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これは、数年前に退職した元同僚から聞いた話だ。

職場に一人、冷たい笑みを浮かべるだけで空気を変える男がいた。彼は上司で、どの部署でも嫌われていたが、特に同期が標的にされていた。表立って怒鳴りつけることは減ったものの、周囲の目が届かないところでは小声で執拗に嫌がらせを繰り返したらしい。

「早く辞めろ」
「目障りだ」
「まだ生きてるのか」

同期は耐えきれず、やがて会社を辞めた。辞めた後も彼の精神は壊れていたらしく、しばらくして近くの神社裏で命を絶ったと知らせが届いた。奇妙なことに、彼の手には油揚げが握られていたという。なぜそんなものを持っていたのかは誰にもわからない。

葬儀の場で、話を聞いた私も泣いた。もっと早く助けてあげられたはずなのに、見て見ぬふりをしていた自分が情けなかった。火葬場に向かうバスの中、ふと窓の外を見ると緑色のハンチング帽を被り、甚平を着た老人が道端に立っていた。その顔には微笑が浮かび、私の方を見て小さくうなずいている。

火葬場に着いてからも、その老人はどこからともなく現れて私の隣に座った。不思議と違和感はなかった。お茶をすすりながら「もう泣かなくていい」と言われ、何か胸につかえていたものが少し軽くなった気がした。

葬儀が終わり、気持ちを整理する間もなく出勤すると、例の上司が早速、亡くなった同期の悪口を言っていた。悔しさが込み上げ、思わず言い返そうとした瞬間、事務所の入口から一匹の狐が現れた。狐はするりと上司の足元を一回転し、何事もなかったように出ていった。

その夜、上司が駅の階段から転落し、首から下を動かすことができなくなったと聞いた。怪我は命に別状はないものの、これからは車椅子生活を余儀なくされるという。

数日後、コンビニであの老人と再び出会った。懐かしいような、どこか懐かしい匂いのする人だった。挨拶すると、老人は穏やかな声で言った。

「ありがとね。あの子はなんとか助かったけん、もう泣かんでええよ。」

その言葉の意味を考える間もなく、老人は去っていった。思えば不思議なことばかりだったが、狐と油揚げ、そしてあの老人が繋がっている気がしてならない。

上司がこうなったのはただの偶然だろうか。それとも、誰かが「力」を貸してくれたのだろうか。考えても答えは出ないが、もうあの職場に狐が現れることはないらしい。

(了)

[出典:313 : 本当にあった怖い名無し : 2013/10/08(火) 06:38:56.61 ID:XlWEP352O]

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