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中編 r+ 洒落にならない怖い話

礫ヶ沢 rc+4,124

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礫ヶ沢(つぶてがさわ)の水は、いつ行っても腐った金物のような臭いがする。

実家の裏山を二時間ほど登り、獣道ともつかない藪を抜けた先にその場所はある。四方を切り立った崖に囲まれ、太陽が真上に来る僅かな時間しか光が届かない。だから常に薄暗く、河原の石はどれも苔と湿気でぬめっている。水の流れは遅く、澱んだ淵には何が沈んでいるか分からない黒さがあった。

私がその場所を忌避するのは、単に足場が悪いからではない。あそこには「意思」のような粘り気があるからだ。

祖母が生きていた頃、私は繰り返しある石の話を聞かされた。
「鬼の礫(つぶて)」と呼ばれるその石は、礫ヶ沢の河原でのみ見つかるという。大きさは赤子の拳ほど。色は周囲の石と同じ灰色だが、質感が違う。硬い石であるはずなのに、指で強く押すと微かに弾力を感じるような、奇妙な生々しさがあるらしい。表面には指で握り潰したような痕があり、それが人間の指紋とは逆の渦を巻いているとも言われていた。

「いいかい、もしその石を見つけても、決して家に持ち帰ってはならんよ」

祖母はいつも、火の消えかけた囲炉裏の縁を指でなぞりながら、低い声で言った。
「見つけたらすぐに、『鬼の礫は向こう岸』と唱えて、川の向こうへ投げ入れなきゃならん。そうしないと、鬼が石を取りに来る。石を持った人間を、新しい鬼にするために」

子供だった私は、祖母の瞳の奥に、単なる言い伝え以上の恐怖が張り付いているのを見ていた。それは物語を語る人間の目ではなく、決して思い出してはならない光景を、瞼の裏で再生してしまっている人間の目だった。

祖母が九つの時の話だという。

昭和の初め、娯楽のない山村の子供たちの間で「つぶて鬼」という遊びが流行った。
ルールは単純だ。鬼が「鬼の礫」を持って他の子供を追いかけ、石をぶつける。ぶつけられた者は次の鬼となり、また誰かを探して石を投げる。
だが、奇妙な決まりごとがあった。鬼が使う石は、必ず礫ヶ沢で見つけた本物の「鬼の礫」でなければならない。そして遊び終わった後は、必ずその石を川へ投げ返し、「鬼の礫は向こう岸」と叫んで清算せねばならない。

ある秋の暮れ、祖母は近所の子供たちと礫ヶ沢へ降りた。
その日は妙に霧が濃く、少し離れた場所にいる友人の顔すらぼやけて見えたそうだ。祖母は夕飯の支度があるため、遊びの途中で一人、山を降りた。
「お先に」と声をかけた時、背後の霧の中から、何かが水に落ちる重い音が聞こえたという。チャポン、という軽い音ではない。ボチャン、と何かが引きずり込まれるような音。

その夜、村の一軒家で惨劇が起きた。
最後まで遊びに残っていた少年の家だった。
翌朝、回覧板を届けに行った村人が発見した時、家の中は朱に染まっていた。祖父、祖母、母親。三人が土間で、まるで脱穀機にかけられたかのように破壊されていた。凶器は包丁と見られたが、傷口があまりに無惨で、肉が骨から削ぎ落とされていたという。
そして、肝臓だけが綺麗に抜き取られ、行方不明になっていた。

「人がやった業(わざ)じゃなかった」
祖母は震える手で茶碗を握りしめながら語った。
「血の匂いが三日三晩、村から消えなかったんだ」

騒ぎの中、姿を消していたその家の子供が見つかったのは、昼過ぎのことだった。
子供は駐在所の裏にある古井戸の縁に座り、ぼんやりと空を見上げていた。駐在が駆け寄ると、子供はゆっくりと顔を向けた。
その形相は、昨日までの彼とは違っていた。眼球が左右別々の方向を向き、口元からは泡混じりの涎(よだれ)が糸を引いている。そして何より異様だったのは、彼の影だった。
秋の日は低く、地面に長く伸びた子供の影。その頭の部分から、二本の突起がはっきりと伸びていた。
まるで、角のように。

祖母はその時、子供の手元を見てしまった。
泥と血にまみれた右手が、固く何かを握りしめている。指の隙間から覗く、粘土のような灰色の石。
彼は「鬼の礫は向こう岸」を行わなかったのだ。
鬼を終わらせず、鬼を持ったまま、家へ帰ったのだ。

それ以来、村で「つぶて鬼」の名を口にする者は誰もいなくなった。

そんな話も、私が大人になるにつれて記憶の隅へ追いやられていた。
今年の夏、大学のゼミ仲間である加藤、下田、菅野の三人が、私の実家へ遊びに来るまでは。
都会育ちの彼らにとって、私の故郷は「エモい」田舎の風景でしかなかった。コンビニまで車で三十分かかる不便さも、虫の多さも、彼らにとってはアトラクションの一部だった。

「で、ここら辺に心霊スポットとかないの?」
夕食のバーベキューで酒が回った加藤が、にやけた顔で訊いてきた。
私は嫌な予感を覚えながらも、適当な廃屋の話でお茶を濁そうとした。だが、酔った勢いで口が滑った。「礫ヶ沢」という地名を出してしまったのだ。

「へえ、鬼ごっこで一家惨殺? 最高じゃん」
加藤の目が輝いた。オカルトマニアを自称する彼は、そういう話に目がない。
「明日行こうぜ。その石探して、俺たちもやろうよ、つぶて鬼」
私は全力で止めた。祖母のあの目を、声の震えを覚えていたからだ。
だが、下田と菅野は「お前がビビりすぎなんだよ」「ただの石だろ」と笑い飛ばす。
結局、私は案内役を拒否し、彼らだけで山へ行くことになった。場所を教えなければ勝手に探すと言われ、仕方なく大まかなルートだけを伝えたのだ。

翌日の夕方、三人は泥だらけになって帰ってきた。
「マジであったわ、変な石」
加藤が興奮気味に言った。その手には、何も持っていない。
「ちゃんと捨ててきたよな? 川に」
私が食い気味に訊くと、三人は顔を見合わせてニヤニヤと笑った。
「ああ、捨てた捨てた。ちゃんと呪文も唱えたぜ」
菅野が軽い調子で言う。
その時、私は彼らの衣服から、あの礫ヶ沢特有の、腐った金物のような臭いが漂っていることに気づいた。そして、妙な違和感があった。
下田の左手の爪の間が、黒く汚れている。泥ではない。もっと粘着質で、油のような黒い染み。

彼らは二泊して東京へ帰っていった。
私は彼らが無事だったことに安堵し、祖母の話も所詮は昔の怪談だったのだと自分に言い聞かせた。

だが、異変はその二ヶ月後に始まった。

秋学期が始まり、キャンパスの銀杏並木が色づき始めた頃だ。
加藤が大学に来なくなった。
最初のうちは風邪でも引いたのだろうと思っていたが、二週間経っても連絡がつかない。下田と菅野に訊いても、「知らねえ」「連絡ない」と素っ気ない。
それどころか、下田と菅野の様子もおかしい。
かつては講義中にふざけ合っていた二人だが、最近は互いに距離を置いているように見える。食堂で偶然見かけた時も、二人は別々のテーブルに座り、虚空を見つめながら機械的に箸を動かしていた。

私は胸騒ぎを抑えきれず、オカルト研究会の部室を訪ねた。加藤はそこに所属していたからだ。
部室には独特の埃っぽさと、線香の匂いが立ち込めていた。
「加藤? ああ、あいつなら最近見ないですね」
部員の黒木という男が、本から顔を上げずに答えた。教育学部の地学研究室にいる院生で、石の収集が趣味だと聞いたことがある。
「そうですか……実は夏休みに、あいつらと怪談話をして」
私が言いかけた時、黒木の手が止まった。
「礫ヶ沢、ですか」
背筋が凍った。私は場所の名前など出していない。
黒木はゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、爬虫類のように動かずに私を見据えている。
「加藤君から聞きましたよ。面白い石があるって。握ると指の跡が残る、不思議な石が」

黒木は机の引き出しを開けた。
カタリ、と乾いた音がした。
「これのことですかね」

彼が取り出したのは、まさに祖母の話にあった通りの石だった。
灰色で、不定形で、表面には生々しい指の圧痕がついている。
「なんで、ここに……」
私の声は震えていた。
「加藤君たちが持ってきたんですよ。お土産だって」
黒木は薄く笑った。その笑顔には、人間的な感情が欠落していた。
「彼ら、嘘をついたんですね。川には捨てなかった。持ち帰って、どうなるか試したかった。でも、怖くなったから僕に押し付けた」
黒木は石を愛おしげに撫でた。石の表面が、彼の指に合わせて微かにへこんだように見えた。
「でも、これ素晴らしいですよ。石なのに、温度があるんです。夜になるとね、脈打つんですよ。ドク、ドクって」

私は逃げ出したかった。だが、足が床に縫い付けられたように動かない。
「それでね、僕たちで続きをやったんです」
「続き?」
「つぶて鬼ですよ。加藤君と、川村君と、僕で。夜の国道で」

黒木の語る内容は、常軌を逸していた。
石を受け取った黒木は、その夜、加藤たちをドライブに誘ったという。
車内という密室。高速で流れる夜景。その中で、彼らは石を回した。
最初は冗談半分だった。だが、黒木が石を握った瞬間、彼の内側で何かが弾けた。
「痛くないんですよ、ぶつけても。肉に沈むんです。だから、もっと強く、もっと深く、相手の中に石を埋めたくなる」

黒木の話によれば、運転していた川村はその日のうちに事故を起こした。
ハンドルを握る手が勝手に動き、陸橋の欄干へ突っ込んだらしい。
そして加藤は、その事故現場から逃げ出し、今はアパートに引きこもっているという。

「次は僕が鬼なんです」
黒木は嬉しそうに呟いた。
「でも、この石はもう満腹だと言っている。だから、新しい器が必要なんです」
彼は石を握りしめたまま立ち上がった。
その瞬間、部室の蛍光灯がジジジと音を立てて明滅した。
明滅の合間に、私は見た。
黒木の足元から伸びる影。その頭部に、二本の太い角のようなものが生えているのを。
それは髪型の乱れや、本の影などではない。
明確な、生物的な意思を持った「角」のシルエットだった。

私は悲鳴を上げ、部室を飛び出した。
背後で、黒木の高笑いが聞こえた気がしたが、振り返る余裕などなかった。

加藤のアパートは、大学から二駅離れた古い木造モルタルだった。

私は息を切らせて階段を駆け上がり、二〇三号室のチャイムを連打した。応答はない。だが、ドアノブに手をかけると鍵は開いていた。
「加藤! 俺だ、開けるぞ!」
鉄の扉を開けると、酸っぱい異臭が鼻をついた。カップラーメンの残骸、脱ぎ捨てられた服、そして排泄物の臭い。
部屋の奥、カーテンを閉め切った暗闇の中で、布団の塊が震えていた。

「来るな……石を……石を持ってくるな……」
加藤の声は枯れ、老婆のように掠れていた。
私は靴のまま上がり込み、布団を剥ぎ取った。
加藤の姿に、私は息を飲んだ。
痩せこけて眼窩が落ち窪んでいるのは予想通りだったが、その肌の色が異常だった。土気色を通り越し、あの礫ヶ沢の石と同じ、生気のない灰色に変色していたのだ。
そして、彼の体には無数の痣があった。丸く、赤黒い痣。それは何かが強く押し付けられた痕跡に見えた。

「黒木が来る」
加藤は私の腕を掴んだ。その力は万力のように強く、爪が食い込んだ。
「あいつ、わざと川村に事故らせたんだ。俺たちが石を押し付けたから、怒ってるんじゃない。楽しんでるんだ。石が、あいつを選んだんだ」
「落ち着け、警察を呼ぶ」
私がスマホを取り出そうとした時、加藤が絶叫した。
「ダメだ! 警察なんか呼んだら、外に出される! 外に出たら、石を投げられる!」
錯乱する加藤をなだめていると、ベランダの窓ガラスが、コツン、と鳴った。

二階だぞ、ここは。
私は凍りついた。
コツン。コツン。
硬いものがガラスに当たる音。
遮光カーテンの隙間から、夕闇が漏れている。その隙間に、顔があった。
泥だらけの顔。眼鏡が割れ、片方のレンズがない。
黒木だった。
彼はベランダの手すりをよじ登り、窓の外に張り付いていた。
その右手には、あの灰色の石が握られている。
そして左手には、錆びたカッターナイフを持っていた。

「みーつけた」
ガラス越しでも、その口の動きが分かった。
次の瞬間、黒木は石ではなく、自分の頭を窓ガラスに叩きつけた。
ガンッ! ガンッ!
蜘蛛の巣状に亀裂が走る。
「開けてよ、加藤君。鬼の交代だ」

狂気じみた声と共に、ガラスが砕け散った。

黒木が部屋になだれ込んできた。
私は咄嗟に近くにあったパイプ椅子を構えた。
「黒木! やめろ!」
私の声など届いていない。黒木の目は完全に焦点を失い、白目の部分が黄色く濁っていた。彼は獣のような低い唸り声を上げながら、カッターを無造作に振り回す。
「邪魔だ」
黒木がカッターを一閃させる。私は椅子で防いだが、衝撃で腕が痺れた。人間が出せる筋力ではない。
加藤は部屋の隅で頭を抱え、「うあああ」と悲鳴を上げ続けている。

「礫、礫、礫……」
黒木は呪文のように呟きながら、右手の石を振りかぶった。
狙いは私ではない。加藤だ。
私は黒木の腰にタックルした。もつれ合い、床に倒れ込む。
腐った泥の臭いと、鉄の臭いが鼻腔を蹂躙する。
黒木の体は氷のように冷たかった。
「離せぇ!」
黒木が私の肩に噛みついた。激痛が走る。私は悲鳴を上げながら、彼の手首を掴み、石を落とさせようとした。
握力が異常に強い。指が石に癒着しているかのようだ。
揉み合いの中で、黒木の手から石が離れた。
コロコロと乾いた音を立てて、石は部屋の隅、倒れた本棚の下へと転がっていった。

「あああ! 俺の石! 俺の鬼!」
黒木が絶叫し、私を振りほどいて石の方へ這っていこうとする。
その隙を見て、私は加藤を引きずり、玄関へと走った。
「逃げるぞ!」
アパートの廊下へ飛び出す。
背後から、獣の咆哮のような叫び声が聞こえた。

通報を受けた警官たちが到着したのは、それから十分後のことだった。
黒木は部屋の中で暴れ回り、最終的には駆けつけた三人の警官によって取り押さえられた。
彼は署へ連行される間も、「石がない、石がない」と泣き叫んでいたという。

事件の後始末は、苦いものだった。

黒木は重度の精神錯乱と診断され、措置入院となった。川村は事故の後遺症で一生車椅子生活だという。
加藤は実家に連れ戻され、大学を辞めた。
彼らが持ち込んだ「怪異」は、現代社会の法と医療の枠組みの中で、「若者の暴走」として処理された。

私は一度だけ、警察署で事情聴取を受けた際に、あの石のことを尋ねた。
「現場に、灰色の変な石が落ちていませんでしたか? 犯人が凶器として持っていたはずなんですが」
担当の刑事は首を傾げた。
「石? いや、カッターナイフは押収したが、石なんてなかったぞ。部屋中ひっくり返して探したが、そんなものは出てきていない」

背筋が寒くなった。
あの乱闘の最中、確かに石は床に転がった。
黒木が取り押さえられるまでの間、部屋には誰も入っていないはずだ。
では、石はどこへ消えたのか。

祖母の言葉が蘇る。
『鬼の礫は向こう岸』
投げ返さなければ、鬼は終わらない。
だが、石そのものが消えてしまったなら、どうやって終わらせればいいのか。

私は、もう二度と礫ヶ沢には近づかないと誓い、この件に関する一切の記憶に蓋をした。
平穏な日常が戻ってきたように思えた。

それから半年が経った。

季節は巡り、また蒸し暑い初夏がやってきた。

私は就職活動に追われ、黒木のことも加藤のことも忘れかけていた。
ある晩、スーツを脱いでシャワーを浴びている時のことだ。
石鹸を泡立て、左の脇腹を洗っていた指が、ふと止まった。

違和感があった。
皮膚の下に、硬いしこりのようなものがある。
痛みはない。ただ、異物感だけがある。
鏡の前に立ち、脇腹を確認する。
そこには、赤子の拳ほどの大きさの、灰色の痣が浮き上がっていた。
いや、痣ではない。
皮膚が変質し、泥を固めたような質感になっている。
指で押してみる。
ブヨブヨとした弾力がありながら、芯は硬い。
そして、その模様。
渦を巻くような皺が、皮膚の表面に刻まれている。
指紋とは逆の、不自然な渦。

記憶がフラッシュバックする。
あのアパートでの乱闘。
黒木が私に噛みつき、私が彼を押さえつけた時。
私の脇腹が、黒木の握っていた石に強く押し付けられた瞬間があったはずだ。

呼吸が浅くなる。
心臓の鼓動が早鐘を打つ。
「石」は消えたのではなかった。
物理的な形を捨て、接触によって「移動」したのだ。
黒木の肉体から、私の肉体へ。

不意に、右手が勝手に動いた。
脇腹のしこりを掴む。
引きちぎりたいほどの衝動と、同時に、それを誰かに「ぶつけたい」という強烈な欲求が湧き上がる。
視界がぐにゃりと歪む。
鏡に映る自分の顔。
その背後の白いタイル壁に伸びる影。

影の頭部から、二本の角がゆっくりと伸びていくのが見えた。

私は洗面台の鏡に向かって、右手を振りかぶった。
手には何も持っていないはずなのに、掌には確かな重量感がある。
重く、湿った、あの石の感触。

「……つぎは、だれだ」

私の口から漏れたのは、私の声ではなかった。
鏡の中の私が、ニタリと笑った。

(了)

[出典:868 :礫ヶ沢の鬼礫:2005/12/12(月) 01:43:41 ID:/kR0P5H+0]

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