私の中学校の同級生に、左眼だけが赤い生徒がいた。
君島典子という名前だった。入学式の日から、その赤は否応なく目を引いた。充血や病気というより、色そのものが違う。暗いところでも鈍く残る、濁った赤だった。美人だったこともあり、男子の間ではすぐに話題になったが、それと同時に妙な噂も流れ始めた。
「赤い目のやつに嫌われると、不幸になる」
同じ小学校から進学してきた生徒が、ひそひそとそう言っていた。理由を聞いても、はっきりした説明はなかった。ただ、小学校時代、彼女の近くにいた子が立て続けに怪我をしたとか、家庭の事情で転校したとか、そういう話が断片的に語られるだけだった。
私はそれを、よくある妬みだと思っていた。目立つ容姿をした女の子に、根拠のない噂がまとわりつくのは珍しくない。実際、クラスの大半は気にしていない様子で、私も普通に挨拶をし、たまに会話もした。
入学して一か月ほど経った頃だった。君島さんとよく話していた男子生徒が、放課後に交通事故で亡くなった。
葬儀の翌日、教室の空気は重かった。誰も大声でその話をしなかったが、視線だけが君島さんに集まっているのが分かった。私はその数日前、彼女が小さな声で「授業中まで話しかけてくるから、少し困ってる」と言っていたのを聞いていた。その記憶が、不意に頭の奥で浮かび上がった。
理屈では否定できた。偶然だ。こじつけだ。そう言い聞かせながらも、私は以前のように彼女に話しかけられなくなった。距離を取ったのは私だけではなかった。気づけば、彼女の周りには誰も座らなくなっていた。
二年生になっても、同じクラスだった。隣の席になった生徒は、毎朝、自分の机を数センチずつ離していた。君島さんは何も言わなかった。ただ、赤い左眼だけが、こちらを見ているような気がした。
夏休みの登校日、防災訓練で校舎内を移動していたとき、階段で事故が起きた。下の方で誰かがつまずき、後ろの生徒が折り重なるように倒れた。私は上の方にいたから無事だったが、下敷きになった数人は重傷だった。
その中に、いつも彼女の席を遠ざけていた生徒がいた。意識不明のまま運ばれ、その後、学校には戻ってこなかった。
それ以来、誰も君島さんの悪口を言わなくなった。代わりに、誰も彼女を見ないようになった。声をかけず、目を合わせず、しかし露骨な無視もしない。まるで、触れてはいけない物のように扱う空気が、教室に定着した。
卒業まで、大きな事故はなかった。彼女は地元を離れた女子校に進学した。私も偶然、同じ高校に進んだ。
新しい環境では、最初のうち、彼女の周りには人が集まった。赤い目は噂になり、好奇心と嫉妬を同時に集めた。陰口も増えた。女子だけの集団は、言葉の刃を隠さない。
梅雨のある日、君島さんの悪口を言っていた生徒が、授業中に突然倒れた。癲癇だった。そのまま休学になった。期末試験前には、クラスの中心人物だった生徒が急性白血病で入院した。
誰も、直接的な因果を口にしなかった。ただ、教室から音が消えた。君島さんの席は、空気の抜け落ちた場所のように感じられた。
二年生の春、彼女が私に声をかけてきた。「また同じクラスだね」
驚いたが、断る理由もなく、私は頷いた。それでも、深入りはしなかった。距離は保ったままだった。
期末試験前、彼女から手紙を渡された。そこには、「覚えていてほしい」とだけ書かれていた。誰の記憶にも残らないなら、自分は存在していないのと同じだ、と。
その夜、私は担任に連絡をした。翌日、彼女が自殺未遂をしていたと知った。左目をはさみで突こうとし、手首も切ろうとしていた。母親に見つかり、命は助かった。
見舞いに行ったとき、彼女はぼんやりと天井を見ていた。しばらくして、「この目、どうすればいいと思う」と聞かれた。私は答えられなかった。ただ、傷つかないでほしいと言った。
やがて彼女は眼帯を外し、私たちは以前よりも話すようになった。赤い目はまだそこにあったが、誰も触れなかった。
三学期が始まってすぐ、今度は私が倒れた。原因不明の高熱だった。意識が途切れ、数日間、記憶がない。
後から母に聞いた。君島さんが見舞いに来て、泣いていたと。「どうして。好きなのに」と。
その翌日、彼女は再び左目を傷つけた。今度は深く、視力はほとんど失われた。
義眼になった彼女は、「黒い目になった」と言って笑った。その笑顔を見たとき、なぜか胸の奥が冷えた。
今、私たちは同じ大学に通っている。彼女は穏やかで、誰からも特別視されない。事故も、不幸も、聞かない。
ただ、時々、彼女と向かい合って話していると、私はふと、自分がなぜ無事だったのか分からなくなる。赤い目が失われたことで、何が終わり、何が残ったのか、誰も説明していない。
彼女の黒い義眼は、光を反射しない。
それでも時折、私だけが見られているような気がする。
[出典:584 :赤目 :2005/12/06(火) 04:05:36 ID:blTXRow60]