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これは、ある若い男性から聞いた話だ。

その日、彼は友人と夕方に映画を観る約束をしていた。どちらも久しぶりの外出で、楽しみで仕方なかったらしい。だが、待ち合わせの時間になっても友人は現れない。約束の時間から少し遅れて着くかと思い、先に到着していた彼は、友人に電話をかけてみることにした。

携帯を耳に当て、しばらく呼び出し音が続いたのちに通話が繋がると、すぐに友人の声が聞こえてきた。しかし、ふとした瞬間、会話の途中でプツンと音がして、通話が一方的に途切れてしまった。

「電波が悪いのか?」

そう思い、周囲を見回すが、信号はしっかりと受信されている。仕方なく再度発信しようとした時、逆に友人からの着信が入った。番号も間違いないので、そのまま通話に出てみることにした。

「おーい、さっきの通話、切れちゃったみたいだね?」と声をかけた瞬間、耳に飛び込んできたのは、思いがけない他人の声だった。

「お電話代わりました。担当の亀田と申します」

その口調に彼は一瞬、固まった。さっきまで友人だったはずが、いきなり「亀田」という他人が出ている。だが、耳に響く声は確かに友人のもの。何かの冗談か? そう思い、彼もふざけて返すことにした。

「…ああ、Mさんですか。この前はどうもお世話になりました。川越商事の川田です」

冗談に乗って、川田という架空の名を使い、適当にごまかしてみた。少しすれば、どうせ友人も笑い出すだろうと思っていた。

しかし、電話の向こうから返ってきたのは、かえってこちらを試すような機械的な返答だった。

「……川田さんで宜しいのですね。私は亀田です」

声のトーンが変わり、何か冷たさすら感じる。その声色は確かに友人のものなのに、そこには彼の知る温かみも、冗談を楽しむ気配もない。ただ冷たく、低い響きが耳元に伝わる。

不可解な違和感に身震いしつつ、彼はどうにか話を続けることにした。

「おい、今どこにいるんだ?もう待ち合わせ場所にいるんだけど」

「何の待ち合わせをしているのですか?」

冷え冷えとした声に、一瞬返答を詰まる。からかっているつもりが、逆に自分が試されているような、いや、自分がまるで別人として見られているかのような妙な感覚に陥っていた。

「映画だろ? お前が誘ったんじゃないか」

『…川田さん。私は今日行けそうにありません』

呟きのような言葉に、彼はようやく冗談だと確信する。少し苛立ちながらも、「何だよ、また別の日にしよう」と言い返そうとした時、不意に相手の呼吸音が響き始めた。

スゥゥゥ…ハァァァ…。

妙に深く、ゆっくりとした長い呼吸が不気味に続き、思わず電話を切ろうとしたが、手はそのまま携帯を握ったままだ。呼吸音の合間に、ぼそぼそと呟くような言葉が耳に届く。

「行けません、行けません、行けません、行けません、行けません」

異常なリズムと間隔で繰り返されるその声に、彼の背中に寒気が走った。友人の声であるはずが、どこか違う者が喋っているように聞こえ、頭が混乱し始める。これは友人のいたずらではなく、何かもっとおぞましいものだと感じるのが一瞬遅れた。

「おい、本気で何なんだよ! お前、どうかしてるぞ…」

怒りを込めてそう言い放った途端、電話の向こうから彼の呟きがぴたりと止んだ。そして再び、深い、深い呼吸音だけが続いた後、唐突に途切れる。

『エールキキイイイイイイイイイイ』

意味不明な奇声のような音が鳴り響き、同時に「ブチッ!」と激しく音を立てて通話が強制的に切れた。その瞬間、胸の奥に凍りつくような不安が走った。あの最後の音…あれは何だ?人の声ではなく、何か獣のような響き。

彼はしばらくその場に立ち尽くした。手には汗がにじみ、動悸がひどくて立っているのがやっとだった。映画を観るどころではなく、彼は早々に家へと帰ることにした。

その夜、自宅に戻ってからようやく心が落ち着いた頃、携帯を確認すると、受信箱にメールが二通届いていた。一通目は友人からのもので、「ごめん、映画行けなくなった。さっき通話が切れたみたいだったけど、誰かと通話中だった?」と書かれている。これが最初の通話後に送られたものであれば、時間も合うし、内容も自然だ。しかし問題は二通目だった。

二通目は、見知らぬアドレスからで、「いっしょにいきましょうね」とだけ短く書かれている。どこにも署名も、名前もない、ただその一言だけ。

思わずメールのタイムスタンプを確認すると、二通目のメールはあの最後の奇声と共に通話が切れた直後に届いたものだった。ゾッとし、彼の手は震えた。友人が二通目のメールを送ってくるはずがない、時間も状況も合わない。

誰だ、お前は?

瞬間、彼の目にふとメールの宛先が映り込み、背中に再び冷たい汗が流れる。知らないアドレスのはずなのに、どこかで見たことがあるような気がした。その奇妙な既視感に、彼は自分の携帯の設定を確かめようとした。だが、指が勝手に動かず、携帯をそのまま机に置いた。

結局、彼はその後も友人と何度か会ったが、二人の間であの日の通話について話題に上がることは一度もなかったという。電話越しの友人の声はあの日以来、どこか冷たく響くように感じられ、彼はそれが気にかかってならなかったそうだ。

どこかで彼の話が本当なら、あの日、電話の向こうにいたのは本当に友人だったのだろうか。それとも別の何かが彼に話しかけていたのだろうか。

[出典:421: 本当にあった怖い名無し:2010/07/20(火) 23:17:23 ID:VD1KLsH80]

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