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短編 洒落にならない怖い話

祖母のした事【ゆっくり朗読】3500

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私の一番古い記憶は三歳。

木枯らしの吹く夕方、一人でブランコを漕いでいるところ。

手も足もかじかんで、とても冷たい。でも今帰れば母に叱られる。

祖母に迎えに来て欲しい、ここはいつも来る公園なのだからきっとすぐわかるはず。

そのうち、風に揺られてるのかブランコに揺られてるのかわからなくなる。

私は母に虐待されて育った。

飲み物をこぼした、ちょっと足音をたてて歩いた、声を出して笑った。そんな理由ですぐ折檻された。

気が済むまで殴られる、安全ピンでお尻を刺される、冬に水風呂に入れられる。

煙草を吸わされ背中を灰皿にされる、食事を抜かれる、家に入れてもらえない。

私に向かって拳を振り上げる母は、喜んでいるように見えた。

父は見て見ぬ振りをした。

失敗して叱られ何度も蹴られる私の横で、テレビを見ながら食事をしてた。

終わると、「お母さんの言うことをちゃんと聞きなさい」と言った。

助けてくれたのは祖母だけだった。

折檻の傷の手当てをして、一緒の布団で眠ってくれた。

私をかばい、代わりに蹴られてしまったことすらある。それを見た時、恐ろしさに泣いてしまった。

お前のせいで痛い目にあったと叱られるんじゃないかと思った。

それ以上に、もう自分を嫌いになるんじゃないかと思って、恐怖で息が詰まりそうだった。

二人で部屋に戻ると泣きながら祖母の足に湿布を貼り、自分は殴られても大丈夫だから、いいからと必死に訴えた。

何より祖母に嫌われるのが怖かった。

祖母は私を抱きしめて泣いた。そしてそのまま一緒の布団で眠った。

あれは多分五歳頃。ふと夜中に目を覚ますと、隣で眠ってるはずの祖母がいなかった。

きっとトイレに行ったんだろうと思い、そのまま目を瞑った。

でも、しばらく経っても戻ってこない。

もしや母に何かされたのかと思い、そうっと起き上がり、襖の外の様子を伺った。

何も聞こえない。音をたてないように襖を開け、祖母を探しに出た。

真っ暗な家の中、どこにもぶつからないようにと注意していた。気づかれればまた殴られる。

トイレにも台所にも、居間にもいなかった。

もしかして自分を置いて出て行ってしまったのだろうかと思い、居間を通って玄関に靴を見に行こうとした。

庭に面した窓のカーテンが、少し開いている。

外に人が立っているように見えたので、隙間から覗いてみた。

祖母がいた。こちらを向いて、無表情に突っ立っている。

良かった、私を置いて行ったんじゃなかった。安堵で胸が一杯になり、カーテンを開けようとした。

すぐに思い留まった。何かおかしい、いつもの祖母と何かが違う。

あんな気味の悪い祖母は見たことない。

何がおかしいのかはすぐにわかった。

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祖母は犬の首を持っていた。

どこから捕まえてきたのだろう、薄い茶色で、舌がでろりとたれている。

大きさは多分中型くらい、それでも首を切るのは大変だっただろう。

犬の頭も、足元に転がった体も、祖母も、赤く染まっていた。

しばらく突っ立ったままだった祖母はやがてだるそうに犬の胴と頭を持ち、どこかに行ってしまった。

見てはいけないものを見たんだろう。

私は震えながら布団に戻り、どうか祖母を元に戻して下さいと神様に祈っていた。神様なんていないとわかっていたけれど。

目が覚めると、祖母は隣で眠っていた。

元に戻っていなかったらどうしようと思い、起こさずにずっと見つめていたら、目を覚ましてくれた。

「おはよう、おなか空いたかい?」

そう言って笑ってくれた祖母は、いつもの祖母だった。

あぁ良かった。安心して、うん、おなかすいた。と返事をした。

祖母から漂う生臭い匂いは、気にしないことにした。

家の中を、狐や狸や犬のようなものがうろうろしているのが見えるようになった。

父も母も気づいていないようなので、自分にしか見えていないんだろうと思った。

ある日祖母にそのことを言うと、とても嬉しそうな顔をした。

それは何をしてるんだい?と聞かれたので、ありのままを答えた。

父と母にまとわりついていて、それがくっついてると二人ともとても気分が悪そうだと。

夜中に母が叫ぶことが多くなった。昼間も青い顔をしている。どうやらあまり眠れないらしい。

母の体調が悪くなってから折檻はだいぶ減ったが、いらいらしているのだろう。

体中ライターの炎であぶられ、手のひらに研いだ鉛筆の芯を何本も差されたりした。

その頃から祖母に、玄関から出入りしちゃいけないよと言われた。

理由は問わなかった、大好きな祖母の言いつけだ。

祖母と私は裏の勝手口に靴を置き、そこから家に出入りするようになった。

家の中が生臭くなってきた。特に父と母から強く臭うようだ。

二人とも奇麗好きだったのに、だんだん身なりに構わなくなってきた。

爪が伸びて、中に黒いものが詰まってる。服もなんとなく汚れてる。お箸を使わない。

父が独り言を言うようになった。

何を言ってるのか聞きたくて、後ろからそっと近づいてみたが、聞き取れない。

父はとても臭い。それは獣の匂いなのか、父の肌着に溜まった排泄物の臭いなのかわからない。

母が金切り声をあげる。空中に向かって包丁を振り回す。

そういえば最近、折檻されていない。もう母には私が見えていないのだろう。

七歳の時、市役所や病院の人が来て、父と母を連れて行った。

祖母は宜しくお願いしますと頭を下げていたが、みんなが帰ると私を振り返ってにっこりした。

私もにっこりした。大好きな祖母と二人だ、これでもう何も怖くない。

十三歳の時に祖母は脳梗塞で倒れ、体が不自由になってしまった。

家の中にいた獣達は、皆祖母にまとわりついていった。

そう告げると祖母はため息をつき、きっと返ってきたんだねぇと呟いた。

それから二年、痴呆でゆっくりと子供に戻りながら、祖母は他界した。

全身に原因不明の湿疹と蕁麻疹が広がり、掻き毟りながら逝ってしまった。

遺体を解剖して、死因は蕁麻疹で喉が腫れた窒息死だったそうだ。

原因不明の湿疹と蕁麻疹は、動物アレルギーからくるものだと言われた。

動物を飼ったことはなかったけれど、わかりましたと返事をした。

私はまだあの家に住んでいる。相変わらず勝手口から出入りしている。

獣達の姿も、獣のようになってしまった祖母の姿も見える。

祖母が何をしたのかは聞かなかったが、きっと私の為を思ってのことだろう。

どのような姿であれ、祖母が側にいてくれる。

それだけで嬉しい……

(了)

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