あれは、僕がまだ中学三年生だった頃だ。
元旦の夜だったことだけは、はっきり覚えている。
紅白が終わり、父は無言でテレビを消し、母は「いい初夢を見なさいね」と言った。弟は眠そうな目で僕の袖を引っ張り、「兄ちゃん、夜中に起きちゃだめだよ」と意味のわからないことを言った。
その時は笑って流した。
深夜、僕は心臓を掴まれたような衝撃で目を覚ました。
誰かに見られている、という感覚。
夢の内容は思い出せない。ただ、目が覚めた瞬間に「ここにいてはいけない」と強く思った。
喉が渇いていた。
リビングへ向かうと、光が漏れていた。
真夜中なのに、家族全員がテレビの前に並んで座っていた。
画面は無音。砂嵐とも違う、白い揺らぎだけが映っている。
窓がすべて開いていた。
真冬の空気が、刃物のように部屋を満たしている。
父も母も弟も、肩を寄せ合いながら、画面を見つめている。
誰も瞬きをしていない。
「何やってんだよ」
声が出た。
弟が、わずかに首を動かした。
「だって、外に……」
そこまで言って、弟は黙った。
泣き出すでもなく、ただ口を閉じた。
両親が立ち上がる。
ゆっくりと窓を閉める。
鍵をかける音が、一つずつ響く。
テレビが消える。
父が僕を見る。
無表情だった。
怒っているのか、怯えているのか、何もない。
母が弟の肩を抱く。
三人とも、僕を見ない。
「もう寝なさい」
誰が言ったのか、わからない。
僕は自室に戻った。
眠れなかった。
翌朝、その話をすると、両親は怪訝な顔をした。
「窓? 開けるわけないでしょ」
弟は何も言わない。
僕を見ると、視線を逸らした。
二月に入る頃から、背中と頭皮が焼けるように痒くなった。
皮膚科でも原因はわからない。
風呂上がり、弟が薬を塗りたいと言った。
背中を向けた瞬間、バチン、と強く叩かれた。
思わず怒鳴ると、弟は泣き出した。
声を出さずに、涙だけを流す。
顔から色が抜けていく。
父と母も同じだった。
三人が並んで、無表情のまま涙を流している。
口が動いている。
「……まだ……」
「……外に……」
聞き取れない。
その瞬間、視界が赤く染まった。
血の色ではなく、夕焼けのような赤。
やがて色は褪せ、古い写真のような茶色に変わる。
意識が落ちた。
目を覚ますと、知らない天井だった。
いや、知らないはずなのに、知っている。
親戚の家だ。
叔父が覗き込んでいる。
祖父母もいる。
僕の体は包帯だらけだった。
「大丈夫か」
何が、とは言われない。
「家は?」
と聞いた。
沈黙。
「家族は?」
祖母が顔を覆った。
叔父は、ゆっくりと言った。
「お前は外にいた」
それだけだった。
何があったのかは、誰も説明しない。
僕が尋ねると、視線を逸らす。
「覚えていないなら、それでいい」
祖父が言った。
けれど、僕は覚えている。
窓は開いていた。
家族はテレビを見ていた。
弟は「外に」と言った。
そして、僕は外に出た。
なぜだろう。
コンビニなら安全だ、と考えた。
誰に教えられたわけでもないのに。
背中の包帯が外されたとき、看護師が一瞬だけ手を止めた。
鏡を渡される。
背中の中央に、何もない部分があった。
痣の中に、綺麗な手のひらの形。
僕のより、少し小さい。
弟のものだと思った。
でも、指の数が、五本ではなかった気がする。
数え直そうとすると、祖母が鏡を取り上げた。
「もう見なくていい」
それから五年が経った。
家には戻っていない。
跡地には何も建っていない。
更地のままだ。
一度だけ、夜に立ち寄ったことがある。
風が吹いていた。
窓のないはずの場所から、冷気が流れてきた。
背中が痒くなる。
振り向くと、誰もいない。
帰ろうとすると、背後で音がした。
カチ、と。
鍵を閉める音。
振り返っても、何もない。
その時、ようやく気づいた。
あの夜、窓を閉めたのは父だった。
鍵をかけたのも。
では、外にいたのは誰だったのか。
弟が言いかけた言葉。
「だって、外に……」
あの時、家族はテレビを見ていたのではない。
窓の外を見ていた。
テレビの黒い画面に映っていたのは、
家の中ではなく、
外に立っている何かだったのかもしれない。
そして僕は、
それを見に、
外へ出た。
あれ以来、夢を見る。
真夜中、窓が一斉に開く音。
冷気が流れ込む。
家族が並んで座っている。
テレビは消えている。
黒い画面に、四人が映っている。
父、母、弟、
そして、もう一人。
その背中には、手の跡がない。
僕は今も、ときどき夜中に目を覚ます。
喉が渇く。
窓の鍵を確かめる。
全部閉まっている。
それでも安心できない。
外にいるのが、
まだ僕なのかどうか、
確かめる方法がないからだ。
[出典:64 :本当にあった怖い名無し:2014/06/27(金) 01:12:32.89 ID:YZIwNUmx0.net]