僕が小学六年生だった頃の話だ。
当時、住んでいた街は西と東で緩やかに分かれていた。境界線があるわけじゃない。ただ、遊ぶ相手と遊び方が違った。西側の子どもたちはゲームを持っていて、放課後は誰かの家に集まる。僕は持っていなかった。だから自然と、公園で走り回る東側の連中と遊ぶようになった。
ある日、鬼ごっこをしている最中に、一人が言った。
「なあ、寺行こうぜ」
その瞬間、場が一拍だけ止まった。この辺りに寺はない。神社ならあるが、山を越えた先だ。誰もはっきり否定しなかった。言い出した本人も、場所を正確に説明できない。ただ、「行けばわかる」と言った。
今思えば、その曖昧さが最初の異常だった。
南に少し下り、獣道みたいな山道を抜ける。小川を越えた先に、それはあった。寺と呼ぶにはあまりに貧相な、崩れかけの家。境内も看板もない。周囲には用途のわからない木材が積まれているだけだった。
その日は近づかなかった。理由はない。ただ、誰も「入ろう」と言えなかった。

翌日、双眼鏡を持って再訪した。中に人がいた。ニット帽にジャージ姿の男と、数人の女。こちらを見ている気配はない。しばらくすると、全員いなくなった。
近づいた。仏像らしきものがあり、その奥の壁に、読めない文字が書いてあった。漢字に似ているが、意味がつながらない。
さらに奥に、洞窟があった。
入口の前で、全員が止まった。中から何かが出てくる気配はない。ただ、空気が逆流している感じがした。息を吸うと、体の内側が冷える。誰も「絶対に入るな」とは言っていない。それなのに、全員が理解していた。
その場所には、触れてはいけない。
それきり、親に話して終わったはずだった。
中学一年になった頃、ふと、また行きたくなった。理由はない。行かない理由もなかった。山道は封鎖されていたが、抜け道が残っていた。
建物は片づけられていた。人の気配もない。木材も消えていた。ただ、洞窟だけが残っていた。前より、近く感じた。
帰り道、背後で地面を擦る音がした。振り返っても何もいない。歩くと音が近づく。走ると、距離が縮む気がした。
家に着いてから、異変が始まった。
夜中に理由もなく寒気が走る。
暗闇に、視線の重さを感じる。
飼い猫が、壁の一点を見続ける。
窓の外側に、内向きの引っかき跡が増える。
誰もいないはずの部屋で、物が落ちる音がする。
姿は見ていない。だが、「来ている」感覚だけが残る。消えない。
中学二年になった今も、それは時々、近くにいる。
あの洞窟に入らなかったことが、正しかったのかどうか。
入っていれば、終わっていたのかどうか。
答えは出ない。
ただ、あの場所は今も、行こうと思えば行ける。
それだけが、はっきりしている。
[出典:69: 本当にあった怖い名無し 2015/08/20(木) 18:24:55.58 ID:mkV2fVq20.net]