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雨宮さんファイル r+1,952-2,541

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同僚が酒の席で漏らした話を聞いた瞬間、空気が凍りついた。

「……あれはな、マジでK察の闇だよ」
そう呟いたのは、元警察官だったという友人・Nだ。飲みの場とは思えぬ重苦しい雰囲気を纏った彼の顔を、今でもはっきりと思い出せる。目の奥に沈殿したあの沈黙の色が、妙に生々しく焼き付いているのだ。

NがK察にいた頃、配属されたのは東京都内でも古くからの下町にある署だった。いわゆるキャリア組で、東大を出てすぐに本庁に入ったエリートだという。出世頭として周囲から期待され、捜査一課にも顔が利くような存在だったらしい。

異動から数ヶ月、順風満帆に見えたある日、Nは署長に飲みに誘われた。特に親しい間柄ではなかったため、少し緊張しながらも誘いに従った。夕刻、庁舎の明かりがまばらになっていく中、署長は「ちょっと待ってろ、最後にメールを一本打つから」と言って自席に戻った。暇を持て余していたNが自分の席に戻っていると、唐突に何かが彼のデスクに投げ込まれた。

分厚いファイルバインダーだった。
表紙には大きく、手書きの文字でこうあった。

――『雨宮さん』

一瞬、意味が分からず眉をひそめていた彼に、署長がぽつりと声を掛けた。

「そのうち君も知ることになる。暇つぶしに読んでおけ」

そう言い残し、再びキーボードを叩き始めた。

Nは、奇妙な感覚に囚われながらも、ページをめくった。すぐに目に飛び込んできたのは、刑事調書、捜査報告書、現場検証写真……。ごく普通の事件記録のように見えたが、内容が異常だった。

掲載されている事件の数々は、あまりにも“現実離れ”していた。

たとえば、キツネ憑きと見なされた女の窃盗事件。彼女は老人の財布を盗んだところを取り押さえられ、取調室に連れてこられた。だが、その女の顔が、明らかに「人間の顔ではなかった」のだと、複数の刑事が証言していた。写真も添えられていた。あの写真のことをNは今でも夢に見るという。ぐにゃりと歪み、鼻と口の距離が異様に広く、目だけが笑っていた。まるで仮面のような、粘土を押しつぶしたような顔。

調書には、女が「ケーン」「キキキ」という、まるで動物のような鳴き声を発していたことも記録されていた。警官数名が羽交い締めにしても、まるで力が抜けず、異常な跳躍で取調室の机を飛び越えたという記述もある。

他にも――
・百枚以上の同一指紋が発見された、誰も住んでいないアパートでの焼死事件
・焼死体の口から五寸釘が無数に飛び出していた変死事案
・音声データにだけ「おかえり」と囁く老婆の声が録音され続けた無差別通話荒らし事件

――どれも、常軌を逸していた。だが、それらの事件はいずれも未解決として処理され、表沙汰にはなっていない。ファイルに綴じられた最後のページにはこう書かれていたという。

《本件は非科学的要素を多く含むため、評価対象から除外すること。雨宮事案として記録》

背筋に冷たいものが走った、とNは語った。恐る恐る続きを読み進めようとしたところで、署長の低い声が背後から響いた。

「そこでストップ。続きは、君が署長になったときに見せてやる」

ファイルは無造作に彼の手から取り上げられ、署長のデスクの鍵付きの引き出しへと仕舞われた。まるで、口外を禁じる“何か”がそこにあるかのようだったという。

その夜、飲みに出たNは、酒の力も手伝って署長に問いをぶつけた。

「……で、雨宮さんって、いったい誰なんですか?」

署長は少し酔ったような顔でニヤリと笑い、卓上の和紙の敷物にボールペンで一文字書いた。

――『霊』

そして、こう言ったのだ。

「ほらな。上の部分を見てみろ、『雨』だろう?」

あまりにも意味深で、悪趣味な冗談と受け取るには寒気がした。

Nは何も返せなかった。ただ、その夜以降、妙な夢を見るようになったという。署長のデスクの引き出しが開き、中から雨に濡れた女が這い出してくる夢だ。女の顔は、あの“写真”の女と同じで、目だけが笑っていた。

後日、どうしても気になったNは再び署長に直談判した。「あのファイルをもう一度見せてください」と。しかし署長は急に顔を曇らせ、「気にするんじゃない。忘れておきなさい」とぴしゃりと一喝した。

数日後、Nは警察を辞めた。

表向きは「組織との方向性の違い」とされたが、本当はその時の署長とのやり取りが原因だったという。以来、彼はごく普通の企業に勤める、冴えないサラリーマンとして生きている。

それでも、時折ふとした瞬間に思い出してしまうのだ。
あのファイル。雨に打たれたような冷たさが背中を伝うのを感じる瞬間。
そして、あの女の“目”。

「どうやらな、都内の他の署にも、同じようなファイルが存在するらしいんだよ」
そうNは言った。
「雨宮さん」――それは固有名詞ではなく、分類名なのかもしれない。
そして、誰かが、いや“何か”が、それを監視している。

彼はそう言って、話を終えた。
そのあとどんな話題になったのかは覚えていない。
ただ、あの晩の帰り道、唐突に雨が降り出したのは、今でも妙に忘れがたいのだ。

ふと、電柱の影に立っていた女が、こちらを見ていたような気がして、傘を差すのを忘れたまま、私は駅へと小走りに向かった。

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