃなかった」

「それ言うたら、お前だってお前じゃなかったじゃろ。はよう帰ろうや。怖くてたまらんぞ」

「なぁ、マサオ、おまつりって何なん?」

「知らんて。縁日か何かと違うんか」

「自分で『僕はおまつりだ』言ってたじゃろ」

「だからあれは僕と違うって」

どちらともなく走っていた。怖かった。あの神社で自分たちに起こったことが、なんだったのかが解らない。得体の知れない恐怖。

ついに山の入り口、コンクリート道路に帰って来た。

途中、脱ぎ捨てたマサオと僕の靴があったから、間違いなく帰って来たのだ。

「あぁ、よかった。僕、もう帰ってこれんと思った」

「アホ言うな。僕がついとるんじゃ、迷うわけないじゃろ。それより、お前その手ぇちゃんと消毒しろよ」

「マサオも、おでこ消毒せんとアカンぞ」

「わかっとるよ。あと、じいちゃんにあの神社のこと聞いてみる。今日あったこと、全部は話さんよ。きっと信じてもらえんから」

「うん、秘密基地にはできないな」

「そんなもん、怖くてできるか。僕は二度と行かんぞ」

ちょうど僕の家とマサオの家への道が分かれる電柱の下で、

「そんじゃな、また明日お前んちに行くからな」

「うん、待ってるから、来てよ。なぁ、ばいばいする前に聞いとくけど、お前、マサオだよな」

「アホ言うな。まだ怖がってるんか。僕はマサオじゃ。お前の手ぇなんか食いたくないわい」

その言葉に安心して、僕達はバイバイした。

家に着くと、母親は手の怪我にかなり驚いていたが、「子供は加減を知らんのや」と言って赤チンをつけてくれた。

それよか、かぶれた左手の方を怒っていた。

「うるしはかぶれるってゆうたじゃろが」と。

母親と、仕事から帰って来た親父に神社のことを聞いたけど、

「山の中の神社?知らんなぁ。聞いたことないぞ。誰かおったんか。今度僕も連れていき」

という感じで、何も情報は得られなかった。

きっと明日になったら、マサオが何か調べてくるに違いないじゃろ。と風呂に入りながら、そんな風に考えていた。

しかし今回に限っては、家に着いたら遠足は終わり、ではなかった。

翌朝十時ごろ。

僕の家に来たのはマサオではなく、マサオの母親だった。

「高橋くん、マサオはな、いま病院におるんよ。昨日の夜にあの子、てんかん起こしてな。ちょっと怪我して、入院しとるんよ。あの子、頭打って帰ってきたから、それでかなぁて思ったんだけど、違うみたいなんよ。意識はっきりしとるし、変なことは何も言うてないし。今朝になって、高橋くんを呼んでくれってずっと言うもんだから」

それで僕を呼びに来たんだと。

脳裏によぎったのは、やっぱりまだマサオに戻ってなかったのではないか、ということだった。

僕はマサオの母親の車に乗せられて、マサオのいる病院まで向かった。

もしマサオじゃなかったらどうしよう。また僕の手を食わせてくれと言われたらどうしよう。

病室に入ると、頭に包帯を巻いたマサオがベッドに横になっていた。胸元にも白く映える包帯が見えた。

最初に声をかけてきたのはマサオのほうだった。

「よぉ」

「マサオ……」

僕はどう答えていいのかわからなかった。

もしかしたらマサオじゃないかもしれない。

マサオの痛々しい姿を直視できなかった。

「かあちゃん、僕こいつと二人で話したいから、どっか行ってくれ」

「親に向かってどっか行けとは、なんじゃろお前は。じゃあジュース買ってきちゃるから。高橋くん、マサオのこと見といてね」

そうして病室には、マサオと僕の二人になった。

正直に言おう。僕はこの時怖かった。

「おまえ……マサオか?それとも、昨日の神社のやつか?」

「なぁ……手ぇ、食わせてくれんか……」

「お前、やっぱり!!」

「ウソじゃウソ。お前はすぐ……面白いなぁ。僕じゃ。マサオじゃい。それより、お前は昨日は何もなかったんか」

「何かあったらここに来とらんぞ。ホントにホントのマサオか?僕の手ぇ、食いたくないか?」

「食いたくないわいお前の手ぇなんぞ、ばっちぃ。まだ便所虫の方がきれいじゃ」

「マサオ……マサオだな?間違いないな?昨日何があったんじゃ?」

「あのな。お前に話していいのか、ちょっとわからん。 お前は臆病者だから、もしかしたら僕のこと嫌いになるかもしれんぞ」

じゃあなんで僕を呼んだんだと尋ねると、話していいかわからんから呼んだんだと。

でもそのやり取りで、目の前にいるコイツは間違いなくマサオだと判った。

「いい。マサオのこと嫌いになんてならん。僕達、親友じゃろ」

「なら、話す」

そしてマサオは昨日の夜、僕と別れてから起こったことを話し始めた。

「あのな。あの後、まっすぐ家に帰った。家に帰って、かあちゃんにしこたま怒られた。ほら、おでこから血ぃ流してただろ?それでじゃ。まぁそんなことはどうでもいい。みんなでごはんを食ってる時じゃ。僕なぁ、急に神社にいたときの感じになってきたんよ。だから、そんときは僕じゃないんよ。だけど、動いたり感じたり考えたりしてるのは僕なんよなぁ。
あの感じ、不思議なんだけどなぁ。僕な、自分の心臓がどうしても食べたくなってな。食ったこともないのに、美味しい美味しい心臓がどうしても食べたい、って気持ちになってなぁ。台所に包丁取り行って、自分で自分の胸を切ったんじゃ。でも切った痛みで正気に戻ったんじゃ。たぶんかあちゃんは、僕がてんかん起こしたとか言ってたじゃろ?たぶん周りから見ればそう見えたんだろなぁ……」

僕はポカンと口を開けて聞いていた。

マサオが自分で自分の心臓を食おうとしただなんて。胸の白い包帯はそのためか。

「それホントか?また僕を怖がらせるためのウソじゃないだろな」

「ホントじゃ。だから、お前も気ぃつけろ。たぶん、神社のときのアレ、まだ全部抜けとらんぞ。あと、じいちゃんに神社のこと聞いたけど、やっぱり何も知らんかった。ウソついてるふうでもなかったから、ホントに知らんみたいだ」

「村長が知らんのだったら、誰も知らんのと違うんか」

「そうなるかもな」

そこでマサオの母親が帰って来た。その手にはオレンジジュースが二本。僕とマサオと、仲良く飲んだ。

マサオの母親の前では神社の話はできなかったから、ジュースを飲み終えると僕は「帰るよ」と席を立った。

その別れ際のことだ。

病室を出ようと背を向けた僕に、マサオが話しかけてきた。

「なぁ」

「なんじゃ?」

「僕な……僕達な……親友だよな」

「あたりまえじゃ。僕の手ぇ食わせたろか」

マサオらしからぬ弱気な言葉に、僕は軽口で答えた。

マサオは「そんなマズそうなもん食えるか」、と、最後はマサオらしかった。

家まで送ってもらう車の中で、そういえば神社の檀家の板をもとに戻してなかったなと思いだしたが、もう二度とあの神社には行く気がしなくて、忘れることにした。

実はこの後ほどなくして、あの神社がなんなのか、『おまつり』ってなんだったのか判るんだけど、それはまた別の話で。

ちなみに今、僕とマサオは、同じ学校で先生をやってる。

勤めるなら故郷の村がよかったけど、もう村には学校がないから。過疎ってやつだ。

学校じゃ本名で呼ぶけど、二人で飲むときは今でもマサオって呼んでる。

もちろんこれからも、マサオと僕は親友だ。

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マサオ後日談

マサオは一週間ほどで退院した。

「まだな、胸に糸が縫われとるんよ。見てみ、これが糸じゃ。これ、しばらくしたら抜きとるらしいぞ」

「この糸抜くんか?それは痛いじゃろなぁ。しかし、傷でかいなぁ。マサオはサクッと切ったんじゃな。血ぃとかすごかっただろ?」

「自分でもようよう覚えとる。包丁でザックリいったんじゃあの時。痛かったな~」

そりゃ自分で切ったんだから覚えとるじゃろと、その時はもう武勇伝というか笑い話。

ホントは二、三日で退院できるぐらいの浅い傷だったそうだ。

でも頭おかしくなってるかもしれんからと、マサオの母親が心配して入院させてたらしい。

入院というよりは、様子見と言うべきだろう。

「ひどいかあちゃんじゃろ。自分の子供に向かって、頭おかしくなってるかもしれんて」

「さすが、マサオのかあちゃんじゃ。思ってもなかなかそんなこと言えんぞ」

「病院はヒマで死にそうだったわ。探険もできんのじゃ。歩きまわると、お医者様が『傷口開くぞ』って脅すんよ」

「それは怖いな」

田んぼの排水溝でザリガニ釣りしながら、そんな話をしていた。久しぶりにマサオと遊べるもんだから、嬉しくて嬉しくて。

「あとな、あの神社のことだけど」

「なんかわかったの?」

「何もわからん。じいちゃんだけじゃなくてばあちゃんにも聞いたけど、神社なんて知らんて。とうちゃんとかあちゃんにも聞いたけど、やっぱりそんな神社知らんて」

「マサオのじいちゃんばあちゃんがわかんないなら、わかんないんだろなぁ。神社の話、どこまでしたん?」

「僕達があの神社に行ったことは言うてないよ。だから、友達から聞いたんじゃけど、あの山に神社ってあんの?って感じかな。別になぁ、じいちゃんもばあちゃんも隠すそぶりとかしてないからなぁ。危ないから探すなとも言わんし、神社あるならお参り行かんとなとかほざきよる。ホンットに知らんようじゃ」

「僕のじいちゃんばあちゃんはもう死んどるからなぁ。わからずじまいかなぁ」

「八方塞がりじゃ。にっちもさっちもいかんことを、八方塞がりと言うらしい」

「じゃ、今の僕達は八方塞がりじゃ」

その日はマサオの退院翌日だったから、大事をとって走り回る遊びはしなかった。

でも、マサオが我慢できなくなって「木のぼりぐらいええじゃろ」だったから、公園に行ったのは間違いだったかな。

「夏休みのうちに退院できてよかったな」

「全然よくない。プール入ったらダメなんじゃ。プール入ったら死ぬって」

「そりゃそうじゃ。胸がパカッといってしもてるんじゃから」

その日はホントに楽しかった。暗くなるまで遊びたかったが、「かあちゃんが今日だけは早く帰って来いって」と、夕方早々にマサオとしぶしぶ帰路についた。そしていつもの電柱の下でバイバイした。

「じゃあ、また明日な。明日はめいっぱい遊ぼな」

その日の晩。

僕は意外な人物から、あの神社について聞くことになる。

とうちゃんの帰りが早かったから夕ご飯を家族みんなで食べて、その日はかあちゃんも酒を飲んでほろ酔いになっていた。

とうちゃんは早々に寝てしまい、弟もみんな布団に入った頃だ。

茶の間にはかあちゃんと僕の二人だ。母ちゃんは自家製の梅酒を飲みながら、僕と一緒にテレビを観ていた。

「なぁ、肩たたきしてよ」

「なんでじゃ。僕、もうそんな子供と違うじゃろ」

「ええじゃろが。かあちゃんも疲れとるんよ。お願いしますう」

「しゃあないな。すっかり酔っ払いやんけ。今日だけじゃ」

普段は頼まれても絶対にしないが、その日はマサオと遊んで気分が良かったから、トントンとかあちゃんの肩を叩いてやった。

本当に何気なく、肩をたたきながらかあちゃんに尋ねた。

「なぁなぁ、あの山に神社ってあんのか?」

これでかあちゃんに聞くのは二度目だった。一度は知らないと言われたから、別に期待もしていなかった。

「山ん中にか?そりゃ、ないじゃろ。聞いたことないって。ホントに神社なんてあんのんか」

「やっぱり、そうだよなぁ。友達がある言うてたから」

「そなら、今度お参り行かんとなぁ。……あの山の怖い話、しちゃろか。おまつりって話じゃ。知らんじゃろ」

ビクッと、僕は肩をたたく手を止めてしまった。おまつりって。あの、おまつりか?

「ちょっと、ちゃんと肩たたきぃよ」

「あぁ、ゴメン。どんな話じゃ、おまつりって。縁日か何かか」

「縁日のどこが怖いんじゃ。かあちゃんがな、かあちゃんのひいじいちゃんに聞いた話じゃ。だから、お前にとってはひいひいじいちゃんじゃ」

平静を装って肩をたたいていたが、心臓はバクバク鳴っていた。神社は知らんのに、あの神社にあった『おまつり』は知ってるのか?

「どんな話じゃ」

「これな、ホントに怖いから。お前は臆病だし、まだまだチビッコ思ってたから話したことなかったけど、来年はお前ももう中学生じゃ。怖がらずに最後まで聞いてみ。あ、肩、もういいよ」

そう言われて、僕はちゃぶ台をはさんでかあちゃんの対面に座りなおした。

自分がその時どんな顔してるかわからなかった。

いつものかあちゃんなら僕が怖がってるのに気付いただろうが、その時は都合よく酔っぱらってたから、話を聞くことができた。

「最初に言うとくけど、この話はかなりエグイぞ。ちっさい子ぉにはなししたら、大泣き確実じゃ。だから、お前も面白がってこの話はすんなよ」

昔、この村には『まつり』と呼ばれる村の長がいたという。

正確にはその村の長が『まつり』と呼ばれるのではなく、村の長の一族全体を指して『まつりの一族』だったらしい。

まつりはその土地の治安自治の他に、もうひとつ役割をもっていた。

それは、今で言えば葬儀人。村で死者が出た時に、成仏できるように式典を行っていた。

『まつり』と呼ばれる所以はそれだった。

『末に至り』を『末り』と言い、葬式、つまり祭典を行うことの『祭り』であり、神仏を祀る『祀り』であった。

ある時、まつりの長男が急死してしまった。原因はわからない。

いずれは次代の長になるであろう、たくましく人望厚い青年だった。

その時の村の長を務めていた父親は、どうしても長男の死を認めることができなかった。父親は長男を溺愛していたのだ。

しかし、まつりの一族である以上、長男の葬儀は自分たちで行わなければならない。

死んで次第に蒼くなっていく長男の化粧をしながら、父親は悲しみに支配された。

そうして父親がとった行動は信じられないものだった。

我が子であるその長男を食ったのだ。

煮たのか、焼いたのか、それとも生で食ったのかはわからないが、長男の全身をついばんだのだ。

そして父親は、それを隠すことも無かった。一族を集め、みなの前でこう言ったのだ。

「人肉の、なんと美味たることか。腕も美味い。足も美味い。腹も胸も、顔も美味い。しかし、心臓の美味たることにはかなわない。この心臓より美味いものは無い。私は息子の命を喰った。しかし、死した長男の生命は、今も私の中で脈打っているのがわかる。お前たちも食え。長男の魂が、自分の体に宿るのがはっきりわかるだろう」

まつりの他の者は驚いたが、長男の死に悲しみ暮れる者は父親だけではなかった。

最初に母親が、次に長男の妻が、姉が、次男が、子供が、死んだ長男の肉を食った。

そして、食った者はこう言うのだ。

「人肉の、なんと美味たることか。腕も美味い。足も美味い。腹も胸も、顔も美味い。しかし、心臓の美味たることにはかなわない。この心臓より美味いものは無い」

それからまつりの一族は、家族で死者がでると、その亡骸を喰らうようになった。

しかし、人肉食いたさに人を殺すことは決して無かった。

死者を食らう以外は正気だったし、むしろ、村人に死者が出ると自分たちが食べるのではなく、その家族に死んだ者を食べるように勧めた。

最初は気味悪がっていた村人も、死者を食べたまつりの一族が若々しく、活力に溢れ、たくましくなったのを目にすると、勧められたとおりに死んだ家族を食べるようになった。

するとどうだ。これまで病気がちだった者も体が丈夫になり、若い男は巨躯の体に、若い女は美しく、年老いた老人も若若しくなった。

まつりの一族だけでなく、村人皆がこう考えるようになった。

死んだ者の生命をもらうのだ。それには、心臓を喰らうのが一番良い。心臓にかなう肉はない。

腕や脚は食べなくても、心臓だけは皆食べた。

しかし、この風習は長くは続かなかった。

どこから来たのか、ある一家族、いや一族が村に移住してきた。

この一族が、死者を喰らう村の風習を見てこう言い放ったのだ。

「死者をもう一度殺すとはなんと罰あたりな。一度命を落とし、いま天に昇ろうとする者の命を喰らうとは。死者を殺す以上の罪は無い。鬼の所業だ」

狂気の沙汰を失えば、これこそ正論だった。

死者の胸を切り裂き心臓を取り出していた村人は、次第に罪悪感にさいなまれ、死者を食うのを止めたが、まつりの一族だけは止めることはなかった。

これまで多くの死者を見送っていたからだろう。そんな言葉は意味の無いことだと、そう考えたのだ。

それからどれくらいだろうか。村人の信頼を得た移民の一族は、まつりの一族に代わってこの土地の長となった。

死者を喰らうのをやめなかったまつりの一族は、いつの間にかこの土地から消えていた。

と、そこでかあちゃんはひと息ついた。

「なぁ?怖いじゃろ?」

「なんじゃ、死んだ家族を食ってしまうて。ウソじゃろ」

「おうおう、怖がっとるのぅ。どうするかい。最後まで聞くか?」

「最後までって……話は終わりと違うの」

「まだじゃ。こっからがホントにエグイんじゃ」

そして、かあちゃんは話を続けた。

まつりの一族に代わって土地を治めた移民の一族こそ、鬼の一族だった。

鬼の一族は言葉巧みに村人を扇動し、村で逆らうものはいなくなった。

そして、鬼の一族は黒い箱を持ってこう言うのだ。

「この村には、忌まわしきまつりの一族の血が残っている。この箱はまつりの血を嗅ぎわける、まじないの箱だ。箱の中には、それぞれの氏(うじ)を書いた神木が入っている。この箱で、まつりの血が混ざる氏を見つけよう。その氏の人間から、一番まつりの血の色濃い者を殺すのだ」

鬼の一族はその箱から一枚木の板を取り出すと、その板に書かれた姓を持つ村人全員を山へ連れて行った。

連れて行かれた村人はその日のうちに山から帰ってくるが、その人数は一人少なくなっていた。

山に連れて行かれた村人の話では、山の中には鬼の一族が立てた屋敷があるらしい。

そこで別の黒い箱から、木の板を一人ずつ引かされる。

箱と同じ黒い板を引いた者こそ、まつりの血の色濃い者とされ、その者を残してみんな帰ってきたのだ、と。

村人も馬鹿ではない。そのうち気付いたのだ。

鬼の一族は死者を喰らうのではない。生きたまま喰らうのだ。消えたまつりの一族は、皆喰われてしまったのだ、と。

黒い箱は『おまつり』という畏怖の行事として恐れられた。

村に災害が起こるたび、鬼の一族はまつりの血のせいだとして、黒い箱を持ち出した。

台風が村を襲うと、「またおまつりが開かれる」と村人たちは嘆いた。

ふぃぃ、と息をつくと、かあちゃんは空になったコップに梅酒を注いだ。

「おしまい」

「おしまいて。なんも終わってないじゃろ」

「怖いんか」

「怖いとかじゃなくて、話は途中じゃ。まだ終わってない。こんなん気持ち悪くて寝れるか」

「それがいいんじゃ。怖くてあの山に登ろなんて、思わんじゃろ。この話はなぁ、大人が子供に山登らせんために作ったホラ話じゃい。昔は山ん中は危なかったからなぁ。コンクリート道路なんて無かったから。かあちゃんも、ひいじいちゃんから言われたなぁ。あの山には鬼の屋敷があるから、登ったら食われるぞ~って」

案の定、その日は一睡もできなかった。

布団に横になっていろんなことを考えた。

きっとかあちゃんの話は、全部が全部本当ではない。

山にあるのは屋敷じゃなくて小さな神社だ。マサオと僕に起こったことと、いろんなところで相違点がある。

翌朝、居ても立ってもいられなくて、僕はマサオの家に走った。

「お前から僕んち来るのはめずらしなぁ」

「マサオ、あの神社のことわかった。おまつりのことも、全部じゃないけど、わかった」

かあちゃんから聞いた話をマサオに聞かせた。寝てなかったし、もともと話し方も上手くない僕の話を、マサオは遮ることなく最後まで聞いてくれた。

「それ、ホンマの話か」

「わからん。かあちゃんは、ひいじいちゃんのホラ話て言うてたけど。でもホラ話じゃない。でも、なんか」

「そうじゃ。なんかちがうな」

そう。自分たちが体験したことと、かあちゃんから聞いた話とでは、微妙に噛み合わないのだ。

箱は二つじゃなくて一つしか無かったし、名字の箱の中におまつりの板が入っていた。

マサオが僕の手を食おうとしたのもわからない。おまつりの札を引いた者は食われる側ではないのか。

「あの神社、なんで左右に小屋があったんじゃろ」

「わからん。その話だけじゃ、わからんことが多すぎる。今日、じいちゃんが帰ってきたら聞いてみる。今度は神社じゃなくて、おまつりの話を」

「うん。僕のかあちゃんが知ってるぐらいだから、村長はもっと詳しく知っとるかもしれん。あとな……マサオ、入院してて忘れたかもしれんが、僕達、黒い箱出しっぱなしで帰って来たろ」

「ああ。そうじゃ。あの箱出しっぱなしじゃ」

「あれ、大丈夫かなぁ」

「アカンじゃろ……怖いけど、それはアカンじゃろ。しまわないと、たたられる」

「もっかい行くんか。?僕は嫌じゃ。あそこは怖い。マサオは行くつもりか」

「僕かて行きたくないよ。でも行かな、鬼さんに食われてしまうかもしれん」

そんなことないとは言えなかった。

これまで起こったこととかあちゃんの話を合わせれば、もしかしたらまだマサオは危ないのかもしれない。

「マサオが行くなら、僕も行く」

「あたりまえじゃ。僕ひとりで行かすつもりだったんか」

即日決行。その足で山の神社へと向かった。

胸にまだ糸が縫われているマサオと、マサオに噛まれた右手のかさぶたがはがれない僕と。

「マサオ、新しい靴買ってもらたんか。かっこいいなぁ」

「ああ。かあちゃんが買ってきたんじゃ。でも、僕は前の靴のほうがええ。これ大きさ合ってないんじゃ」

「今日は裸足じゃないから、痛くないな」

「アレはあぶない。こないだの、けっこう足の裏も切れてたぞ」

「僕もじゃ」

けもの道を抜け、例の石段の前までやってきた。

「マサオ、やっぱり怖いよ」

「僕かて怖いって。でも、よく思い出してみぃ。こないだはオバケも神様も、鬼さんも出てこなかったじゃろ。だから、そんなに怖がることはないのかもしれん」

マサオは僕に言っているようで、一方でマサオ自身に言い聞かせるようだった。

石段を上ると、前回と同じようにツルで覆われた鳥居が見えた。

「間違いない、あの神社じゃ。消えたりしてないなぁ」

「お前は方向音痴だから、僕と一緒じゃないと来れんぞ。はぐれたら、死ぬからな」

「怖いから、一人では来んよ」

左右に小屋が、正面に本殿が。しかし、神社の敷地に広げたはずの木の板は、一枚残らず無くなっていた。もちろん、黒い箱も。

「無いぞ、マサオ。だれか持っていったんか?」

「そんなことあるか。あんなもん欲しいやつおらんて。でも、キレイさっぱり無くなっとるぞ」

「もしかして、鬼さんか」

「お前、怖がりのくせに何でそんなこと言うんじゃ。怖くなるじゃろが」

「怖いから言うんじゃ。鬼さんが持っていったのかもしれん」

小屋の裏も、本殿の裏も探したが、一枚も見つけることができなかった。

「マサオ、どうする」

「まだ探してない場所があるじゃろ」

「それはイヤじゃ。また入るんか。あの部屋は真っ暗じゃ」

まだ本殿の中は探してなかった。もしかしたら。誰かが本殿の中に箱を戻しているとしたら。

「確かめんと」

「懐中電灯は?」

「そんなもんない」

「うう、マサオ、このまえみたいにいきなり走ったら許さんぞ」

「アホか、僕かて怖くてそんなことはもうできん」

そして、暗い暗い本殿の中を進んでいった。

「やっぱりじゃ。箱がある。これ間違いないぞ、あの箱じゃ」

「マサオ、怖いぞ。これは怖いぞ。なんで、誰がもとに戻したんじゃ」

「わからん。逃げろ」

マサオと僕は全速力で本殿を飛び出し、そのまま神社を抜け出て、けもの道に戻ったところでようやく一息ついた。

「怖かった~。なんじゃ。マサオ泣いとるのか」

「ホンマじゃ。泣いとる。なんじゃ、お前も泣いてるんか」

「あれ、僕も泣いてる」

僕たちは完全に歩みを止めた。

こいつは、この感じは、マサオじゃない。僕も、僕じゃない。

「マサオ!」

「ばかたれ。怖くて涙が出ただけじゃろ。早く、山を降りるぞ」

コンクリート道路に帰ってくると、マサオと僕は山を見上げた。

「僕、やっぱり、じいちゃんにおまつりのこと聞くのやめる」

「うん。知らんほうがいいのかもしれん」

結局、僕のかあちゃんから聞いた『おまつり』の昔話。

あれは全部が本当じゃないけど、全部が嘘というわけでもない。

僕達はそう結論づけた。

怖くて、これ以上調べる気にはなれなかった……

(了)

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