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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

八年目の再会 n+

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今でも、あの街角の湿気を帯びた空気を思い出すと、喉の奥がざらつく。

一九九七年の六月二十六日、薄曇りで、アスファルトがぬめるような午後だった。
あのとき何が起こったのか――いや、何を「見てしまった」のか、長らく答えが出ないままだったが、
つい先月、その謎は唐突に、ほとんど残酷なまでの平静さで、解けてしまったのだ。

当時の俺は、中国地方の中心都市、雑居ビルと電光掲示板がひしめく繁華街――その中心に位置するM町で、ホストのバイトをしていた。
学生だった俺は、金に困っていたというより、もっと別の、今思えば実にくだらない欲求で動いていた。
同伴の女客と待ち合わせをしていたあの午後、M町の中心にある大きな液晶スクリーンからは、Jリーグ中継のけたたましい実況が響いていたが、
俺の立っていた歩道の周囲だけは、不思議と音が吸い取られたように静かだった。

そして、ふと気づくと、通りの向こう――百メートルほど離れた場所に、ひとりの少女がこちらを凝視していた。

年の頃は十代の終わりか、二十歳そこそこに見えた。
隣には、やや年上に見える女性が立っており、二人は仲良くアイスを食べていた。
それ自体は何の変哲もない光景だ。だが、その少女だけが、まるで時間の流れから切り離されたように、動かず、瞬きもせず、
俺を――いや、「俺の存在そのもの」を見透かすように見ていたのだ。

金髪に真っ黒なスーツという当時の俺の出で立ちは、目立って仕方なかった。
夏の蒸し暑い日中にそんな格好をしていれば、視線の一つや二つは当然だ。
だが、その視線には明らかな「意図」があった。言葉にならないが、確かに伝わってくるものがあった。

ポケットからピッチ(PHS)を取り出すと、画面に「アト二〇フンデトウチャクナリ」という文字。
俺は舌打ちしながらタバコに火をつけようとした。

すると、さっきの少女とその連れが、こちらに向かって歩いてきていた。

何も異様なことはない。
ただの通行人。若い女がふたり、楽しげに歩いているだけ――
のはずだった。

すれ違いざま、少女はふと俺の顔を見上げて、ふわりと微笑みながら言った。

「あと八年後やねー」

耳を疑った。言葉の意味が、脳に定着するまで数秒かかった。

咥えたばかりのタバコが落ちそうになり、俺は振り向いた。
だが彼女たちはもう、歩道の人波に紛れてしまっていた。

「俺に言ったのか? いや……まさか……でも……」
繰り返す自問に答えは出なかった。
同伴で現れた客にそのことを話すと、「誰がそげなこと言うんよー、気味悪っ」と笑われただけだった。

以後、何事も起こらなかった。
ホストのバイトはすぐに辞めた。
金にもならないし、単位もヤバかったから、普通の大学生としての生活に戻った。

年月は過ぎた。
あの少女のことも、いつしか記憶の棚の奥へ押し込まれた。
ただ、あの「八年後やねー」という言葉だけは、薄皮のように脳裏に張り付いていた。

そして――

二〇〇九年七月五日。
俺の妻が亡くなった。
長い闘病生活だった。
最期は眠るように息を引き取った。
もう苦しまなくていい。そう思うと、悲しさよりも安堵が勝った。

彼女が遺したアルバムを整理していたときだった。
数えきれないほどの写真の束。旅先での笑顔、友人たちとのスナップ、なぜか何枚も同じポーズで撮ったような無意味な連写。
それらを眺めながら、少しずつ時を巻き戻すように、写真は彼女の過去を遡っていった。

そして、ある一枚が目に飛び込んできた。

そこには、見覚えのある街の風景が写っていた。
M町のランドマーク、Kビルの前で、アイスを持ったふたりの女性が、ピースサインで笑っていた。
ひとりは、俺の知らない若き日の妻。
もうひとりは、あの日の――あの時の――あの少女だった。

「……まさか……」

裏面の日付は、明確に書かれていた。

一九九七年六月二十六日。

思わず声が出た。
手が震えて、写真を落としそうになった。

裏には、彼女の丸い文字で、こう書かれていた。

「なんか運命を感じた旅行かも」

あのときの「八年後やねー」は――
この再会を指していたのだろうか。
いや、そもそも彼女は、そのときのことを覚えてすらいなかった。
生前、M町の話をしても、興味なさそうに「行ったことあったっけ?」と笑っていた。
夢でも見たんやろ、とでも言いたげに。

俺と彼女が「初めて出会った」のは、二〇〇五年十一月。
ちょうど、あの言葉から「八年後」の出来事だった。

だとすれば……
彼女は、何を見ていたのか。
なぜ、あの場所に居たのか。
そして――なぜ、その言葉を発したのか。

もう、それを確かめる術はない。
彼女はもういないのだから。

あれは、ただの偶然だったのかもしれない。
だが、「偶然」という言葉は、あまりにも無責任で、あまりにも都合が良すぎる気がする。

もしかしたら、俺たちは、
「出会ってしまった」のではなく、
「出会わされていた」のかもしれない。

誰かの手によって。
何かの意志によって。

いや、やっぱり……気のせいか。

だって俺は、そんな運命だの奇跡だのを信じるほど、ロマンチストじゃない。

けれど、それでも。

あの湿気の午後の空気を思い出すたびに、
「八年後やねー」という声が、耳の奥でくすぶっている。

もう一度だけ、彼女の声で、その言葉を聞きたかった。
何の気なしの冗談であったとしても。
もしかしたら――そうじゃなかったかもしれないのだから。

[出典:664 :本当にあった怖い名無し:2010/03/29(月) 06:34:01 ID:nbTh4z3/0]

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