これは、親戚のお姉さんから聞いた話だ。
数年前、彼女は友人のAとBと一緒に、いわゆるパワースポット巡りに熱を上げていた。最初は観光ガイドに載っている神社仏閣を回る程度だったが、やがて人が少ない場所ほど効くらしいという曖昧な噂に惹かれ、ネットや口コミで見つけた「名前の出ない場所」に足を運ぶようになっていった。
問題の山に向かったのも、そうした流れの中だった。地元では女人禁制だと囁かれているが、看板も柵もなく、正式な登山道があるわけでもない。ただ、地図の端に細い破線が残っているだけの場所だった。冬の盛りで、3人は帽子とマフラーで顔の下半分を隠し、誰にも気づかれないように登り始めたという。
道と呼べるものはすぐに消え、踏み跡もまばらになった。雪はないが、地面は凍りつき、枯葉が足元で乾いた音を立てる。ここまで来ると、本当に人が入らない山なのだと実感したそうだ。
しばらく進んだところで、上から一人の男が降りてきた。年の頃は四十代半ば。派手さのない服装で、登山者というより地元の人間に見えた。すれ違いざまに男は軽く会釈し、「寒いな」と声をかけてきた。
3人は反射的に息を詰めた。声を出せば女だと分かる。そう思い、黙って頭を下げるだけにした。
数歩進んだところで、男が足を止めた。
「ちょいと待ちな」
低い声だった。振り返ると、男は3人を順番に見ていた。視線が顔ではなく、首元や肩口を測るように動いていたのが妙に印象に残っているという。
「あんたら……」
そこで言葉が切れた。男はしばらく黙り込み、何か考えるように目を伏せたあと、小さく首を横に振った。
「いや、何でもない。気をつけてな」
それだけ言って、男は下へ降りていった。
変な人だったね、と誰かが言ったが、声は出さず、口の動きだけで伝え合ったらしい。そのまま山道を進むと、不意に視界が開けた。木々がまばらになり、平らな地面が広がっている。風が止み、耳鳴りのような静けさがあった。
そこで一息つこうと腰を下ろしたとき、Aが立ち上がった。
「ちょっと、向こう見てくる」
指差した先には、さらに奥へ続くような獣道があった。呼び止める間もなく、Aは木々の間に消えた。
五分、十分と待っても戻らない。Bが立ち上がり、「探してくる」と同じ方向へ歩き出した。その背中を見送ったあと、彼女は一人で荷物の番をしていた。
どれくらい経ったのか分からない。妙に時間の感覚が薄れ、時計を見るのが怖くなったという。立ち上がって二人を呼ぼうとした、その瞬間、背中に視線が刺さった。
振り向くと、少し離れた木の陰に、男の子が立っていた。年は五、六歳くらい。薄いシャツ一枚で、足元は裸足だった。冬の山とは思えない格好だった。
声をかけようとしたが、喉が鳴らなかった。男の子は何も言わず、こちらをじっと見ている。視線が合った瞬間、すっと木の裏に隠れた。
慌てて近づき、木の裏を覗いたが、そこには誰もいない。足跡もない。おかしいと思ったそのとき、どこからか、くすくすと笑う声が聞こえた。
一人分ではなかった。
顔を上げると、周囲の木々の陰という陰から、同じような子供たちがこちらを見ていた。数えようとしたが、途中で分からなくなった。皆、服装も年格好もばらばらだが、目だけが妙に揃っていた。
逃げなければと思ったが、足が動かない。笑い声が近づいてくる気がして、視界の端が暗くなった。
気づくと、彼女は山道を転げるように下っていた。どうやって走り出したのか覚えていない。ただ、後ろを振り向いてはいけないという感覚だけがあった。
麓近くで、Bが立っていた。その少し後ろに、さっきの男もいた。
「話は後だ」
男はそれだけ言い、再び山へ向かった。Bは青ざめた顔で、何も言わずに立ち尽くしていた。
どれくらい待ったのか分からない。やがて男が戻ってきた。背中にはAを背負っていた。Aは目を閉じていたが、眠っているようにも、起きているようにも見えなかった。
そのまま三人は下山した。誰も、山の中で何を見たか、何があったかを口にしなかった。
それからだという。Aは山の話を一切しなくなった。Bは時折、何もない場所を子供のような目で見つめる癖がついた。お姉さん自身も、冬になると、背中に小さな足音を感じることがあるそうだ。
あの男が何者だったのか、なぜ山にいたのかは分からない。ただ一つだけ、お姉さんは今でも言う。
あの山では、こちらを見ていたのは子供たちだけではなかった気がすると。
[出典:532 :本当にあった怖い名無し:2017/05/02(火) 13:56:58.96 ID:STOKtuNH0.net]
