助けてくれたあの人の話を、ここで書いておこうと思う。
あの人、というのは祖母のことだ。
私は幼いころ、一度だけ川で溺れたことがある。夏の終わりだった。親戚の家に集まっていて、大人たちは座敷で酒を飲み、子どもたちは家の裏手を流れる川へ勝手に降りていった。
その日は水が少し濁っていた。前の日に山の方で雨が降ったらしく、普段より流れが速いと誰かが言っていた気がする。けれど子どもには、そんなことは関係なかった。浅瀬で石を投げたり、流れてくる葉を追いかけたりしているうちに、私は足を滑らせた。
膝までしかないと思っていた場所が、急に底を失った。
水の中で体が回った。上も下もわからなくなり、口に泥水が入り、鼻の奥が焼けるように痛んだ。声を出そうとしたが、出たのは泡だけだった。目を開けると、水の色が緑とも茶色ともつかない濁りで、そこに白い光がちらちら揺れていた。
その中で、誰かの手が私の腕をつかんだ。
指が細かった。爪の間に黒い泥が詰まっていた。引っ張られたというより、押し戻されたような感覚だった。次の瞬間、私は川岸の草の上に転がっていた。
祖母が私の顔を覗き込んでいた。
「息、しなさい」
そう言われた途端、喉の奥から水がこみ上げ、私は咳き込みながら泣いた。祖母の着物の裾は泥だらけで、髪も頬も濡れていた。大人たちが駆けつけてきて、誰かが私を抱き上げ、誰かが祖母に礼を言った。
だから私は、ずっと祖母に助けられたのだと思っていた。
その祖母が、生前、夜更けのちゃぶ台でよく昔話をした。家族が寝静まったあと、台所の薄い明かりだけをつけ、湯呑を両手で包むように持って、ぽつりぽつりと話すのだ。
祖母は七人きょうだいの五番目だったという。
どういうわけか、一番目、三番目、五番目、七番目だけが「見える子」だったらしい。祖母自身も、死んだ者や、これから死ぬ者の気配が薄ぼんやりわかることがあったそうだ。
「でも、わたしなんかは半端もんだったよ」
祖母はそう言って笑った。笑ってはいたが、目は笑っていなかった。
その中でも、三番目の兄、つまり私からすれば大伯父にあたる人は、ずば抜けていた。
大伯父は若くして警官になった。両親は反対したらしい。そんなものが見える人間が、人の恨みや死に触れる仕事に就くのはよくない、と。しかし大伯父は聞かなかった。世の中の役に立ちたい、という、いかにも若い人間が言いそうな言葉を本気で信じていた。

交番勤務になってすぐ、大伯父は奇妙な手柄をいくつも立てた。
指名手配の紙が貼られたその日の夕方には、犯人を連れて帰ってくる。盗品の隠し場所を、まるで置いた本人のように言い当てる。行方知れずの老人を探しに出た時は、誰も見ていなかった用水路の脇へまっすぐ歩いていき、草の中でうずくまっていた老人を見つけた。
署では最初、偶然だと片づけられた。しかし偶然が重なりすぎると、今度は妬まれるようになった。
大伯父は刑事課に移されたが、そこでも歓迎はされなかった。事件の資料を回されない。会議から外される。聞き込みの場所をわざと教えられない。そんな嫌がらせが続いたという。
ある日、先輩刑事がわざと大伯父の机に茶をこぼした。
周囲が笑った。大伯父は濡れた書類を拾いながら、その先輩に向かって静かに言った。
「私のような者に構う暇があるなら、お母堂が気にしておられた掛軸を直した方がいいですよ。あれをそのままにしておくなと、何日も前から耳元でおっしゃる」
先輩の顔から血の気が引いた。
母親は病床に伏していた。家に古い掛軸があり、それを修理に出したいとしきりに言っていた。そんなことを大伯父が知るはずはなかった。
その日から、嫌がらせはなくなった。
けれど祖母は、その話を誇らしげには語らなかった。
「兄さんは、見えてしまう人だったんだよ」
その言い方が、いつも引っかかった。
見える人、ではない。見えてしまう人。
大伯父は犯人を何人も捕まえた。表彰もされた。署の中では「千里眼」と呼ばれたらしい。けれど本人は、その渾名を嫌っていたという。
「千里先なんか見えん。見せられるだけだ」
祖母はそう言って、湯呑の底をじっと見た。
大伯父が変わったのは、ある誘拐事件の後だった。
小さな男の子が連れ去られた。身代金の受け渡しも失敗し、犯人の足取りも途切れた。署内が殺気立つ中で、大伯父は何も言えなくなった。
いつもなら、断片が見えた。道の角、濡れた靴、煤けた天井、逃げる男の背中。そういうものが、向こうから勝手に頭へ入ってくる。
その時だけは、何も見えなかった。
「子どもの命がかかっとるのに、ワシには何も見えん」
大伯父は家に帰るなり、畳に座り込んで泣いたそうだ。
その時、耳元で誰かが怒鳴った。
「たわけが。お前の力で今まで助けたと思うとったのか」
誰の声かはわからなかった。男とも女ともつかず、老人のようでもあり、子どものようでもあったという。ただ、その声を聞いた瞬間、大伯父は畳に額をこすりつけていた。
「お許しください」
自分でそう言っていた。
何を許してほしかったのかは、大伯父にもわからなかったらしい。
男の子は翌朝、山裾の納屋で見つかった。衰弱していたが、生きていた。大伯父が見つけたわけではない。捜索に加わっていた若い巡査が、たまたま納屋の戸が少し開いていることに気づいたのだ。
それ以来、大伯父は勘に頼らなくなった。地図を広げ、人員を分け、目撃証言を整理し、普通の刑事として仕事をした。
それでも、子どもが消える事件だけは駄目だった。
見えない。
あるいは、見えた時には遅すぎる。
大伯父のそばには、よく子どもが立つようになったという。飴玉を欲しがる子。おかあちゃんを呼ぶ子。裸足のまま、濡れた足跡だけを廊下に残す子。大伯父はそのたびに黙って菓子を買い、机の引き出しに入れていた。
「食べるわけじゃないのにね」
祖母はそう言ったが、笑わなかった。
退職を決めたのは、川で見つかった女の子の事件のあとだった。
その子は、何日も行方がわからなかった。大伯父は最初から川だと言っていた。だが場所までは言えなかった。上流なのか下流なのか、淵なのか橋の下なのか、それがどうしても見えなかった。
ようやく見つかった時、女の子は岸辺の葦に引っかかっていた。
大伯父はその場で膝をついたという。
誰かが「見つかってよかった」と言った。遺族にとっては、せめて遺体が戻っただけでも救いだったのだろう。
けれど大伯父は、その言葉を聞いてから口数が減った。
「見つかってよかった、か」
それだけを何度もつぶやいていたそうだ。
祖母は湯呑を置き、私の方を見た。
「兄さんはね、最後の方は、助けることと連れてくることの区別がつかなくなってた」
その言葉の意味を、当時の私はよく理解できなかった。
私は祖母の話を聞いてから、テレビに出る霊能者や占い師を信じなくなった。本物は、あんなふうに得意げに語らない。見えるということは、便利な才能ではない。見なくていいものを見せられ、聞かなくていい声を聞かされることだ。
祖母は大伯父の話を何度もした。けれど、ひとつだけ話さないことがあった。
私が川で溺れた日のことだ。
私が「あの時、おばあちゃんが助けてくれたんだよね」と言うと、祖母はいつも黙った。否定もしない。肯定もしない。ただ湯呑を両手で包み、底の方を見つめる。
一度だけ、しつこく聞いたことがある。
祖母は長い間黙ったあと、こう言った。
「あれは、兄さんが連れてきたんだよ」
私は、自分のことだと思った。
川に流されかけた私を、大伯父がこちらへ連れてきてくれた。そう解釈した。亡くなった大伯父が、祖母を通して私を救ってくれたのだと。
その頃は、それで納得できた。
祖母が亡くなった後、遺品を整理している時だった。
古い菓子箱の中から、白黒写真が何枚も出てきた。若いころの祖母。曾祖父母。七人きょうだいが並んだ写真。その中に、制服姿の大伯父が写っていた。
私はすぐにわかった。
川で溺れた時、祖母の後ろに立っていた男だ。
びしょ濡れで、私と同じように泥だらけで、でも笑っていた。子どものころは、親戚の誰かだと思っていた。大人たちが何人も駆けつけていたから、そのうちの一人だと。
けれど写真の大伯父を見た瞬間、違うとわかった。
あの日、あの男は祖母の後ろに立っていた。川から上がったばかりのように濡れていた。足元から水が落ちていた。なのに、誰もその男を見ていなかった。
写真を握ったまま、私は祖母の言葉を思い出した。
「あれは、兄さんが連れてきたんだよ」
何を、とは言わなかった。
その夜、私は久しぶりに川で溺れる夢を見た。
水の中で、誰かの手が私の腕をつかむ。細い指。爪の間に詰まった黒い泥。私は必死に水面へ向かおうとする。けれどその手は、私を上へ引っ張っているのか、下から押し上げているのか、どうしてもわからない。
岸の上には祖母がいる。
その後ろに、大伯父が立っている。
大伯父は笑っている。
その足元に、知らない子どもが何人も立っている。みんな濡れている。みんな黙っている。私だけを見ている。
目が覚めると、布団の裾が濡れていた。
雨漏りかと思ったが、天井に染みはなかった。窓も閉まっていた。濡れていたのは布団の裾だけで、そこには小さな泥の跡が、点々とついていた。
翌朝、仏壇の引き出しから、祖母の字で書かれた古いメモが出てきた。
「連れてこられた子には、川の話をさせないこと」
それだけだった。
私は今でも、祖母に助けられたのだと思うことにしている。
そうでなければ、あの日、川から上がってきたのが本当に私だったのか、考えなければならなくなるからだ。
[出典:180 :可愛い奥様:2011/10/23(日) 00:37:48.69 ID:l/TTa4LtO]