小さい頃から、何度も同じ夢を見る。
夢の中で「ああ……まただ」と思う。けれど、目が覚めた瞬間、その内容は霧のように消え失せる。
ただ、同じ夢を見たという確信だけが残り、胸の奥を押しつぶすような懐かしさと、喪失感と、どうしようもない帰郷欲のような感情が押し寄せる。戻りたい、帰りたい……そんな衝動に吐き気が混じる。
思い出そうとすればするほど、こめかみが内側から殴られるように痛む。
去年のある日、またその夢を見た。
私は決意して、起きてすぐに手帳を開き、できる限り細かく内容を書き留めた。震えるような感覚を無理やり押さえ込み、引き出しにしまった。
そして、何事もなかったかのように支度をして仕事に出た。
もちろん、数時間後には夢の細部はすっかり忘れていた。帰宅して、メモを読み返せば思い出せる……そう思っていた。
しかし、帰宅して引き出しを開けると、そこにあるはずのページは、きれいに破り取られていた。
ゴミ箱を探したが、紙はない。泥棒かと考えたが、金目のものは手つかずだった。
意味が分からず、ただ気味が悪かった。だから壁に掛けてあるカレンダーの、その日付に赤い丸をつけ「不思議夢」と書き込んだ。
翌朝、カレンダーが茶色く変色していた。
まるで何年も日光に晒されたかのように。赤い丸も、文字も、すでに薄れて判読しづらい。
背筋に冷たいものが這い上がり、部屋そのものに原因があるのではと思い、引っ越すことを決めた。
荷造りの最中、本棚を動かした。
それは大人の男三人がかりでやっと運び出せるほどの重さで、私ひとりでは絶対に動かせない。
その裏側に、日焼けしていない真っ白な壁が現れた。
そこには、私の筆跡でこう書かれていた。
「元の時代に帰りたい帰りたい帰りたい殺さないで戻して!戻して!!戻して!!!」
最初は小さな字。だが「殺さないで」のあたりから、紙が破れそうな勢いで大きく殴り書きになっている。
さらに、その下には見知らぬ外国語がいくつも連なっていた。
私は書いた覚えがない。夢遊病かと考えたが、夜中にこんな本棚を動かして、壁に落書きする自分を想像するだけで、喉が凍るように乾いた。
今年はまだあの夢を見ていない。
でも、もう夢の内容を記録しようとは思わない。知ってはいけないことのような気がしてならない。
それでも、証拠を残すべきかという思いは捨てきれず、壁の文字を携帯で撮影した。
引っ越しを手伝ってくれた親戚二人も面白がって同じように撮った。
シャッターを切った瞬間、私の携帯は電源が落ちた。
親戚の携帯も同時に。
「たまにあるよね」などと笑ってごまかしたが、三人とも電源がしばらく入らなかった。ようやく復帰した時、写真は保存されていなかった。まるで撮影そのものが拒絶されたように。
引っ越し先の壁は白く、静かだ。だが、本棚を置く位置を決めるたび、あの文字が浮かび上がる気がして落ち着かない。
一度だけ、心療内科に行ったことがある。
異常はないと言われたが、待合室の雰囲気が肌に合わず、その一回きりでやめた。
その日のことは、半ば忘れかけていた。
だが、思い出す。受付の横に座っていた、三十歳前後の女。全身真っ白のレースの服を着て、大きな人形を抱えていた。
どこの国かわからない言葉で歌を歌っていた。
不思議な旋律に耳を奪われた瞬間、夢の後の、あの胸を押しつぶすような感覚がよみがえった。
彼女は急に私を見つめ、歌をやめた。
そして、甘やかな歌声からは想像できないほど低く湿った声で、笑いながら言った。
「懐かしいでしょう?あなたが昔、歌ってたわ。
身分違いの恋をしたから、嫉妬されて地獄に突き落とされたのよ。
知らなかったでしょう?」
その声が骨の奥にしみ込むようで、吐き気をこらえた。
隣にいた、彼女の母らしき女性が平謝りしていた。
その場では、ただの病んだ人と片付けた。だが、今になると違う気がする。
あれは、私の夢の奥に潜む何かを知っている目だった。
夢は、まだ続いているのかもしれない。
私は、起きている時でさえ、夢の中を歩いているのかもしれない。
そして、どこかで、またあの声が私を呼ぶ気がしてならない。
[出典:789 :本当にあった怖い名無し:2011/07/25(月) 23:19:52.27 ID:Fykhyl2UO]