ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

偽りの窓辺 r+2,003-2,331

更新日:

Sponsord Link

同じような話を繰り返し聞かされたのは、つい先月のことだ。

夜道で彼女と別れた後、どうしても眠れず、枕元であの奇妙な語りを反芻した。まるで他人の体験談のはずなのに、聞けば聞くほど自分の記憶の底に滑り込んでくるような、異物感のある出来事だった。

繁華街はその夜も賑やかだったという。ガラスに反射する無数の光、立ち止まれば背中を押されるほどの人波。彼女は寒さに肩をすぼめ、ただ足を前に進めていたはずなのに、不意に視界の端に不自然な静止を見たのだ。カフェの窓際に腰を下ろす友子。知った顔が人混みの中にぽつんと浮かんでいた。その瞬間、世界がざらついた紙のように不自然に折り目を作ったと、彼女は表現していた。

妙な胸騒ぎを抱えながら、彼女は携帯を取り出した。軽い気持ちで仕掛けたイタズラのつもりだったという。だが、鳴らしても反応はなく、窓辺の友子はただ目だけを左右に動かし、群衆の影をひとつひとつ確認しているかのようだった。その無防備で無関心な姿が、かえってぞっとする冷気を放っていたと。

そして、電話が繋がった瞬間に違和感は決定的になった。受話口から聞こえる友子の声は、家にいると言い張る。軽い冗談を言う口調だったが、耳を澄ませば背後に生活音が漂っていた。確かに部屋の中にいる気配。だが、目の前にいるのも友子だった。手作りのストラップ、愛用のバッグ、見覚えのあるコート――全てが本物である証のように見えた。

そこで彼女は、試しにカフェのガラスを軽く叩いた。視線が絡み合った瞬間、血が凍るような笑みが返ってきた。あの「にっこり」は、人間が思わず漏らす自然な笑顔ではなく、形を真似ただけの皮膚のひきつりのようだったと彼女は言った。にもかかわらず、それは確かに友子の顔に他ならなかったのだ。

電話の向こうの友子は、焦ったように「すぐ行く」と笑っていたが、その笑いが次第にひきつった。本当に自宅にいるのに、彼女の耳にも「トメ子ぉ!」という叫びがはっきり聞こえたのだ。通話越しに混線したのかと思ったが、耳を塞いでも鼓膜を突き破るようにその金切り声は響いてきたらしい。

カフェの中の友子が立ち上がり、指を突き出してきた瞬間、彼女の理性は崩れ落ちた。異様に赤らんだ顔、怒りに歪んだ目、涎を垂らしながら「トメ子ぉ!」と叫ぶ声。バッグを振りかざし、まるで自分に襲いかかるためだけに存在しているかのような生き物。その姿は人間でありながら、人間ではなかった。

彼女は逃げた。足音が背後で追いすがり、金属を裂くような声が重なったが、振り返れば世界が終わる気がしてできなかった。電話口の友子に助けを求めるように名を呼ぶと、「早くこっちに!」と泣き声まじりに返ってきたという。

やっとのことで辿り着いた友子の家。そこには確かに友子がいた。だが玄関で彼女を迎えたその顔は、普段の柔らかな表情ではなく、何かを隠しているように張り詰めた硬さを帯びていた。「さっきの声、わたしにも聞こえていた」と彼女は呟いたという。

ふたりで向かい合って語り合った夜、何度も何度も「偽友子」という言葉が出てきた。だが、語尾は必ず濁り、結論にはたどり着けなかった。あのカフェにいたのは「影」なのか、それとも「抜け殻」なのか。それとも……「もうひとりの友子」そのものだったのか。

彼女は最後にこう付け加えた。「あれから繁華街を歩くと、ガラスに映る自分の姿が少し遅れて動く気がするの」と。友子は冗談のように笑ってみせたが、その目は全く笑っていなかった。

以来、二人の間では決して立ち入ってはならない沈黙ができあがった。だが、時折誰かが口をすべらせる。「もし次にあの偽友子に会ったら……今度は玄関の外で待っているかもしれない」――その言葉を境に、部屋の空気は必ず凍りつく。

そして私自身も今、この話をこうして書き留めている最中に、不意に気づいてしまったのだ。窓ガラスに映る自分の姿が、確かに一瞬、笑ったように見えたことに。

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.