ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 洒落にならない怖い話

拒否できない着信 rw+4,162

投稿日:

Sponsord Link

二十年前に死んだ兄のことを、いまも鮮明に覚えている。

血がつながっているからというより、私たちはほとんど双子のようだった。考えることも、走り出すタイミングも同じで、私はいつも兄の半歩後ろを影のようについて歩いていた。学校から帰るとランドセルを放り投げ、近所の空き地で基地ごっこをする。それが毎日の決まりだった。夕焼けに染まる草むらで、秘密の作戦を練り、空き缶を手榴弾に見立てて投げ合う。世界は狭く、全部が安全だった。

あの日も、そうだった。五月十八日の夕方。夏の匂いが混じり始めた風の中で兄と取っ組み合っている最中、急に腹の奥がきゅっと痛んだ。トイレに行きたくなったのだ。

「すぐ戻る」

そう言って、私は家へ走った。

家には母がいなかった。買い物だろう。玄関の鍵は開いていて、畳の上に夕暮れの光が細く伸びていた。

そのとき、黒電話が鳴った。

リーン……。

一度だけ鳴り、沈黙が落ちる。数秒後、また。

リーン……。

普段の電話と違う。間が、長すぎる。音と音のあいだに、何かが忍び込んでくるような感覚があった。部屋の温度が、一段落ちた気がした。

怖くて、受話器に触れられなかった。電話は数回鳴り、何事もなかったように止んだ。誰かに見られているような、不快な感覚だけが残った。

十分ほどして、また鳴った。同じ調子で、同じ間隔で。

逃げたいのに、足が動かない。母かもしれないという考えが、わずかな言い訳になり、私は受話器を取っていた。

「早坂さんですか」

低く、湿った声だった。遠く、底のない場所から響いてくるようで、耳の奥を直接撫でられる。

「……はい」

「早坂聖人さんが、選ばれました」

兄の名前だった。

意味が分からず、私は反射的に「ありがとうございます」と言っていた。男は「さようなら」とだけ告げ、電話は切れた。

受話器を置いても、ベルの余韻が頭の中で鳴り続けていた。

母が帰ってきたとき、私は電話の話をした。「兄が何か当たったみたい」と、軽い調子で。早く兄に伝えたかった。からかってやろうと思っていた。

兄は帰ってこなかった。

夜になり、懐中電灯を持った近所の人たちが集まり、空き地や用水路を探し回った。母の顔から血の気が引いていくのを、私は黙って見ていた。

翌日、兄は見つかった。用水路の底で、冷たくなって。

私は叫び、泣き、昨日の電話のことを全部話した。警察が動き、電話局も調べた。

だが、記録はなかった。あの時間帯に、着信は一切ない。

兄の死は事故だった。足を滑らせて落ちた。それで終わった。

何度も考えた。夢だったのかもしれない、と。けれど、あの不自然なベルの間隔だけは、どうしても忘れられない。

リーン……五秒の沈黙……リーン……。

人間の時間とは違う流れで、呼び出されていた気がしてならなかった。

それから二十年が経った。私は大人になり、家庭を持った。日常は穏やかで、兄のことを思い出さない日もある。

けれど、五月十八日が近づくと、胸の奥がざらつき始める。

先日、夕飯の支度中に物置から音がした。錆びたベルのような、鈍い音。あそこには、使わなくなった黒電話を仕舞ってある。

回線は切れている。ただのガラクタのはずだ。

それでも、私は扉を開けていた。埃をかぶった黒電話が暗がりに置かれている。受話器が、わずかに震えているように見えた。

リーン……五秒……リーン……。

気づけば、私は受話器を掴んでいた。

「早坂さんですか」

二十年前と同じ声だった。背中を冷たい手で押さえつけられ、逃げるという発想そのものが消えた。

「……はい」

「早坂美沙さんが、選ばれました」

自分の名前だった。

低い笑い声が漏れ、電話は切れた。

台所に戻ると、火にかけていた味噌汁は、湯気も立てず冷え切っていた。

それから私は、毎晩耳を澄ましている。澄ませまいとしても、勝手に意識が音を探してしまう。

もう分かっている。あの電話は、拒否を想定していない。

兄がそうだったように、私もただ呼ばれるだけだ。

いつ鳴るかは分からない。
だが、鳴らないという選択肢だけは、もう残されていない。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 洒落にならない怖い話

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.