大学一年の春になると、決まって思い出す出来事がある。
思い出す、というより、向こうから浮かび上がってくる感覚に近い。
あれを錯覚だと断定できれば、今も両親と同じ布団で眠ることに、ここまで神経を使わずに済んだはずだ。
私たちは、最近まで二LDKのアパートで暮らしていた。
決して貧しいわけではないが、余裕もない。キッチンを挟んでリビングと寝室が向かい合う単純な間取りで、壁は薄く、音は簡単に行き来する。
私には一応自分の部屋があったが、机とゲーム機でほぼ埋まっていて、寝るときは結局、両親と川の字になって同じ部屋に布団を敷いていた。
小学生のころからずっとそうだ。誰もおかしいと思っていなかった。
異変は、いつも同じ形で現れる。
テレビでお笑い番組が流れ、観客の笑い声が部屋を満たす瞬間だ。
その音に重なるように、両親の会話が始まる。
日本語ではない。
かといって外国語とも違う。
湿った舌が歯の裏をなぞるような、形を持たない音の連なり。
「ふにゃ……にゃむ……」
「はは……にゃふ……」
意味を拾おうとすると、頭の奥がざらつく。
言葉として成立する直前で、すべてが崩れていく。

奇妙なのは、私がその場にいるときも、平然とその会話が続くことだ。
こたつを囲み、私がゲーム画面を見ている背後で、二人は低く、楽しげにその音をやり取りする。
ふと顔を上げて視線を向けると、会話はそこで止まる。
次の瞬間には、天気や明日の予定、番組の感想といった、いつもの日本語が流れ出す。
途切れたことを気にする様子はない。
むしろ、こちらを見ている私のほうが不自然に見えるような態度だった。
この奇妙な会話を最初に聞いたのは、小学校低学年のころだ。
その日も、私は自分の部屋でゲームをしていた。
リビングから呼ばれた声は、妙に優しかった。
叱るでもなく、用件を告げるでもない。
ただ「ちょっと来い」とだけ言われた。
部屋に入ると、両親はこたつの向かい側に並んで座っていた。
テレビではお笑い番組が流れている。
笑顔の形はいつもと同じはずなのに、そのときの二人は、何かを隠しているように見えた。
父が紙と鉛筆を差し出した。
「一番小さい電車を描いてみろ」
意味がわからなかった。
なぜ電車なのか。なぜ小さいのか。
問い返そうとしたが、父は急かすように鉛筆を指で叩き、母は何も言わず、こちらの手元だけを見つめている。
居心地の悪さに耐えきれず、私は紙の中央に小さな点を一つ描いた。
それ以上、小さくしようがなかった。
「これが一番小さい電車だよ」
父は紙を覗き込み、ゆっくりとうなずいた。
「そうか。そう描くんだな」
母は相変わらず黙ったまま、その点を見つめていた。
まるで、何かを確認しているようだった。
それ以上、説明はなかった。
紙は回収され、話題は番組の続きを見ることに戻った。
私は自室に戻り、その出来事をすぐに忘れた。
だが、それ以降だった。
両親の不可解な会話を耳にするようになったのは。
十年以上が経ち、大学生になった今でも、その音は続いている。
両親にあの出来事を尋ねても、二人とも本気で首をかしげる。
「電車?」「そんなことしたっけ?」
まるで初めて聞いた話のように。
最近、気づいたことがある。
両親がその言葉を使うとき、必ず笑っている。
楽しそうでも、可笑しそうでもない。
何かが順調に進んでいることを確かめ合うような、笑い方だ。
そしてもう一つ。
夜、川の字で眠っているとき、時折その音がすぐ隣で聞こえる。
目は閉じたまま、声だけが低く、近い。
意味はわからない。
ただ、その中に、子供のころ一度だけ聞いた呼び方と同じ響きが混じる。
それが何を指しているのか、考えないようにしている。
あの紙に描いた点が、今もどこかで「完成」を待っている気がするからだ。
今日もまた、同じ布団に横になり、笑い声の合間に耳を澄ます。
電車は、まだ動いていない。
(了)
[出典:778 :1/3:2006/03/10(金) 20:13:01 ID:+5GdGyIg0]