これは、ある友人から聞いた奇妙な話だ。
その日、彼女は一人で賑やかな繁華街を歩いていた。寒さに少し肩をすぼめ、足早に人混みをすり抜けていく中、ふと目に留まったガラス張りのカフェの窓際席に、彼女の友人である友子がぽつんと座っているのを見つけた。
いつもと違って、友子はじっと人の流れを眺め、目だけを左右に動かしている。何か気になることでもあるのかと心配になり、驚かせてやろうと携帯を取り出し、電話をかけた。しかし、鳴らしても友子は気づかない。窓越しに、友子はただ周囲を見回すばかりだった。
おかしいと感じて、ガラス越しに手を振りながらウィンドウに近づいた瞬間、電話が繋がった。「今、街のカフェで友子を見かけたんだけど」と伝えると、電話越しの友子は家にいると言う。冗談だろうと思い、カフェの友子の様子をじっと見た。カバンには、彼女が以前プレゼントした手作りのストラップがぶら下がっている。それどころか、着ている服まで友子の愛用のものだった。
「本当に友子かどうか確かめてみるよ」と電話越しに言うと、友子は笑いながら「じゃあ今からその服でカバンも持って行くから、そこにいて」と答えた。軽いイタズラのように思え、気を紛らわすつもりでカフェの窓をノックしてみると、カフェにいる友子は突然顔をこちらに向け、にっこり微笑んだ。確かに、友子の笑顔だ。
混乱しながら「もういいって、誰なの?」と電話に向かって言うと、電話の向こうの友子が、「本当に家にいるの!」と真剣な口調で答える。どちらが本当の友子なのかわからなくなり、頭の中で考えが錯綜した。
次の瞬間、カフェの中の友子が突然立ち上がり、彼女を指さして険しい表情で睨みつけたかと思うと、顔を真っ赤に染めて激しい怒りの表情を浮かべた。「トメ子ぉ!!うああ~!トメ子ぉ!」と叫びながら、バッグを掴んでこちらに向かって走り出してきたのだ。その狂気じみた様子に、彼女も全速力で逃げ出した。
頭に響くような金切り声が背後から迫り、「トメ子ぉ!」という叫びが再び聞こえる。しかし、怖くて振り返ることができなかった。そのまま半泣きで友子の家へ向かうと、家には何事もなかったように友子が普通にいたのだ。
彼女はその後も、時折あの「偽友子」に出くわしたという。電話を切らずに逃げたため、「トメ子ぉ!」という金切り声が、電話越しの本物の友子にもはっきりと聞こえていたらしい。その度に、あの怒りに満ちた「もう一人の友子」が目の前に現れないかと、怯えが込み上げてくるのだという。
自宅にたどり着いた後、電話を切ると、彼女は「友子」がどうしても信じがたい顔で待っていたという。ふだんの友子とは違い、緊張に満ちた表情だった。
玄関に入るやいなや、彼女はさっきの出来事を一気にまくし立てた。電話越しに聞こえていた「トメ子!」の金切り声、ガラス越しに叫んでいた謎の友子の怒号、そして何よりも、自分がプレゼントしたはずのストラップとバッグ。話が進むにつれ、友子は首をかしげ、最後に「もしかして、見知らぬ人に電話しながら手を振っていたから、怒られたんじゃない?」とぼそり。
だが、カフェの「友子」が彼女の名前を知っていたこと、さらには手作りのストラップを持っていたことは、どうにも説明がつかなかった。
それ以来、彼女と友子の間ではあのカフェの「偽友子」が「何者だったのか?」という話題が出るたび、奇妙な静けさが流れるのだそうだ。そして、彼女が冗談めかして言う。「今度また会ったら、その偽友子、家まで追いかけてきそうで…」
あの日の出来事は、ふたりにとっていまだに解けない迷宮として残り続けている。