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【祟られ屋シリーズ】傷【ゆっくり朗読】#5965

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以前、俺は韓国人の『祟られ屋』の所に半年ほどいた事がある。

211 傷 ◆cmuuOjbHnQ 2007/03/10(土) 00:01:52 ID:WmdfX0hw0

その祟られ屋を仮にマサさんと呼ぶことにする。

マサさんというのは、その風貌から。現役時代のマサ斎藤というプロレスラーに似ているから。

マサさんは十代の頃に日本に渡ってきた、在日三十年以上になる韓国人。

韓国人には珍しい『二文字姓』の本名を持つ一族の出身で、在日朝鮮人実業家に呼び寄せられた先代の『拝み屋』だった父親に付いて来日したらしい。

俺はある事件で『祟り』に遭い、命を落としそうになったことがある。

その事件が生涯初めての霊体験であり、マサさんと知り合うきっかけになった。

今日はその事件について書きたいと思う。

俺の古くからの友人にPと言う在日朝鮮人の男がいる。

Pの実家は、焼肉屋にラブホテル、風俗店や金貸しを営む資産家だった。

P家の経営するラブホはカラオケやゲーム、ルームサービスも充実して流行っていた。

事件があったのは、そんなP家の経営するラブホの新店舗。

新店舗もオープン当初は立地条件も良く流行っていたらしい。

しかし、ある時を境に客足がガクッと落ち込んでしまった。

まあ、お約束ってやつかな。どうもそのホテル、出るらしいんだ。

そのホテルに出るだけじゃなく、Pの実家の婆さんが亡くなり、お袋さんは重度の鬱病、親父さんも胃癌になるといった具合に身内の不幸が重なった。

地元の商店街ではPの家が祟られているという噂が流れていたようだ。

そんな地元の噂を聞きつけたのか、拝み屋だか霊媒師だかのオバサンがPのところに売り込みに来たらしい。

そのオバサンはPらのコミュニティーでは金には汚いけれど『本物』だということで結構有名な人だったようだ。

自信たっぷりに

「お前の所に憑いている悪霊を祓ってやる。失敗したら金は要らない。成功したら500万払え」と言って来たらしい。

P本人は信心深いタマではなく、ハナッから相手にする気はなかった。

タカリの一種くらいにしか見ていなかった。

しかし、Pのオヤジさんは病気ですっかり参っていたせいもあって、このお祓いの話に乗り気だったらしい。

それでも500万という金はデカイ。

社長はオヤジさんだが、馬鹿な無駄金を使うのを黙って見ている訳には行かない。

そこで、Pは俺に「報酬10万に女も付ける。出るという噂の部屋に一晩泊まってみてくれ」と頼んできた。

ガキの頃から知っている俺が泊まって、何もなかったと言えばアボジも納得するだろうと。

万が一、本当に出たらオバサンに御祓いいを頼む。

出なければシカトして500万は他のラブホの改装の足しにでもする。

俺はオカルトネタは大好きだけれど、霊感って奴は皆無。

心霊スポット巡りも嫌いじゃないので快諾した。

Pに頼まれた翌週末、午後八時過ぎくらいにPの知り合いが経営する韓デリの女の子と落ち合って、問題のホテルの508号室(角部屋)に入った。

部屋に入った時点では霊感ゼロの俺が感じるものは特になかった。

ただ、デリ嬢のユキちゃんはしきりに「寒い」と言っていた。

夏とはいえキャミ姿で肩を出した服装。「冷房がきついのかな」位にしか思わなかった。

エアコンを止めてもユキちゃんが「寒い」と言っていたので、俺たちはバスタブに湯を溜めて風呂に入った。

三時間以上頑張ってさすがに疲れて、一時くらいには眠ってしまった。

どれくらい眠っただろうか。

俺は、耳元で爪を切るような「パチン、パチン」と言う音を聞いて目が覚めた。

隣で眠っているはずのユキちゃんがいない。

ソファーの上に畳んであった服もバッグもない。俺が寝ている間に帰ったのか?

オールナイトで朝食も一緒に食べに行くはずったのに……

俺はタバコに火を付けようとしたが、オイル切れという訳でも、石がなくなった訳でもないのにジッポに火がつかない。

部屋にあった紙マッチも湿ってしまっているのか火が付かない。

俺はタバコを戻して回りを見渡した。

部屋の雰囲気が違う。

物の配置は変わらないのだけれど、全てが色褪せて古ぼけた感じ。

それに微かに匂う土っぽい臭い……俺は全身に嫌な汗をかいていた。

体が異様に重い。

目覚ましに熱いシャワーでも浴びようと思って、俺はバスルームに入った。

シャワーの蛇口をひねる。

しかし、お湯は出てこない。

「ゴボゴボ」と言う音がして、ドブが腐ったような臭いがしてきた。

俺は内線でフロントに「シャワーが壊れているみたいなのだけれど」と電話した。

フロントのオバサンは「今行きます」と答えた。

俺は腰にバスタオルを巻いた状態で洗面台で顔を洗っていた。

すると、入り口のドアをノックする音がする。

ハンドタオルで顔を拭きながらドアの方を見ると、そこには全裸のユキちゃんが立っていた。

ユキちゃんの様子がおかしい。目が黒目だけ?で真っ黒。

そして、左手には白鞘の日本刀を持っている。

「ユキちゃん?」と声をかけても無言。そのまま迫ってくる。

そして、刀を抜いた。やばい!

俺は部屋に退がりテーブルの上に合ったアルミの灰皿をユキの顔面に投げつけた。しかし、当らない。

いや、すりぬけた?

今度は胸元にジッポを投げつける。

しかし、これもすり抜けて?入り口のドアに当たり「ガンッ」と音を立てる。

ユキは刀を上段から大きく振り下ろした。

かわそうにも体が重くて思うように動かない。

俺は左手で顔面を守った。

ガツッ、どんっ!

前腕の半ばで切断された俺の左腕が床に転がる。

俺は小便を漏らしながら声にならない悲鳴を上げた。

床にめり込んだ切っ先を抜いて構えたユキは、更に左の肩口に刀を振り下ろす。

左肩から鳩尾辺りまで切り裂かれる。

俺はユキに体当たりしてドアの方に走る。

血に滑って足を取られながら逃げたけれど背中を切られた。

ドアを開けて外に逃げようとしたが鍵が閉まっている!俺は後を振り返った。

その瞬間、ユキが刀を振り下ろした。

首に鈍い衝撃を感じ、次の瞬間ゴンッという音と共におでこに強い衝撃と痛みを感じた。
シューという音と生暖かい液体の感触を右の頬に感じながら、俺は意識を失った。

俺は頭の先で「ガリガリ」と言う音を聞いて目が覚めた。

体中が痛い。頭も酷い二日酔いのようにガンガンする。

音のする方をみるとユキがドアをガリガリ引っ掻いていた。

何時間そうしていたのかは知らないけれど、両手の爪は剥がれて血まみれ。

ドアには血の跡がいっぱい付いていた。

俺はユキの肩を揺すって「ユキちゃん」と声をかけたけれども、空ろな目で朝鮮語らしい言葉でブツブツ言っているだけで無反応。

俺はユキを抱きかかえてベッドに運んだ。

ベッドにユキを横たえると俺は部屋を見渡した。

勿論、俺の首も左腕も付いてる。部屋の内装も真新しい。

しかし、俺は恐怖に震えていた。

バスルームではシャワーが出しっぱなしになっていた。

入り口のドアの手前には俺が投げた灰皿とジッポライター。

ベッドの手前のフローリングの床には小便の水溜り……そして真新しい傷……

血痕とユキの持っていた刀は無かったが。

俺はPに携帯で連絡を入れた。

Pは一時間ほどで人を連れて来るという。

とりあえず俺はユキに服を着せ、シャワーを浴びた。

熱い湯を体がふやけそうなくらいに浴び続けた。

シャワーを出て洗面台で自分の姿を見た俺はまた凍りついた。

首と左肩から鳩尾にかけて幅5ミリ位の線状のどす黒い痣になっていた。

左腕も。

背中を鏡に映すと背中にもあった。

いずれも昨晩ユキに刀で切られた場所だ。

約束の時間に三十分ほど遅れてPはデリヘルの店長とホテルの支配人?、若い男二人を連れてやってきた。

支配人はドアの爪痕を見て青い顔をして無言で突っ立っていた。

デリヘルの店長は火病ってギャーギャー喚いていた。

ユキは頭からタオルケットを掛けられ、二人の若い男に支えられながら駐車場へ向かった。

俺は、Pの車を運転しながら(Pは物凄く酒臭かった。泥酔状態で運転してくるコイツの方が幽霊よりも怖い!)、昨晩起こった出来事をPに話し、お祓いすることを強く勧めた。

さすがのPも俺の首と腕の痣を目にして納得したようだった。

一週間ほどしてPから連絡があった。次の月曜の晩に御祓いをする。

現場を見るついでに俺の話しも直接聞きたいらしいから、霊媒師のオバサンに会って欲しいということだった。

俺の方も異存は無かった。

俺は約束の時間に待ち合わせの場所に行った。

霊媒師のオバサンは五十歳ということだったが、割と綺麗な人だった。

Pに「ユキはどうした?」と聞くと、Pは「ぶっ壊れて、もうダメみたい。韓国から家族が迎えに来るらしい」

オバサンは俺の向かいの席に座り、俺の両手を握って俺の目を瞬きもしないで見つめた。

十分くらいそうしたか、無言で手を離すと、Pの家族も見たいと言う。

俺たちはPの車に乗ってPの実家に向かった。

オバサンはPの家の中を見て回り、俺のときと同じようにPのオヤジさんとお袋さんの手を握って顔を凝視した。

霊媒師のオバサンは、俺のときよりも更に険しい顔をしてPに「問題の部屋に連れて行って」と言った。

俺たちはPの車に乗って例のホテルに向かった。

車中では三人とも無言だった。

後部座席のオバサンは水晶の数珠を手に持って声を出さずに唇だけでブツブツ何かを唱えていた。

十五分ほどで俺たちはホテルに着いた。

俺たちは車から降りた。

後部座席のドアが開いてオバサンが車から降りた瞬間、オバサンが手にしていた数珠がパーンと弾け飛んだ。

オバサンは顔に汗をびっしょりかいて怯えた様子で

「ごめんなさい、これは私の手には負えない。気の毒だけれど、ごめんなさい……」

と言って大通りの方に足早に向かって行った。

するとPは物凄い剣幕で「ふざけるな!金はいくらでも出すから何とかしてくれよ!」と叫びながらオバサンを追った。

オバサンはPを無視して早足で歩く。

すがり付くようにPは朝鮮語で泣きそうな声で喚きたてた。

しかし、オバサンはタクシーを捕まえて、Pを振り切って去って行ってしまった。

それから一ヶ月ほど経ったか?俺は困り果てていた。

霊現象の類は無かったものの、ホテルで付いた痣が膿んで酷い事になっていた。

始めは化膿したニキビみたいなポツポツが痣の線に沿って出来る感じで、ちょっと痒いくらいだったが、やがてニキビは潰れ爛れて、傷は深くなって行った。

ドロドロに膿んで痛みも酷かった。

皮膚科に通って抗生物質などの内服薬とステロイド系の軟膏を塗ったが全く効果は無かった。

そんな時にPから連絡があった。今すぐ会いたいと。

たった一ヶ月会わなかっただけなのに、Pの姿は変わり果てていた。

Pは安田大サーカスのクロちゃんに似たふとっちょだったが、別人のようにゲッソリとやつれていた。

肌の色はドス黒い土気色で、白髪が一気に増え、円形脱毛症だらけになっていた。

Pが消え入りそうな声で「よう」と声をかけてきた。

俺が「どうしちゃったんだよ?」と聞くとPは答えた。

Pは俺をホテルに迎えにいった晩から今日まで「あの部屋で」「毎晩」「斬り殺されている」らしい。

殺されて次に目が覚めたときには自分の部屋にいるのだけれど、今いる自分の部屋より「あの」ホテルの部屋での出来事の方がリアルなのだと言う。

Pの話を聞いて俺もあの晩のことを思い出して嫌な汗をかいた。

変わり果てたPの様子、霊媒師に逃げられた晩の必死な様子にも納得がいった。

そして、一ヶ月もの間、毎晩あの恐怖に晒されながら正気?を保っているPの精神力に驚きを隠せなかった。

俺はPに「御祓いはしなかったのか?」と聞いた。

Pは答えた

「祈祷師、拝み屋の類も色々回ったけど、これを見ただけで追い払われたよ。あのババアに逃げられたってだけで会ってももらえないのが殆どだったけれどな」

そう言うと、Pは着ていたTシャツを脱いだ。

Pの体には俺と同じ、夥しい数の「傷」があった。

膿んで深くなったもの、まだ痣の段階のもの…

Pの話だと、俺たちの傷は医者に治せる類のものではないらしい。

放って置けば傷はどんどん深くなり、やがては死に至ると……

そして、「祟り」の性質から、普通の拝み屋や祈祷師には手は出せないらしい。

だが、Pのオヤジさん、商工会の会長の伝で朝鮮人の起した祟りや呪といったトラブルを解決してくれる『始末屋』がいるらしい。

Pはその始末屋のところに一緒に来いと言う。

そこに行けば三ヶ月から半年は戻って来れないという。

俺は迷った。

しかし、あのホテルでの出来事や傷の事、Pの様子から俺は腹を括った。

俺は勤め先に辞表を出して、Pと共に迎えの車に乗った。

その紹介された始末屋がマサさんだった。

半年間、俺たちはマサさんの下で過ごし、『機』を待った。

色々と恐ろしい思いもしたが、半年後、事件は解決した。

事件の解決についてはマサさんの下での生活の話しを読んでもらわなければ判りにくいと思う。

迎えの車が来る前に、俺たちは付き添いのキムさんの用意してくれた黒いスウェットのパンツとトレーナー、サンダル履きの身一つの状態にされた。

そしてキムさんの車に乗って出発。

高速に乗って二つ先のインターで降りた。

車はインター近くの大型電気店の駐車場に入った。

キムさんは俺たちに便所に行って来いと言った。

車に戻ると後部座席に座らされ、薬を飲むように言われた。

睡眠薬だと言う。

俺たちはキムさんの言葉に従った。薬を飲んで暫くすると睡魔が襲ってきた。

目が覚めたとき、俺たちは工事現場などのプレハブ事務所のような建物の床に転がされていた。

少し離れた所に体格の良い四十代位の男が胡坐をかいて座っていた。

この男がマサさんだった。

俺が体を起すとマサさんは無言で冷蔵庫を開けペットボトルの水をわたした。

喉が焼け付くように渇いていた俺は2L入りのペットボトルの半分以上を一気に飲み干した。

やがてPも目を覚ました。

Pが水を飲み終わるとマサさんが始めて口を開いた。

マサ:「カンさんから話しは聞いている。私の方で調べて状況も判っている。私の指示には絶対に従ってもらうが、判らない事があれば聞いてくれ。長い付き合いになる、遠慮はしなくていい。仕事に差し支えない範囲で要望も聞こう」

俺:「随分と回りくどい連れてこられ方をしたが、何か意味はあるのか?」

マサ:「君たちに取り憑いているのは一種の生霊だ。そっちの兄さんの実家とホテルの部屋を浄化した水を君達に飲んでもらった。キムさんの家に泊まって飯を食っただろう?ガッチリと取り憑いてはいるが、念には念をってやつだ」

P:「ふざけるな、何でそんな真似を!」

マサ:「生霊って奴は案外視野が狭い。取り憑いたら人にせよ場所にせよ、それしか目に入らない。君等がキムさんの所にいる間にホテルと実家に結界を結んだ。他に行き場のない生霊は君たちに取り付いているしかないが、君達がここに来るまでの道程も、帰る道も判らないように、生霊にも間の道はわからない。とりあえず呪いも祟りも君達止まりで、君等が取り殺されない限りは他に害は及ばないよ。家族が助かったんだ、問題ないだろう?」

……あまりの言葉に俺たちは絶句してしまった。……問題大有りだろ!

言葉を失ってしまった俺たちにマサさんは服を脱げと言った。

もう、まな板の上の鯉の心境。

俺たちはマサさんの言葉に従った。

マサさんはバリカンと剃刀を持ってきて、俺たちの髪の毛と眉毛を剃り落とした。

そして、筆と赤黒い酢のような臭いのする液体を持ってきて、腹ばいに寝かせた俺たちの背中に何かを書き出した。

乾いた文字を見ると十字型に並べられた五文字の梵字だった。

P「何ですか、これは?」

マサ「耳無し坊一の話は知っているかい?」

俺「平家の亡霊から姿を隠す為に全身に経文を書いたのでしたよね?これは俺達に取り憑いた生霊とやらから身を隠す呪文か何かですか?」

マサ「ちょっと違うね。まあすぐに判る。この液体は皮膚に付くとちょっとやそっとでは落ちないけれど、これから行く所では護符が消えると命の保障は出来ないよ。薄くなったらすぐに書いてあげるから気を付けてね」

マサさんは俺たちの髪の毛とシェービングフォームを拭き取ったタオル、着てきた服とサンダルを火の入った焼却炉に放り込むと、腰にタオルを巻いただけの俺たちを車に乗せた。

車に乗ると俺達はアイマスクをさせられた。

暫く走ると舗装道路ではなくなったのだろう、車は酷く揺れた。

砂利道に入って五分もしないうちに車は止まった。

マサさんは俺達に少し待てと言った。

車外からはハンマーで鉄を打つような音が聞こえてきた。

実際、長さ50cm、直径5cm程の鉄の杭を地面に打ったのだという。

鉄杭を打つ事で地脈を断ち切り、外界とこの敷地を切り離しているのだと言う。

この敷地にはこの様な鉄杭が他に七本打たれているとマサさんは語った。

この敷地自体が一種の結界なのだと言う。

俺達はこの敷地から一歩たりとも足を踏み出す事を禁じられた。

敷地の中には普通の民家と大きな倉庫のような建物があった。

民家と倉庫の間に立って、マサさんが敷地の奥の方を指差した。

岩の低い崖の手前に小さな井戸のようなものがある。

実際それは深い井戸らしい。直径は60cm程でさほど大きくはない。

その上には一抱えほどもある黒くて丸い、滑らかな表面をした、直径80cmほどの天然石で蓋がしてあった。

井戸の周りには井戸を中心に直径180cmの円上に八方に先程と同じ鉄杭が打たれていると言う。

マサさんは井戸には絶対に近づくな、出来る限り井戸を見るな、井戸のことを考えるなと言った。

井戸に引かれるのだと言う。そして、もし万が一、井戸に引かれる事があっても鉄杭の結界の中に入るなという。

Pがあれは何だと尋ねた。

マサさんはこう答えた。「地獄の入り口だ」と。

季節はまだかなり暑い時期だった。

山に囲まれてはいるが、それほど山奥と言う感じではない。

まだ日も高く、日差しも強い。

しかし、この敷地に入って車から降りた時から何かゾクッとする寒気のようなものを感じた。

さすがに、俺にもPにも判っていた。

この土地の「寒気」の中心があの井戸であることが…

まあ、この時には聞かなくても判っていたのだが、俺はマサさんに聞いた。

「背中の護符はあの井戸の中身から俺達の身を守るものなのですね?」

「そうだ。けれども、あの井戸があるから、君らに憑いた悪霊も君達に手出しする事は出来ないのだ。君達を取り殺して、結界の中で一瞬でもあの井戸の前に晒されれば、たちまち取り込まれて、井戸の中の悪霊と一体化してしまうからね。井戸の悪霊は君達の中の悪霊を取り込もうとして引き付ける。一緒に引き込まれないように気を付けてくれ」

民家はマサさんの居宅だった。

家の中で俺たちは藍染めの作務衣のような服を渡されて着た。

マサさんは妙に薬臭いお茶を飲ませてから俺達に言った。

「その傷を何とかしなくちゃな」

傷の事を言われて始めて気がついたのだが、不思議なことに、この禍々しい土地に入ってから、あれほど痛んだ傷の痛みはそれほどでもなくなっていた。

俺はそのことをマサさんに話した。

Pも「実は俺もだ」といった。

マサさんは言った。

本来、霊には生霊も死霊も生きている人間の肉体を直接傷付ける力はない。

殆どが怖い『雰囲気』を作るだけ。

相当強い『念』を持った霊でも『幻影』を見せるのが精一杯なのだと言う。

『祟り』で病気になったり、事故に遭ったりするのは祟られた人間の精神に起因する。

雰囲気に飲み込まれた人が抱いた恐怖心が核になり、雪だるまのように負の想念が大きくなって、そのストレスにより精神や肉体、或いはその行動に変調を来した状態が『霊障』と呼ばれるものの大部分なのだと言う。

こういった霊障の御祓いは、いわゆる霊能力者や正しい儀式でなくとも、御祓いを受ける被験者に信じ込ませる事が出来れば誰にでも出来る催眠術の類らしい。

しかし、俺達の場合は違うのだと言う。

マサさんは俺がユキに斬られた晩の話を聞き、ホテルの部屋を確認したという。

そして、フローリングの床を確認した。

ユキが刀の切っ先をめり込ませた作った傷があり、俺が投げたライターか灰皿が当って出来たであろう部屋の入り口のドアの小さな凹みと塗装のはがれも発見したと言う。

出しっぱなしになっていたシャワーや小便の水溜りがあった話から、俺達の傷は所謂「霊体」に深手を負わされ、それが肉体に反映したものだと判断したのだと言う。あの晩の出来事も、Pの体験も夢ではなかったのだ!

そして、そのことから、俺たちの霊体を斬った生霊の背後には『神』とでも言うべき霊格の高い存在が付いているのが判るのだと言う。

でなければ、肉体に外傷として現れるような深手を生きた人間の霊体に負わせることは不可能なのだ。

こういった霊格の高い存在が背後にある場合、祟られたのが朝鮮人の場合、ごく例外的な場合を除いて通常の除霊も浄霊も不可能なのだと言う。

朝鮮人は『神』の助力を、特に日本国内では得られないのだという。

『個』や『家』ではなく、『血族』を重視する朝鮮人は祖先の『善業』も『悪業』も強くその子孫が受け継ぐのだそうだ。

朝鮮は遥かな過去から大陸の歴代王朝や日本の支配を受けてきた。

そして、同族を蹴落としながら支配者に取り入りつつ、その支配者に呪詛を仕掛け続けてきたのだ。

『恨(ハン)』という朝鮮人の心性を表す言葉は、朝鮮人の宿業でもあるのだ。

自らを神として奉る民族や国家、王朝を呪う者に助力する神はいない。

そのような者への助力を頼めば逆にその神の逆鱗に触れかねない。

Pが、御祓いを頼みに行った祈祷師たちに悉く拒絶されたのはその為だったらしい。

「まあ、そのお陰で私の商売も成り立つのだけどね」とマサさんは笑った。

朝鮮人を守ってくれる神様はいないのですか?とPが聞いた。

マサさん曰く、神の助力を得るには長い時間をかけた『信仰』ってヤツが必要なのだそうだ。

いや、長い時間を重ねた信仰が『神』を作ると言ってもいい。

朝鮮は支配王朝が変わるたびに文化を変え、信仰まで変えてきた。

しかも、同族同士で呪詛を掛け合っても来た。

民族の神がいない訳じゃないけれど、その霊格は高くなりようがない。

儒教は厳密な意味で宗教ではない。

キリストは神だけれど、孔子は神ではない。

日本や中国と同じ神仏の偶像はいっぱいあるけれど神にはなっていない。

だから朝鮮では、生贄を利用する蟲毒のような『呪詛』、地脈や方位を巧みに操って大地の『気』を利用する『風水』が発達したのだという。

そして、民族全体が共通して信仰する霊格或いは神格の高い神を持たないが故に、生きた人間が神を僭称し、時に多くの民衆の信仰を集めてしまうのが朝鮮の病弊なのだ。

朝鮮人はある意味、異常な民族なのだという。

 

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話しは戻って、何故俺達の致命傷とも言える霊体の傷は、この禍々しい土地で癒えつつあるのか?

マサさんは「私の推測も入るが」と断りつつ語った。

俺たちに憑いている悪霊を『生霊』と判断したのは、マサさんに繋ぎを付けてくれた商工会の調べで、あのホテルのある土地の元の住人を探し当てたからだ。

あの土地に住んでいた住人はバブル期に作った借金が元で、抵当に入っていた不動産を失った。その家は江戸時代から続く旧家だったらしい。

建物を取り壊した工務店の話では祠や神社の類はなかったが、家の中に立派な神棚があったらしい。

建物は抵当割れで解体費用も出ず塩漬けされ、P家が買い取りホテルを建てるまで放置されていたそうだ。

そして、住人は意外な所にいた。

その家のすぐ近所の賃貸マンションに、元の持ち主の一人娘が住んでいた。

娘は両親が死亡する前に連帯保証人となっており、多額の借金を返す為に、なんとP家の経営する風俗店で働いていたのだ!

女のマンションの部屋からは問題のホテルは良く見えるらしい……

マサさんは「あくまでも推測だが」おそらく、その女の家では神社か祠を代々祀っていたのだろう。

刀を祀った祠だったのではないか?

それが風水害や地震・戦災などで喪われ、女の両親、あるいはそれ以前の代の家の者の手によって神棚に移し替えられ祀られていたのだろう。

その刀ないし神は長い年月をかけて祀られ続ける事でその家の『守護神』となっていたのであろう。

生霊として俺達に封じられている娘は、俺たちが死ぬと井戸の悪霊に吸収されて確実に命を失うだろう。

そうすれば他に「祀る者」を持たない、祠や神棚といった形も失った守護神は時間の長短はあってもやがては消え去ることになる。

また、本件においては守護神と生霊が一体化しているようにも見える。

そうすると娘の霊と共に『井戸の悪霊』に飲み込まれる可能性もある。

それを避ける為に俺達の傷を癒した。

俺達の傷は守護神の力によるもの。治すのは雑作もないと……

マサさんの話の宗教観ないし心霊観は正直、俺にはピンと来なかった。

ここに書いた話も正確に再現できているのか心許ない。

ただ、傷が楽になってきているのは確かなので、そんなものなのか、そんな考え方もあるのだなと思った。

マサさんの話では、『内』の傷が治っても『外』の傷はそのままでは治らない。

そのまま放置すると井戸の影響で外の傷から内を侵されてしまう。

傷は早急に治さなければならない。

マサさんは家の表に出て一斗缶の中に火を起し、鉄の中華鍋のようなものを炙り始めた。

やがて鍋が焼け、鉄の焼ける独特なにおいがしてくると、鍋の中に白い粉末を入れた。

石臼で擦った塩らしい。それを一斗缶の火が消えるまで何かを唱えながら混ぜ続けた。

火が消えると黄色い粉末を一つまみ塩に振りかけた。硫黄(イオウ)だという。

鍋を缶から下ろすとペットボトルに入った水を鍋の中に注いだ。

塩の量が多くて全然溶け切っていなかった。

マサさんは俺達に服を脱げと言った。

猛烈に嫌な予感がした。そして、予感は的中した。

マサさんは、手で掬った塩を俺達の傷に塗りつけ、物凄い力で擦りつけた。

湿って乾き切っていないカサブタともウミの塊ともつかないものが剥がし取られた。

酷くしみる。焼けるようだ。

傷の数も面積も大きいPは目を真っ赤にして声も出せないようだ。

マサさんは鉄鍋の中身がなくなるまで交互に擦りこみ続けた。

その晩はひりひりと痛んで眠る事も出来なかったが、あれほど治らなかった傷は三日ほどでカサブタが張り、更に一週間ほどで綺麗に治ってしまった。

マサさんの話によると、死霊や自縛霊といったものは、鉄杭で七方の地脈を絶って、一方向を開けて、霊格や神格の高い神社仏閣との間の地脈を開いて繋げる事で、一年ほどで浄化されてしまうらしい。

浄化された土地に、お寺から貰ってきた護摩や線香の灰や神社から貰ってきた水を撒いて鉄杭を抜けば普通の土地になるらしい。

呪詛には呪詛返しの方法があり、生霊は、祟っている方か祟られている方のいずれかが死ねばそれまで(……なんだかな~)

色々方法があるらしいが、人形などの身代わりと火を使う方法が良く使われるのだという。

この辺りは日本も朝鮮もやり方は大差ないらしい。

元々、日本の神道の形式と朝鮮の呪術や儀式の形式は良く似たもの多いのだそうだ。

故に日本の祈祷師や拝み屋と朝鮮のそれは素人目には区別がつかないことも多いのだという。

俺にはどちらも良く判らないのだが。

生霊が場所に憑くというのは比較的、珍しいらしいのだけれども、多くの場合は上記の自縛霊に用いた方法と人形を用いた方法の合わせ技で浄化できるのだそうだ。

いずれにしても、これらはマサさんの仕事の範疇ではないらしい。

マサさんが扱うのは、儀式を踏まないで神社や祠を破壊して神を怒らせてしまったり、盗まれてきた神社の『御神体』や寺の『ご本尊』を知らずに買ってしまって、一族が根絶やしにされるような祟りを受けた場合だそうだ。

話を聞いた時「そんな罰当たりな真似をする奴がいるのか?」と聞いたら、朝鮮人には神社仏閣に盗みに入って盗品を売り捌いたり、神社や祠に火を放ったり破壊したりする輩が今でも少なからずいるそうだ。

自分の中に神を持たない故に、他人や他民族の宗教や信仰に対する配慮や、その対象に対する畏れに著しく欠けているのだと言う。

畏れのあるなしに関わらず、そんな真似をすれば日本人でも地獄行き確実で救い様がないけれど、先日書いたように高位の神の助力が得られない朝鮮人の場合は更に深刻で、一族全てが祟られて絶えてしまう危険があるらしい。

一族を絶やすようなレベルの祟りになると地脈や鉄杭を用いた方法では浄化以前の『鎮める』段階で百年、二百年といった時間がかかってしまうし、一族に祟りが行き渡り絶えてしまう。

特に祟りの元となったもの、祈りや信仰の対象であったものを『物』として『金で買う』と言う行為は、非常に強い祟りとなるそうだ。

霊力の高い品物だと移動する先々で祟りを振りまき、売買される事により纏った『穢れ』により、非常に性質の悪い悪霊となってしまうのだそうだ。

だから、出所不明のアンティークの品物、特に宗教に関わる品物は売り買いしない方が良いらしい。

マサさんが『祟られ屋』だと言うのは、金銭やその他の対価を受け取って儀式(内容は判らない)を行い、その一族の代わりにマサさんの一族が祟りを受けるからだ。

マサさんと例の井戸は繋がっていて、マサさんを通して井戸に送り込まれた『祟り神』は祟りや呪だけを井戸の悪霊に吸い取られ、結界の外に拡散してゆくのだと言う。

井戸の中にはマサさんの父親の遺髪と血、マサさんの髪の毛と血と臍の緒が入っているらしい。これは聞き出すのに苦労した。

鉄杭の結界は『神』や『清いもの』は外に通すけれども、『穢れ』や『悪霊』は外へは通さない。(外からは引き寄せているらしい)

簡単に言うとそんな原理らしい。

マサさんがPと俺を呼び寄せたのは、Pの父方の一族は朝鮮半島にいた親類縁者が朝鮮戦争で死に絶えてしまっており、Pは一人っ子で、Pが死ぬとP一族が絶えてしまうかららしい。

母方の一族、嫁いで家を出た女は関係ないそうだ。

俺がPと同様に呪われた原因は、Pから祟りに関連して金銭を受けたことによるらしい。

ただ、事故や病気(癌や心筋梗塞、脳溢血)といった形ではなく、外傷という形で現れた非常に稀なケースらしい。

そして、生霊と女の家の守り神がどうやら一体化しているらしいこと。

神の霊力も強いが、生霊を飛ばしている女の霊力が非常に強いらしい。

しかるべき修行をすればテレビに出ているインチキ霊能者が束になって掛かっても適わないレベル。

その霊力ゆえに神と一体化したとも言える。

P家に売り込みに来た祈祷師のオバサンも、市井にいる祈祷師・霊能者の中で、彼女よりも強い霊力を持つ人は十人いるかどうかというレベルの力を持った人だそうだ。

ただ、傷を受けた原因は俺とPの個人的要因もある。

俺はユキと何度もまぐわう事により精力や気を極度に浪費していた事、Pは深酒をして酒気も抜けていないような状態で、しかも寝不足で、俺と同様に非常に氣の力が落ちていたことだ。

俺達のように極端な例は稀だが、薬物や大量のアルコールで精神のコントロールや気力が下がった状態、荒淫によって精力を浪費した状態で心霊スポットなどに足を踏み入れる事は祟りや憑依を受ける危険や可能性が非常に高くなって危険なのだと言う。

俺の拙い文章に付き合ってくれてありがとうね。

マサさんの所で起こった出来事や、マサさんに聞いた話を書きながらだと、この話、いつまで経っても終わりそうにないので、『傷』と女の話に話を絞って書きます。

それでも長くなるけれど。

他の話は別の機会に書きたいと思います。

もう少しだけお付き合い下さい。

マサさんの話によると、生霊を飛ばすと言う事は精力や氣といった生命力を酷く消耗するらしい。

毎晩フルマラソンを走るくらいの負担が心身に掛かり、確実に本体の命を削り取って行くのだと言う。

普通の人ならば、一月で体調を崩し、三月もすると回復不能なダメージを負ってしまうのだそうだ。

しかも、これは毎晩生霊を飛ばす場合。

本体に生霊が戻る事で、生霊の霊力も本体の生命力もかなり元に戻るらしい。

それでも、削られる生命力は深刻らしいのだが。

だから、結界内に生霊を閉じ込められて、本体に戻れなくされた女がどんなに強い霊力の持ち主であっても、そう長くは持たないはずだったらしい。

しかも、女の生霊はあの井戸に少しづつ吸い取られていて、消耗のスピードは更に速まるはずだった。

はじめ『三ヶ月から半年』という期間を示したのは、Pと俺に『娑婆』から離れる覚悟を持たせるのと、元いた生活に『心』を残させない為だったらしい。

傷が治った時点で、ほぼ全てが終わる予定だったのだ。

しかし、傷が治って来た時点で話が変わってきた。

女の生霊が消えないのだ。

女の生霊と一体となっている守護神は女の霊力を強めてはいても直接生命力を強める事はないそうだ。

女はとっくの昔に生命力を使い果たし、霊力を井戸に吸い尽くされて命を落として「井戸の中身」の一部に
なっているはずだったのだ。

悪霊が消えない限り俺たちを結界の外に出す事は出来ない。

しかし、どうやら先に俺達の方が危なくなってきたらしい。

背中に書かれた護符の力で守られてはいるが、マサさんが「引き込まれるな」と最初に注意したように、俺たちもまた井戸に霊力や生命力を削り取られているのだ。

事実、70kg台だった俺の体重は60kg前後まで落ち込んでいた。

Pの痩せ方はもっと激しく、100kgを超えていた体重が70kgを割りそうな勢いだった。

このままだと生霊が消える前に俺達の方が先に命を落とす。

しかも、この地で死ねば俺達の魂は井戸の中身の悪霊と一体化してしまうというのだ。

マサさんのところに来てからは連日連夜、恐ろしい思いをしていた。

全てがあの井戸絡み。

命を落とすのは、絶対にいや!

しかし、あの井戸の中身になるのは死んでも嫌だ!!

俺達は悪霊との持久戦に入った。

俺達はマサさんの下で気力・精力と霊力を高める初歩的な修行をさせられる事になった。

これは、完全に予定外だったらしい。

この為、俺達は一生この手の霊体験からは逃れられない体質になるらしい。

身を守る方法は教えて貰ったけれどね(サービスだそうだ)。

三ヶ月目に入ったとき、マサさんもさすがに焦ってきたらしい。

いくらなんでもこんなに持つはずがないと。

男と女では体の造りが違うように、気の性質も違うそうだ。

まぐわった時に男は気力や精力を放出し、女は本能的に男から精力を吸収しているそうだ。

これは他の動物も一緒で、最も極端な例は交尾の後に雌が雄を捕らえて食べてしまう蟷螂だそうだ。

子供を体内で育て、あるいは卵を産む『雌』の普遍的な本能。

まぐわった翌日、男はぐったりしているのに女は元気が良くなるのはこの精力のやり取りによる。

それ故に女は男よりも霊力も生命力も強く、生霊や幽霊の類も女の方が圧倒的に多いらしい。

ただ例外もある。

女はクライマックスを迎える瞬間だけ気の方向が吸収から放出の方向に変わるそうだ。

この瞬間に女の気を吸収する技法が存在する。

マサさんによると「お稲荷さんの中身で女の気を吸い取る」らしい。

精気を吸い取られる瞬間に感じる快感は男女共に非常に強いものらしい。

その快楽は時に人を虜にする。

『色情狂』とは、元々の精力が強い人が、精力を放出し吸収される快感に囚われた状態であるらしい。

マサさんは女の生命力が尽きない理由は、女が『風俗嬢』として毎日、数多くの男と交わっているからだと考えていた。

しかし、例え毎日十人以上の男と交わっても、これ程までには持つはずはないのだという。

これは、ある種の『行』や『技法』を用いて数多くの男から精力を奪い取っていると考えなければ説明がつかない。

しかも、これ程のレベルで精力を吸い取られた男は一度で体を壊し、それでも快楽に囚われて命を落とすまで女の下に通い続けるだろうと。

しかし、そうなると、これは恨みや呪いの念により無意識に飛ばされる生霊ではなく、意識的に相手を呪う『呪詛』の範疇なのだという。

だが、俺達に憑いているのは生霊であって呪詛ではない。

俺たちがマサさんのところに来て半年が経とうとした時に、マサさんは俺達に言った。

これから女の所に行くと。俺に女の所に一緒に付いて来いと。

俺はマサさんにそれは危険なのではないかと言った。

悪霊はかなり弱くなっているが、本体に戻れば相手の霊力・生命力から考えて元の木阿弥になってしまうのではないかと。

……俺、取り殺されちゃうよ……ガクガクブルブル

マサさんは言った。

Pは、自分と俺の『祓い』の為に二人分、2,000万円のカネをマサさんに支払っている。

俺を事件に巻き込んだのはPだが、金を出す事でPは俺に対する義理を果たし、この事件に関して俺に対する因縁は消えている。

しかし、俺はマサさんに金を支払った訳ではなく、マサさんに対する借り、因縁が残っているという。

場合によっては命を落とす危険もあるが因縁を消す為にも協力してもらうとマサさんは言った。

Pはマサさんと俺が女に会いに行って帰るまで、道場(敷地内にあった倉庫のような建物)で、柱に錠と鎖で繋がれた状態で篭る事になった(井戸に引き摺り込まれない為)。

俺は半年目にして初めて敷地の外に出ることになった。

門の外にマサさんの車がある。

俺は手渡されたアイマスクをして、目を閉じて結界を越えた。

粘り付くような、厚いビニールの膜を押し破るような強い抵抗を感じた。

マサさんに習った「技法」に従って、丹田から両手に氣を集めて熱を持たせ、その手で『膜』を破って俺は結界の外に出た。

結界の外に出た瞬間、俺は意識を失った。

気が付いた時、俺は車の中だった。

運転しているのは行きに付き添ってくれたキムさん。

頭がガンガンする。

酷い船酔いをしたときのように目が回って気持ちが悪い。

『調息』を試みたが全く効果がない。今にも吐きそうだ。

俺はマサさんに渡されたビニール袋に大量に吐いた。

吐いた後、暫くすると鼻血が出てきた。

「もう少しだから我慢しろ」とマサさんが言う。

キムさんがマサさんに「この兄さん、持たないんじゃないか」と言う。

マサさんが「一通りのことは出来るから大丈夫だ。手伝ってくれ」と答えた。

やがて車は狭い空き地に着いた。

車が一台止まっている。

行きに乗ってきたキムさんの車だ。

若い男が車外でタバコを吸っている。

キムさんに指示されていたのだろう、2L入りのミネラルウォーターのペットボトルが二本入ったビニール袋をマサさんに渡した。

マサさんはボトルの中身を捨てると神社の階段を昇って行った。

キムさんは、俺を神社の階段の前の石畳の上に寝かせ、頭頂部と胸に手を当てて、半年間毎朝行ってきた瞑想と呼吸法が合わさったものを行うように言った。

キムさんの手を通じて頭から冷たい気、胸からは熱い気が入ってきた。

やった事がなければ判らないが、両手に冷・熱両方の気を通す事は非常に難しい。

俺やPなどは『熱』は作れても『冷』の方は殆ど出来ない。

キムさんも俺たちと同様の修行をしたことがあり、恐らくは今でも継続していて高いレベルにあるのだろう。

暫くするとマサさんが水の詰まったペットボトルを持って階段を下りてきた。

どうにか落ち着いてきた俺は一本目のペットボトルの水を鼻から飲み込み、限界まで飲み込んだら吐き出すということを三回繰り返した。

二本目のボトルの水は、マサさんとキムさんが、俺の全身に吹き付けた。

それが終わると俺は階段を昇って神社の境内に入り、激しい呼吸・瞑想法を行った。

三時間ほど続けると俺は完全に回復した。

若い男が用意してあったGパンとTシャツ、パチ物のMA-1のジャンパーを着て車を乗り換えて俺達は出発した。

キムさんの家で丸三日休み、俺とマサさんは女のマンションの部屋に向かった。

女はここ暫く出勤していないそうだ。

女の在宅はキムさんの方で確認済みだった。

マサさんがインターホンを鳴らす。

訪問は伝えてあったのだろう、女は俺たちを部屋に招き入れた。

女はやつれていたが、かなりの美人だった。

ちょっと地味だが清楚で上品な雰囲気。

とても風俗で働くタイプには見えない。

やつれて憔悴してはいたが、目には強い力が在った。

非常に綺麗で澄んだ目をしていて、見ているだけで引き込まれそうな魅力がある。

凄まじい霊力を持っていると言われれば納得せざるを得ないものがあった。

しかし、この女からは人を恨むとか呪うといった邪悪なものは微塵も感じられなかった。
ドアを開けたとき女はギョッとしたような顔をしていた。

マサさんと話しをしている時も俺のことをしきりと気にしている様子だった。

思い切って俺は女に理由を尋ねてみた。

女は震える声で語った。

女の話では、ホテルが建って暫く経った頃から、昔住んでいた家の夢を良く見るようになったそうだ。

家の中には幼い自分一人しかいなくて、家族を探して広い家の中を歩き回るのだと言う。

そして、いつの間にか目が覚めて、涙を流しているのだと言う。

ある晩、酷い悪夢を見たそうだ。

風呂場と自分の部屋で繰り返し、何度も犯されたされたのだという。

夢と現実の区別が付かないほどリアルな夢だったそうだ。

気が付いた時、自分の手に刀が握られていたそうだ。

彼女は恐怖と怒りや憎しみで我を忘れて、彼女を犯した男を切り殺したと言う。

その男が俺だったと言うのだ。

それ以来、彼女は毎晩悪夢に襲われるようになった。

客に付いた男達が彼女を酷いやり方で襲ってくるのだという。

彼女が恐怖と絶望の絶頂に達した時に手に刀が握られていて、彼女は恐怖と怒りに駆られて、我を忘れて刀を振るったのだと言う。

しかし、その悪夢は一月ほどすると見なくなったと言う。

その代わりに急に体調が悪くなり、仕事中にボーッとして、接客中の記憶をなくしてしまうことが多くなった。

生理も止まってしまったらしい。

また、彼女は暫くすると新しい悪夢を見るようになったそうだ。

目の前に小さな男の子が二人いて、自分はいつもの刀を持っている。

そして、鬼の形相の亡くなった父親が彼女を棒や鞭で叩きながら目の前の子供を斬り殺せと責める。

父親の責めに負けて刀を振るおうとすると母親の声がしてきて止められるのだという。

マサさんは女に

「あなたのお父様は自殺なさったのではないですか?お母様もそのときに一緒に亡くなられたのではないですか?」

と尋ねた。

マサさんが言うとおり、彼女の両親は彼女の父親の無理心中により亡くなっていた。

彼女の父親は朝鮮人に対して激しい差別意識を持って嫌っていたらしい。

しかし、彼女の父親に金を貸したのは在日朝鮮人の老人だったそうだ。

彼女の祖父に戦前世話になった人物で、破格の条件で金を貸してくれていたそうだ。

バブルの絶頂期、手持ちの株などを処分すれば、それまでの借金は十分に返せたと言う。
彼女の母親も強く返済を勧めていたそうだ。

しかし、彼女の父親は「朝鮮人に金を返す必要などない。家族のいない爺さんがくたばればチャラだ」と借金を踏み倒す気でいたらしい。

彼女の父親の話は聞いていて胸糞の悪くなる話ばかりだった。

彼女も母親は慕っていたが父親の事を嫌っていたようだ。

バブルが弾け彼女の家の資産は大きなマイナスとなった。

マイナスを取り返そうとした父親は悪あがきをして更に傷口を広げた。

金策が尽きた父親は老人に更なる借金を申し込んだが、断られた。

その過程で彼女も借金の連帯保証人となった。

彼女の父親は娘を連帯保証人にしても当たり前で、借金を断った老人と朝鮮人を呪う言葉を吐き続けたそうだ。

間もなく老人は亡くなり、相続した養子も不況の煽りで破産した。

老人の持っていた債権は悪質な回収屋の手に渡った。

土地や屋敷を失い、それでも残った多額の借金に追われ自殺した彼女の父親の遺書には恨み言しか書かれていなかったそうだ。

彼女は母親の死を知っとき、勤務していた会社の給料では借金の利息も払いきれず、風俗で働く事が決まったとき自殺を考えたらしい。

しかし、その度に母の霊に止められたそうだ。

マサさんと俺は彼女の話を聞き、それまでの経緯を全て話した。

マサさんの目は怒っていたが、ふうーと息を大きく吐くと口を開いた。

「これは一種の呪詛ですね。家の代々の守護神を祭神にして、自分の妻を生贄に娘を呪物に仕立てた。悪質な呪詛だ。しかも、特定の人物ではなく朝鮮人なら誰でも良いといった無差別のね。更に、呪詛はあなた自身にも向けられている。お父上は相当な力をお持ちだったようだが、その魂は地獄に
繋がっているようですね」

呪詛は呪詛を掛けている事、掛けている人物が割れると効力を失うそうだ。

容易に呪詛を返されてしまうからだ。

しかし、本件では呪詛を仕掛けた本人は既に死んでおり、しかもその力は強い。

先ほどから襖の向こう側から猛烈に嫌な気配が漂って来ている。

マサさんは女に「奥の部屋に仏壇か遺骨がありますね?」と尋ねた。

女は仏壇がありますと答えて、襖を開けた。

俺は思わず「うわっ」と言った。

マサさんの井戸の周りで観たものと同質の、目には見えないものが仏壇から溢れ出てきていた。

これはやばい!

マサさんは女に位牌と父親の写真を額から出して持って来いと言った。

そして、母親の写真を持って俺と一緒にキムさんの家へ行けという。

状況がかなりやばいことだけは判った。

恐らく、マサさんの言葉で呪詛が破られ、悪霊の本体が動き出したのだ。

俺は女の手を引いて表で待っていたキムさんの車に乗った。

キムさんはすぐに車を発進させた。

キムさんは凄いスピードで車を走らせる。片側二車線の大通りの交差点を赤信号を無視して突っ切る。

背後の交差点からブレーキ音が聞こえる。

信号を三つほど進んでキムさんが車を止めた。

結界の外に出たらしい。

女の部屋を訪れる前に、俺がキムさんの家で寝込んでいる間に、土の露出した土地を探して、出来るだけ形を整えて結界を張ったのだと言う。

市街地ゆえに結界が予想以上に大きくなってしまったらしい。

キムさんの家に着くと、俺の腹の中や皮膚の下で蠢く虫のような感覚は消えていた。

体が異常に軽い。

こんなに体調が良いのは何年ぶりだろう?

女の顔も血色が良くなっている。

マサさんは翌朝キムさんの家に現れた。

マサさんは女に

「お母様の供養をしてあげてください。それと、神棚を作って実家で祀っていた神様を大事に扱って下さい。あなたのことを守ってくれるはずですよ」

と言った。

女を家に送って部屋を確認すると、これが同じ部屋かと思うくらいに雰囲気が明るく変わっていた。

位牌と女の父親の写真も無くなっていた。

父親の霊がどうなったかは聞かなかったが大方の予想はついた。

マサさんは道具を整えてもう一度『念のための』儀式を行ったが、悪霊の類は食い尽くされて残っていなかったそうだ。

俺とマサさんは前と同じように車を乗り換えながらPの待つあの場所へ戻った。

Pの話だと、マサさんが女の部屋を祓った晩、井戸から耳には聞こえないが頭の中に響き渡るような地獄の底から響いてくるような低い鳴き声が聞こえたそうである。

そして、朝になると体からすうーっと何かが抜け出ていったのを感じたのだという。

それは、井戸に吸い込まれては行かなかったらしい。

土地と俺達の縁を切る儀式を行い、俺達は歩いて結界を越えた。

まるで何もない土地であるかのように、今度は何の抵抗も感じなかった。

俺たちは、往きに立ち寄った電気量販店の駐車場でキムさんの車を待っていた。

車の中で、

俺「あの仏壇の中身は、今は井戸の中なのですか?」

マサ「ああ」

P「井戸から聞こえた声は?」

マサ「鬼の哭き声だ」「あの井戸の中身もいつかは浄化されて消えて無くなる日が来る。奴らもその日を待ち望んでいる。その日はまた遠くなったけれどな。お前達に憑いていた悪霊の声なのか、井戸の中にいたものの声なのかは俺にも判らないよ」

「で、久しぶりの娑婆だ。お前達、何がしたい?」

P「酒」

俺「女」

マサさんは鼻で哂った。

キムさんの車がやってきた。

俺達はマサさんの車を降り、去ってゆくマサさんを見送った。

(了)

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