ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

聞いてしまった者 rw+2,962-0220

更新日:

Sponsord Link

地方新聞の支局で記者をしていた頃の話だ。

あの事務所は、昼でも湿った匂いが抜けなかった。紙とインクと、古びた机に染み込んだ何年分もの埃。静かな日は、時計の秒針がやけに大きく響いた。

奇妙な来訪者は珍しくなかった。自分が犯人だと名乗る者は、とくに多い。三億円事件の真犯人だという老人もいれば、すでに犯人が逮捕されている事件で「冤罪だ、自分がやった」と言い張る男もいた。たいていは話が破綻していて、相槌を打てば満足して帰っていく。

あの日も、同じ類だと思った。

昼下がり、引き戸が重く開き、男が入ってきた。痩せすぎた体に、色褪せたジャンパー。乾いた皮膚が顔に貼りつき、焦点の定まらない目が、事務所の隅々をなぞった。

私の前に立つと、男は言った。

「……人を殺した」

無意識にメモ帳を開いていた。問い返す前に、男は淡々と語り出した。風呂場で切断したこと。袋に分けて公園のゴミ箱に捨てたこと。声に起伏はなく、昨日の天気でも話すようだった。

だが、この県でそんな事件は起きていない。

「ここじゃない。東京だ」

なぜ、こんな田舎の支局に来る。そう問うと、男は一瞬だけ私をまっすぐ見た。

「都会じゃ監視の目がある」

監視の目。

私は鼻で笑いそうになった。妄想だ。そういう類の人間だと、心の中で結論づけた。

「なぜ殺した」
「死んでしかるべき人間だった」
「どういう意味だ」
「言えない」
「なぜバラバラに」
「わかる人にはわかる」

核心には触れない。やがて私は言った。

「警察には?」

男は口元を歪めた。

「警察なんか意味がない」

「じゃあ、なぜここに来た」

しばらく黙ったあと、男は小さく答えた。

「せめて誰かに、聞いてほしかった」

その瞬間、私はメモ帳を閉じた。記事にならない。時間の無駄だ。そう判断した。

男は席を立ち、「悪かったね」とだけ言って出ていった。引き戸が閉まると、空気が軽くなった。

一週間後、川で溺死体が見つかった。

取材で現場に向かった私は、ロープの内側に横たわる黒い塊を見た。色褪せたジャンパー。土埃をかぶったスニーカー。肩の落ち方。

顔は水に浸かり、膨らんでいたが、体格は一致していた。

所持品は空。身元不明。行方不明届とも照合されず、「誤って転落した事故死」と処理された。

私は何も言わなかった。

一週間前に支局を訪れ、「人を殺した」と告げた男と同じ格好をしていたことも。監視の目という言葉も。

言えば、私が最後に話した相手になる。取材対象から事情聴取の対象に変わる。それだけだ。そう自分に言い聞かせた。

だが、それだけではない。

あの男は、誰かに聞いてほしかったと言った。

私は聞いた。

警察ではなく、私に。

もし本当に殺していたのなら、最初に知ったのは私だ。記事にせず、通報もせず、ただ「おかしな来訪者」として処理した。

それが選別だったのかどうか、今でもわからない。

溺死の翌日、支局の電話が鳴った。受話器を取ると、無言だった。向こうで、かすかな水音がした気がした。すぐに切れた。

いたずらだと思った。

その晩、自宅の固定電話も鳴った。表示は非通知。出ると、やはり無言。息のような、擦れるような音が混じっていた。

監視の目。

都会にしかないと思っていたそれが、こちらを向いた感覚があった。

私はその後も記事を書き、異動し、今は別の部署にいる。あの溺死は、公式には事故だ。

だが、時折、知らない番号から着信がある。出ると、何も聞こえない。ただ、遠くで水が揺れるような音がする。

誰かが、確認している。

あの日、私は確かに聞いた。聞いてしまった。

この話をここまで書いた以上、もう私だけの問題ではない。

あの男は言った。

「わかる人にはわかる」

もし今、あなたの背後で、わずかな水音がしたなら。

それが何を意味するのか、私は説明しない。

[出典:134 :1/3:2009/08/04(火) 23:35:16 ID:X1AJxGlo0]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.