これは、東北の山奥にある今は廃村となった集落での話だ。
村には古くから「野火送り」と呼ばれる火葬の風習があった。
山の火葬場で薪を積み上げ、遺体を野に送りながら炎で清める。
人々は火が舞う山肌を仰ぎ、故人の魂が浄化されると信じていた。
その村に住んでいた独り身の老女は、村人たちから忌み嫌われていた。
強欲で、自分の利益のためには平気で他人を裏切り、時に暴力まで振るう。
老人や子供も彼女の怒声に怯えていたという。
その老女がある冬の夜、ついに冷たい床の上で息絶えた。
彼女の死を知った村人たちは、誰も悲しむ様子を見せなかった。
それどころか、「やっと厄介者が消えた」と安堵の声すら漏れた。
葬儀の準備も簡素そのもので、火葬場に遺体を運び、古いむしろで覆うだけの粗末なものだった。
火を放つと、乾いた薪が勢いよく燃え上がった。
黒煙が山の闇へ吸い込まれるように立ち昇り、炎の中でむしろが徐々に崩れ始めた。
その時だった――遺体の頭部を覆っていたむしろが、不気味にふくらんだのだ。
村人たちは息を飲んで見つめた。
炭化した頭部があらわになると、そこには見慣れぬものが――硬く鋭い、二本のツノが浮かび上がっていた。
骨が焦げる音がする中、誰かが震える声で「鬼だ……」とつぶやいた。
恐怖に駆られた村人たちは、慌てて寺から僧を呼び寄せた。
僧は経を唱え続け、炎が夜を通して燃え続けた。翌朝、遺骨は粉々に砕け、何一つ形を残さなかった。
後に、村人の一人がぽつりと語った。
「あの婆さんは酷い生き方しとったからな……鬼になってまっとったんだべ。鬼だ鬼だって笑い話にしてたが、ほんまもんの鬼やとは思わなんだ。」
村が廃れる前、年に一度だけ村人たちが集まる日があった。
その度にこの話が語られた。燃え残らなかった骨の代わりに、忌まわしい記憶だけが村の闇に根付いている。
(了)
[出典:112 :あなたのうしろに名無しさんが:04/05/17 22:12 ID:kbcifIWC]