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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

十二階の外にあったもの n+

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あれは幻覚だったのか、それとも私の足が一歩だけ別の世界に踏み入ってしまったのか……

いまだに答えは出ていない。

三年前のことだ。当時の私は学生で、生活費を稼ぐために運送のアルバイトをしていた。社員の男性と二人一組でトラックを走らせ、都内の住宅地やビルに荷物を配っていたのだ。その日も同じように、大きな荷物を汗まみれで運び終えたあと、小さな小包をひとつ手渡され「ついでに頼む」と言われた。行き先は高層のマンション。都心のど真ん中に、突き立てられた灰色の巨塔のような建物だった。

私は小包を脇に抱え、小走りでエントランスを抜け、冷えた空気の漂うエレベーターホールに入った。蛍光灯の白い光に照らされた空間は、昼なのに妙に夜のように冷ややかで、足音がやけに響いた。エレベーターに乗り込み、十二階のボタンを押す。扉が閉まり、機械のうなる音と共に上昇が始まった。

しかし、四階と五階の間で突然動きが止まった。床がわずかに揺れ、吊られた箱全体が軋む。私はすぐに地震だと悟った。鉄の檻の中に閉じ込められ、逃げ場のない状況で味わう揺れは、思いのほか恐ろしいものだった。握りしめた小包は汗で湿っていた。

やがて揺れは収まり、数分の沈黙の後に再び機械が動き出した。息を殺して見上げると、階数表示がゆっくりと十二を目指していた。ようやく到着のチャイムが鳴り、銀色の扉が左右に開いた瞬間、全身を奇妙な寒気が貫いた。

そこに広がっていたのは、見知ったマンションの廊下ではなかった。

外は真夏の夕暮れを凝縮したような、真っ赤な光に満ちていた。実際に時刻は午後三時過ぎ、昼下がりのはずなのに、世界は燃えるような夕焼けに覆われていたのだ。空気は重く、音が消えていた。街のざわめきも人の声も車の音も、すべて吸い取られたように静まり返っていた。影は異様に濃く、建物の隙間を黒い墨汁のように満たし、まるで生き物のようにじわじわと這い寄ってきた。

理解できない光景に喉が詰まり、気づけば私は短い悲鳴を上げていた。小包を抱えたまま後ずさり、無我夢中で再びエレベーターに飛び込んだ。震える指で一階のボタンを何度も叩き、頭を抱えて蹲った。滑るように下降する箱の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きく響いていた。

チャイムが鳴り、五階で扉が開いた。そこには背広姿の男が立っていた。男は驚いたように目を見開き、「大丈夫ですか」と声をかけてきた。私は口を開こうとしたが、舌が絡まり、ただ意味のない音しか出せなかった。

その後、一階に到着し、男に付き添われて外へ出た。エントランスを抜けると、世界は何事もなかったかのように昼の光に照らされていた。赤く染まった空も、沈黙に包まれた街も、そこにはなかった。午後三時の都心は、相変わらず人と車で満ちていた。

私は何を見たのだろうか。あの真紅の世界は一瞬の幻覚だったのか。それとも、エレベーターの扉一枚を隔てて、別の層の現実が存在していたのか。

あのまま廊下を歩いていたらどうなっていたのかと考えるたび、背筋が冷たくなる。郵便受けに荷物を届けに行った先で、戻ってこれなくなった自分を想像するのだ。サラリーマン風の男に遭遇しなければ、私はあの赤い世界に永遠に取り残されていたのではないか。

奇妙なのは、その日、地震の記録がなかったことだ。ニュースを確認しても、揺れの報道は一切なかった。社員の男性に話しても、「疲れてただけだろ」と笑われた。

だが、私の掌には確かに、汗で湿った小包の感触が残っていたのだ。


ここから考えを巡らせると、エレベーターそのものが異界への「縦穴」なのではないかという想像に行きつく。地上にある扉の一つひとつが、別の世界に繋がる可能性がある。私が踏み出したのは、ほんの数秒だけ現れた「裂け目」だったのだろう。

いまでも、エレベーターの到着音を耳にすると、あの真っ赤な廊下が再び現れるのではないかと身構えてしまう。もしも次に遭遇したときは、私は果たして戻ってこられるのだろうか――

[出典:553 :本当にあった怖い名無し:2010/01/13(水) 15:00:36 ID:7X3cDHkOO]

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