ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

噂の同級生 r+4,077

更新日:

Sponsord Link

あれは私が小学生の頃、教室の空気がねっとりと淀んでいた時期の出来事だ。

八月に入ったばかりで、蝉の鳴き声が耳の膜を押し広げるように響いていた。

小山内という同級生がいた。教科書の端を指で折る癖があって、席替えのたびに机の角に細い紙くずが残った。私は直接手を上げたことはなかったが、名前を呼ばれても目を向けない、そんな距離の取り方だけはしていた。腋の下がいつもじっとり汗ばみ、その汗が彼の視線から逃げる時だけ冷えたのを覚えている。

夏休みに入って数日、近所の友人が息を切らせて家に飛び込んできた。縁側の風鈴が揺れて、乾いた音が間に落ちた直後だった。

「小山内、死んだって……海で」

その言い方は妙に具体的で、砂浜の粒まで見せつけられるような説明だった。〇〇県の海、日本海側で、家族と、その同じ歳の従兄が……波にさらわれた、と。友人の舌の動きが濡れていて、生々しい嘘ではないように見えた。

胸の内側がざりつく感覚がして、私は別の友人と連れ立って小山内の家に向かった。門扉の前のコンクリートは昼の日差しで熱を抱え、靴底越しにもじんわり伝わってきた。チャイムを押す指が汗で滑り、ピンポンという音だけが空に逃げていった。

返事はなかった。家の影が濃く沈んで、風の抜ける音すらしない。私たちは顔を見合わせ、喉の奥がからからに乾いていたせいで、声にならない声を漏らした。

噂は瞬く間に広がり、誰も確かめることなく、皆がそれを当然の真実のように扱った。私自身、どこかで「罰」のような重さを感じていた。無視してきたこと、その場に同席してきたこと、それらの薄い積み重ねが、急にぺたりと背中に貼りついた気がした。

しかし夏休み終盤のプール登校の日、小山内が何事もなかったように、濡れたタオルを肩にかけて現れた。濡れた髪の先が光を吸い込み、滴が水面にぽつぽつ落ちるたび、周囲の子どもたちは微妙に距離を詰めたり、開いたりしていた。

「ただ田舎に帰ってただけだよ」と彼は言った。歯の間に、言葉とは別の小さな影が挟まっているように見えた。けれど誰も追及しなかった。噂の一致の不気味さより、生きて帰って来た現実の方が強かった。

その夏の終わり以降、教室の空気からは妙なとげが減った。誰かが意識してそうしているわけでもなく、ただ、あの噂の重さが皆の背筋に残っていて、それが見えない境界になったようだった。

翌年、クラス替えはなく、担任だけが変わった。黒板を叩く音のテンポが昨年よりゆっくりで、時間が伸びたように感じる日々だった。小山内はといえば、特に変化も見せず、以前よりも周囲と軽く話すようになっていた。私も、ときどき彼の気配を気にする自分に気づき、そのたび首筋がむずむずした。

夏休み前、靴箱の空気が湿り、埃のにおいが濃くなり始めた頃だった。偶然公園でクラスの女子と出くわした。彼女は缶ジュースを片手にベンチに座り、指先でプルタブの跡をなぞいていた。

「聞いた? 小山内、また海で死んだって噂。なんか笑えるよね、二回目って」

彼女はそう言い、唇の端を少し歪めた。私は笑って返したが、胸の中心がぬるりと動いた。風が吹いて、木陰の匂いが汗と混じる。彼女の笑みの奥に、乾いたざわめきのようなものが見えた気がした。

——そして、その第二の噂が「本物」だったと知るまで、あと数日しかなかった。

公園で噂を聞いた二日後、私は妙な胸騒ぎで目が覚めた。畳に落ちた朝の光が、やけに白く固まって見えた。鼻の奥に塩のにおいが張りつき、寝汗が冷えて背中の布団が重たかった。あの日も、こんなふうに湿気が身体の内側にまで入り込んでいた気がする。

夏休み終盤のプール登校。校門の前のアスファルトは早朝から熱を持ち、靴底越しにじわじわと体温を奪っていった。水泳カードを胸ポケットに入れると、そこでわずかに紙が折れた音がして、私は妙に神経が尖った。
昇降口付近では、いつもより声が小さい。プールの水面に響くはずの歓声が、どこか遠くに押し出されているようだった。

更衣室に向かう途中、担任が集まった生徒たちに向けて短く口を開いた。
「……小山内くんの件、みんなに伝えておくことがあります」

その一言で、空気がほんの少し沈んだ。扇風機の風が生ぬるく、私の足首にまとわりつく。

「昨日の朝方、〇〇県の海で……高波にさらわれたそうです。ご家族の方から、学校にはもう連絡が来ています」

さらわれた、という言葉だけが異様に鮮明に耳へ残った。去年と同じ、あの海。去年と違うのは、今回は“噂ではなく本当だった”という一点だった。

私はまともに息ができず、耳鳴りがして、担任の説明をほとんど覚えていない。
ただ、周囲の子どもたちがまばらに泣き出す中、どこかで「やっぱりだ」とつぶやく声が混じった。誰のものか分からなかった。

プールサイドに出ると、塩素の匂いがやけに薄く感じられた。水面だけが強い光を弾き返し、不自然に白く揺れていた。私は膝に力が入らず、腰を下ろしたまま水面を見つめていた。
去年――偽りの噂で死んだことになり、今年――噂の通りに消えた。

後で友人と図書館に向かった。冷房の風が皮膚の表面を滑り、身体の熱が抜けるたび、胸の奥だけが妙に熱っぽく残った。新聞を一日ずつ遡っていくうちに、ようやく小さな記事に辿りついた。

「〇〇の海で小学生二人が行方不明」

その活字には、去年の“同い年の従兄”ではなく、“一つ年上の従兄”とあった。そこだけが違っていた。だが、場所も時期も家族構成も、去年噂で聞いた内容とほとんど同じだった。

私は指先で紙面をなぞった。活字が皮膚に刺さるようにざらついていた。
続報はどこにもなく、死亡記事も見つからない。
ふと、去年の夏の記憶が胸に沈む。チャイムを押しても誰も出てこなかった小山内の家。閉ざされた扉の前で、私の汗だけが乾かずに残っていた。

——あれは何だったのか。

今年は本当に死んだ。
だが去年、誰が、どうして、そんな“予告のような噂”を広めたのか。

図書館の窓の向こう、曇った光が差し込み、本の背表紙が湿気を吸ってくすんで見えた。
背中を汗が一筋落ち、椅子の木目に吸い込まれていく。私はそれを拭わず、ただ指先の震えだけを押さえていた。

噂と現実が重なった理由を誰も説明できないまま、夏は終わりに近づいていた。

図書館からの帰り道、アスファルトがまだ熱を残していて、足裏の薄い皮膚をじりじりと押し返してきた。蝉の声が途切れ途切れで、音の隙間に自分の息づかいが入り込む。家までの距離はたいしたことがないのに、胸の奥だけが妙に重く、呼吸のたびに湿った空気を吸い込んでしまうようだった。

 小山内の死は、噂ではなく現実になった。
 しかし去年、同じ海、同じ構図で彼は“噂として死んだ”。
 今年、本当に消えた。
 その一致が、どうしても薄気味悪さとして身体に残った。

家に着くと、台所の窓が少し開いていて、昼の熱を吸い込んだ空気がゆっくりと流れ込んでいた。冷蔵庫のモーター音が、やけに低く耳の奥へ絡んでくる。私は台所の椅子に腰を下ろし、額に手を当てて目を閉じた。すると、去年の夏、小山内の家の前で押したチャイムの音が急に蘇った。あの「ピンポン」という単純な音の膜に、砂の気配のようなざらつきが混じっていた記憶があった。

 何か、去年の時点で誰かが“知っていた”のではないか。
 けれど、そんな馬鹿げた予感は、すぐに胸の奥で溶けていった。
 ただ、背中の汗だけはひたすら乾きにくかった。

 翌日、私は小山内の家を再び訪れた。去年と同じような熱気。
 門扉の前に立つと、庭の草の匂いがひどく濃かった。
 チャイムを鳴らしても、当然のように返事はない。
 黒い表札だけが、午後の薄い光を吸い込んで沈んでいた。

 ふと、去年ここに来たときのことがはっきりと蘇った。
 誰も出てこない家。静まり返った玄関。
 あの時――私は“本当に誰もいなかったのか”どうかを思い返していた。
 記憶の端に、玄関の奥で一瞬だけ何かが動いた気配があった。
 しかしそれは、網戸越しの光の揺れだったのかもしれない。

 夕方、学校から配られた手紙を母が読んだ。
 「……小山内くんのご冥福をお祈り申し上げます」
 その一文だけが、ひどく軽い紙の上で鈍く沈んでいた。
 私は居間の畳に背中をつけ、天井の木目を見つめながら呼吸を整えようとした。
 しかし、木目の線がわずかに濃淡を変えながら、まるで波のように見えた。
 しばらくして目を閉じても、その揺れだけが残った。

 夜になると、どうしても眠れなかった。
 窓の外では、風がむらのある調子で吹いていた。
 波の音に似ているようで、まったく違うようでもあった。
 布団の中で、私は気づけば去年の噂の「内容」を順に思い返していた。
 家族、海、従兄。
 二人で波にさらわれた――その“二人”という言い方が、心になぜか引っかかった。

 今年の記事には、“一つ年上の従兄”とあった。
 去年の噂では“同い年の従兄”。
 誰が、そんな細かい部分まで変えて噂を流したのか。

 布団の中で、唐突に胸が冷えた。
 ――去年の噂は、誰が最初に言い始めたのか。
 私の記憶には、誰の声もはっきり残っていなかった。
 まるで、クラス全体が一斉に思いついたかのように、その話は広まった。
 しかしそんなことはあり得ない。

 その時、私はふと“ある可能性”に気づいた。
 去年の噂を聞いたとき、誰もが具体的すぎると言っていた。
 海の場所も、状況も、従兄の存在まで。
 まるで“見てきたように”話せる人間がいたかのようだった。

そして一年後、その出来事が現実になった。

 ――もしかして。

 私は布団から起き上がり、窓の外を見た。
 暗闇の中に、ひと筋だけ光が走ったように見えたが、街灯の反射にすぎないだろう。
 しかしその瞬間、皮膚がひどく粟立ち、指先が冷えた。

 去年、噂を聞いたとき、私は小山内を心のどこかで“死んだもの”として扱っていた。
 その記憶は曖昧で、しかし確かに身体に刻まれている。
 無視していた期間の延長のように、私は彼を“遠ざけて”いた。

 ふと気づく。
 ――去年の夏、小山内は本当に“帰省していただけ”だったのか。

 プール登校の日、彼の髪は濡れていた。
 タオルを肩にかけ、水面から上がってきたばかりのように見えた。
 それを見た時、私はただ「プールに入った直後なんだ」と思った。
 だが今になって思えば、その濡れ方はやけに不自然だった。
 髪の滴は冷たそうで、皮膚の色だけがほんの少し土気色を帯びていた気がした。

 あの一瞬――
 私は、彼の顔を“見たくない”と思って目をそらした。
 その理由を、今ならはっきり言える。

 そこにいた小山内は、去年の噂話を否定するほど、
 “生きているように見えなかった”からだ。

 そして今年、本当に海で消えた。

 噂と現実が重なった。
 いや、違う。
 去年の噂を“私たちが信じた”ことで、もう一度現実が形を持ったのかもしれない。

 私は布団に戻り、天井を見つめた。
 木目はもう揺れていなかった。
 ただ、静かにそこにあるだけだった。

 けれど翌朝、学校へ向かう途中、後ろからふと名を呼ばれた。
 振り返ると、誰もいなかった。
 ただ湿った風が、子どもの背丈ほどの高さで横にすべるように通り抜けた。

 その風の匂いは――去年の“あの日の海”と同じだった。

[出典:688: 本当にあった怖い名無し 2015/08/08(土) 16:45:23.70 ID:q7psLRov0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.