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私はこれまで何百件もの式を進行してきたが、あの日のことだけは忘れられない。

郊外の小さなチャペルだった。木立に囲まれ、午後の光がステンドグラスを透かして床に落ちていた。予定通り、誓いの言葉が交わされ、指輪がはめられ、式は粛々と進んだ。

問題は、花嫁の父親からの手紙だった。

父親は、彼女が十三歳のときに亡くなっている。生前、「娘が結婚するときに渡してほしい」と妻に託していたのだという。花嫁もその存在は聞かされていたが、読むのはその日が初めてだった。

母親から渡された茶封筒は、年月を吸って柔らかくなっていた。表には確かに、亡き父の筆跡で娘の名が書かれている。中の便箋も同じ筆跡だった。私は一度目を通し、深く息を吸い込んでから読み上げた。

「久しぶりだね。こうしてまた話せることをうれしく思う。結婚式に立ち会えないのは残念だが、君が選んだ健吾君は立派な人だ。彼と共に、穏やかな家庭を築いてほしい。」

場内はすすり泣きに包まれた。新郎は涙をこらえながら頭を下げ、花嫁は震える手で口元を押さえていた。私は手紙を閉じ、彼女の前に置いた。

そのとき、花嫁の視線が止まった。

時間が一瞬、遅れたように見えた。彼女は便箋を両手で持ち、文字を追った。私が読んだ箇所を、何度もなぞっている。顔から血の気が引いていくのがわかった。

式はそのまま続いた。予定外の沈黙を挟みながらも、滞りなく終了した。だが、退場する二人の背中はどこか揃っていなかった。

控室で、私は花嫁に声をかけた。

「何か、違いましたか。」

彼女は少し考え、私の手から手紙を取り返した。

「健吾さんと出会ったのは二年前です。大学で。北海道で。」

そこまで言って、言葉を切った。

「父が亡くなったのは、私が十三歳のときです。地元を出たこともありませんでした。」

私は便箋を見た。確かにそこには、父親の癖のある字で「健吾君」と書かれている。

「もしかして、お父様が将来を……」

そう言いかけて、私は口を閉じた。

便箋のその一行を、もう一度よく見た。

私が読んだとき、「健吾君」とはっきり書かれていた。だから、私はその通りに読んだ。だが今、そこにあるのは「健」という一文字だけだった。その後ろは、滲んでいる。最初からそうだったのか、今そうなったのか、判断できない。

花嫁は私の顔を見ていた。

「司会の方、ちゃんと名前を読んでくださいましたよね。」

その問いに、即答できなかった。

私は確かに、はっきりと「健吾君」と読んだ。その音が、まだ喉に残っている。けれど、紙の上には今、その証拠がない。

さらに言えば、私はあのとき、手紙を事前に最後まで確認していない。封を切ったのは母親で、私は途中から受け取った。便箋の端がわずかに折れていたことだけは覚えている。

「……ええ、読みました。」

そう答えるしかなかった。

花嫁はしばらく黙り込み、やがて静かに言った。

「健吾さんのこと、父は知らないはずなんです。でも、式の直前に母がこう言ったんです。“お父さん、ちゃんとあの子のこと見てるわよ”って。」

控室の外から、笑い声が聞こえた。祝宴が始まっている。

花嫁は、便箋を封筒に戻した。だが封筒の表には、娘の名前の横に、もう一つ文字が増えているように見えた。薄く、鉛筆で書いたような、見慣れない筆跡だった。

「健」。

私は瞬きをした。次の瞬間、それはなかった。

あれから半年後、その式場から連絡があった。例の二人が離婚したという報告だった。理由は「名前」だと聞かされたが、詳しいことは教えてもらえなかった。

私は今も、ときどきあの手紙のことを思い出す。読み上げる前、私は確かに一度目を通している。そのとき、新郎の名前を意識した記憶はない。

だが、私が声に出した瞬間、会場の空気は確かに変わった。

あの日、私は何を読んだのか。

そして、誰の名を、あの場に定着させてしまったのか。

出典:719 名前:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2016/08/18(木) 22:41:31.04

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