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短編 怪談

にやりにやり

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友人の話。

176 名前:雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] :04/09/27 22:38:25 ID:yrDc/s+P

彼女の実家は、山深い田舎にある。

都市部では縁遠くなった祭りなどがまだおこなわれていて、彼女曰く、

帰郷するのをけっこう楽しみにしているらしい。

彼女がまだ小学生だった頃。

従姉妹たちに誘われて、近くの神社の夏祭りに出かけた。

出る前に祖父が声をかけた。

「にやりにやりに会わんようにな」

意味がわからなかった彼女はさして気にも留めず、従姉妹と一緒に家を走り出た。

境内は狭かったが、子供が満足するほどには夜店が出ていた。

人出も結構多く、祭りの雰囲気を満喫したという。

焼きトウモロコシを買ったのだが、後で食べようと思い、口を付けずにおいた。

そのまま人ごみに押されて、お堂の方へと流されて行く。

横手には沢山の絵馬が奉納されていた。

その時、絵に描かれた馬と目があった。

馬はいやらしく口元を歪めて、ニヤリ、と笑いかけてきた。

慌てて従姉妹に知らせたのだが、従姉妹には普通の絵馬に見えたと言う。

しかしそう言いながらも、従姉妹は彼女を背中にかばってくれた。

馬はその間も、ずっとニヤニヤと笑っている。

従姉妹はすっかり怯えてしまった彼女の手を引き、「帰ろう」と言ってくれた。

異論のある筈もない。

先に歩き出した従姉妹の背中、浴衣の帯びに団扇が指してあった。

その団扇の中ほどに、唐突に赤い線が、すぅっと引かれる。

線は下品に口を開いて、ニヤリ、と笑いかけた。

彼女の目と鼻の先で。

悲鳴を押し殺し、従姉妹の手を振り払って境内を駆け出した。

彼女が走り抜けるにしたがい、両脇の屋台に不気味な笑みが走る。

お面売り場のお面たちが皆、いやらしくニヤニヤと笑う。

たこ焼き屋の看板、絵の蛸が突き出した口を歪めて、ニヤリ。

幼子の持った風船に口が浮き出して、ニヤリ。

ばら売りブロマイドのアイドルたちが、こちらを見つめて、ニヤリ。

タライに浮かべられた西瓜が、ぱっくり口を開けて、ニヤリ。

駆け下りた石段脇の狛犬までが、ニヤリと笑いかけてきた。

彼女はついに泣き出して、家に向かい夜道を走り出した。

暗くてよく見えなかったが、通り道の塀には広告が何枚も貼られている。

広告の女性の口元が、ニヤリとしている気がして、顔を上げることが出来ない。

道半ばで息が切れ、足を止めた。

後ろの方から、彼女の名前を呼ぶ声が追ってくる。

従姉妹が心配して追ってきているのだ。

目を落とすと、トウモロコシを手に持ったままだった。

急に空腹を憶えて、口を近づける。

と、いきなりトウモロコシが黒くなった。

目を見張る彼女に向かい、一粒一粒の表面に浮き出した小さな口が嘲笑していた。

 ニヤニヤニヤニヤ・・・

気がつくと、実家の布団の中だった。

気を失っていたらしい。

祖父母と従兄弟が、心配そうに見下ろしていた。

そこで初めて、思い切り声を上げて泣いたのだそうだ。

祖父が次のように言う。

「あれは人を驚かせるだけで、祟るような悪さはせん。安心しぃ」

祟るという言葉に反応し、彼女は一層泣き出してしまった。

家族はなだめるのに一苦労したという。

後で従姉妹に聞いてみると、時々出るよ、とあっさり答えられた。

登下校の時が一番よく出るのだと。

目の前の友達のランドセルが、ニヤァと笑いかけるらしい。

それでも、彼女が祭りで体験したほどのことは、まず無いという。

「からかい甲斐があったんだね」

そう言われて、思わず憮然としたそうだ。

地元では、にやりにやりは狐の仕業ではないかと言われていた。

「お狐だかお狸だか知らないけど、まったく大概にしてほしいわ!」

彼女はそう怒って見せたが、それからも祭りの時期には里帰りし続けたという。

今となっては、幼き日の恐怖も、懐かしい思い出なのかもしれない。

彼女はそれ以降、にやりにやりには出会っていないそうだ。

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