首輪爆弾銀行強盗事件
2003年8月。アメリカのエリー湖に近いペンシルバニア州のPNC銀行で強盗が起こった。
銀行強盗はお金を奪うことには成功したが、銀行の外で待ち構えていた警察にあっさり捕まってしまった。
しかしこの銀行強盗はただの銀行強盗ではなかった。
強盗は叫ぶ。
「俺の首輪がついているだろ。この首輪に爆弾がついている!もうすぐ爆発する!」
男の身柄はすぐに判明した。自分で自分の身元を叫んだからだ。
彼はピザ配達人のブライアン・ウェルズ。46歳。
この街で30年おとなしくピザの配達をしている男だ。
ピザを届けに行ったところ、客に拳銃をつきつけられ、この首輪をはめられた、と言う。
「この首輪には時限爆弾がついている。銀行に行って強盗をしてこい。その金を持ってきて帰って来たら爆弾を解除してやる、と言われたんだ。俺は被害者なんだ」と叫ぶ。
「この爆弾にはトリップコードが仕掛けられていて、誤って処理すると爆発する、と言われている」と男。
しかし警察は半信半疑。まさかこんな首輪に爆弾がついているとも思えない。
しかしその可能性も否定できない。
この男が狂言で首輪をはめて銀行強盗しているだけという可能性だって有る。
しかしブライアンの切迫した言葉も嘘には見えない。
いずれにせよ警察だけでは対応できないと、警察は爆弾処理班を呼んだ。
爆弾処理班を待っている間、銀行強盗がニュースになり、テレビ局が各局犯行現場へ集まり、その不可思議な首輪男を撮影し始めた。
ブライアンも手錠がかけられながらも、焦り叫びながらも力なく地べたにへたり込む。
しかし……
処理班が到着する3分前に、首輪が爆発したのだ。
その瞬間もテレビで中継されたらしい。
頭部と胸部が砕けて、そのまま倒れたと視聴した人間の弁。
まさに映画「バトル・ロワイヤル」そのままの首輪時限爆弾。想像がリアリティを越えた瞬間だった。
警察もメディアもそして世間も誰もがこの事件について議論し始めた。
結局、この事件は何だったのか。
誰が何のためにピザ配達人を呼んで首輪をはめたのか。
果たしてそんな精巧な首輪をつくる人物とは何者なのか。
実はやっぱりブライアンの狂言だったのか。
爆発するリスクを犯してまで銀行強盗ができるのか。
ブライアンの証言と爆発の時間から考えると、爆発までブライアンが与えられた猶予時間は50分となる。
そもそも50分という時間は、銀行強盗をやって戻ってくるだけの余裕ある時間とは言えない。
首輪をつくってはめた人間がいたとして、本当に銀行強盗をさせるための目的だったのか。
精巧な爆弾をつくれるのに50分しか猶予を与えなかった理由は何なのか。
しかし、もっと不可解なことが、ブライアンのシャツにあった。
ブライアンのシャツに「GUESS」と書かれてあるのだ。
「GUESS」は推測する、などの意。
これが、ブランドの「GUESS」のシャツではないのだ。
手書きでわざわざ書いてあったものなのである。
つまり犯人がわざわざブライアンに着させていたのだ。
あたかも犯人が「この事件は何だと思う?」と世界を挑発しているかのように。
謎が謎のまま事件は闇に葬られた。
ブライアンが爆弾で死んでしまった以上、事件は謎のまま終わるものだと思われた。
しかし、この不可解な事件から4年近くたった7月になって、容疑者と目される人物が起訴された。
容疑者とは?
2003年の首輪爆弾銀行強盗事件で起訴されたのは、女性だった。
マージョリー・ディール・アームストロングという五十八歳の女性。
まずはこう思うだろう。なぜこれほど起訴までに時間がかかったのか。
このマージョリー、実はは別件で逮捕され、二〇年の刑期の受刑中なのであった。
その罪とは、内縁の夫をショットガンで殺害して、大型冷凍庫でその死体を保存し、その死体を粉砕しようとして逮捕されたという、映画さながらの異常人格者なのである。
ブライアンの事件と関連性が見当たらず、獄中であったので、起訴まで時間がかかったのだ。
で、このマージョリーと銀行強盗事件との関連であるが、実はこのマージョリーが夫を殺害した理由が、銀行強盗計画を考えてことがバレてしまい、殺害した、という可能性が出てきたのだ。
マージョリーは1984年にも同様に内縁の夫を殺害していた。
当時は夫が虐待で止むに止まれず殺害した、ということで、法廷では無罪が言い渡されていたが、こちらも何かの謀略があったのではないかと再調査を始めた。
ブライアンとの関連はともかく、マージョリーが銀行強盗を企んだ理由とは何なのか。
その動機を警察が問うと、マージョリーが供述したこの動機がまた人間の想像を越える恐ろしい計画なのだ。
このマージョリーの家は裕福であり、父親は相当の資産持ち。
この父親の財産を手に入れようと、遺産目当てで殺害するために、父親を殺害する殺し屋を雇うために銀行強盗を計画した、と供述してるという。
まるで映画以上の血も涙もない冷血人間である。
マージョリーの弁護士は言ったらしい。
「そんなことはないでしょう!」
「だいたいこの女性がそんな精巧な首輪爆弾をつくれるはずがないしょう」と。
確かにそうだ。
そのため弁護士は弁護士で自主的にブライアン事件とマージョリーの身辺を調べたところ、何とまた別の犯人と目される人物を俎上にあげた。
その人物とは?!
マージョリーの弁護士が犯人と目した人物は、ウィリアム・ロス・ステイン。男性。60歳。職業は電気配線工。
近所では「発明おじさん」として有名であったものの、一方ではちょっとしたマッドサイエンティストだったらしい。
実は銀行強盗事件のとき、首輪爆弾以外にも細工をほどこしたツールがあったのだ。
例えば、ブライアンが銀行強盗時に利用した銃は、仕込み銃だった。いわゆる紳士が持つようなステッキの中に銃を仕込んであったのだ。
こんな人物であるなら首輪爆弾をつくることもたやすいだろう。
そして、マージョリーとの関連はと言うと、前に登場した大型冷凍庫。
この大型冷蔵庫をつくったのが、何とこのウィリアムだった。
しかし弁護士が調べるうちに、ここからまたマージョリーとウィリアムとの屈折した人間関係があらわとなる。
マージョリーの逮捕。内縁の夫の死体遺棄を警察に通報したのは、実はウィリアムだったのだ。
しかも、最初の夫、それから冷凍しようとした夫、2人とも紹介したのもウィリアムなのだ。
そしてもっと恐ろしいことも判明した。
ウィリアムと銀行強盗をしたブライアンは、なんと既知の関係だったのだ。
つまり、首輪は強制的にはめられたわけではない、とも考えられるのだ。相手を知っての上で、首輪爆弾をはめたのだ。
ブライアンに首輪をはめて、そのあとで「これは爆弾が仕組まれてある」と言ったとしか考えられないということだ。
顔見知りの人間に時限爆弾を仕込ませ、銀行強盗を強要させるとしたら、尋常の神経じゃない。
そのブライアン事件の核心であるウィリアムはどこにいたかというと……
マージョリーの逮捕された翌年に病死しているのだ。
結局、またしても真相は闇の中
ウィリアムがブライアン事件の犯人である確たる証拠はまだ見つかっていないが、数々の証拠からウィリアムの人物像が浮かび上がった。
例えば、幼女暴行魔を匿っていたことがわかった。彼に食事を与え、街に放っていたというのだ。
もはや人間のやることではない。首輪爆弾の経緯も考えれば、悪魔としか言いようがない。
したがって、ブライアンの銀行強盗に関しても、銀行強盗させること自体が目的だったのではないか、と考えられるのだ。
なぜなら銀行強盗した額は日本円で90万円ほどだったらしい。
いかんせんペンシルバニアの小都市であったので、それくらいしか銀行には現金はなかったのだろう。
本当に強盗で金が目的なら、もっと智恵の働かせ方があるだろう。
次々と浮かび上がってくるウィリアムの人物像。
人を操って悪を働かせる、映画以上に冷酷で非道な人間。
現在、マージョリーは「銀行強盗計画はウィリアムにやらされた」と弁護士をとおして主張しているという。
たしかにこの状況だとマージョリーは銀行強盗に関与していないし、ウィリアムがこの世にいないのなら、マージョリーは自分の無罪を主張し続けるだろう。
(了)