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キャッシャ夜番 r+9,849

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俺の生まれ育った村には、女の死にだけ反応する奇妙な風習がある。

遺体が家に戻った晩、十人の男を選び、夜通しろうそくと線香を絶やさぬようにして酒を酌み交わす。酔いが回るほどに火は神聖なものに近づく、と誰が言ったか、そんな理屈をつけていた。
もちろん、ただの酒盛りなんかじゃない。
その晩ばかりは、家の戸を閉め切り、窓には魔除けを吊るし、水場には清めの塩を撒く。そして、家人であっても夜中に家へ入ってはならない。どんな理由があっても。

そうしなければ、キャッシャが入ってくるのだという。
キャッシャ。
名ばかりが伝えられていて、姿を見たという者はいない。けれど、誰もがその名に震える。魂を喰う化け物だとか、形のない悪意だとか、いくつもの噂があった。

十六の年、俺はその“夜番”に初めて選ばれた。
死んだのは近所の新妻で、まだ二十代半ばだったはずだ。体を壊して長くはなかったと聞いたが、あまり交流はなかった。
村では、女の死は特別だ。家の守りが弱まる、と信じられていた。
そういう時こそキャッシャが狙ってくるのだと。

ろうそくを彫った。
仏像をくずしたような、人の形とも獣の形ともつかない異形を、爺さんに習って刀で削った。ロウが生温くて、指にねっとり貼りついた。

夜になり、火が灯ると、家の空気は変わった。
煙草も吸えないような緊張感。
十人の男たちは口数少なく、酒を煽るように飲んでいた。
兄貴もいた。俺より五つ上だ。兄貴はすでに何度か夜番に参加していて、「大したことはない」と笑っていたけれど、その笑い方もどこか引きつっていた。
俺は酒を許されず、ジュースの缶を指で潰したりしながら、黙っていた。

時間が過ぎて、一時を回ったあたりで眠気がひどくなった。
立ち上がって、洗面所へ行った。冷たい水で顔を洗い、ふと顔を上げると、小窓の魔除けが斜めになっていた。
どうやら、ちゃんと吊れていなかったらしい。あるいは風か何かで……。

本当ならすぐに年長者に報告すべきだった。
でも、面倒だった。
兄貴が叱られるのも嫌だった。
魔除けをまっすぐに直し、何事もなかったように戻った。

ほどなくして、玄関を誰かが叩いた。
ガン!ガン!ガン!と、異常な勢いだった。
俺と兄貴、それに先輩の三人で玄関へ出ると、隣家の親父が立っていた。顔が真っ赤で、息が上がっていた。

「キャッシャが出たぞ!」
そう叫んだ。

意味がわからなかった。
「屋根から、俺の家の塀づたいに、この家に入っていった!」
と続ける。

誰かが苦笑いした。
しかし、爺さんと年長者たちは即座に動いた。
「見回りを怠ったな!」
兄貴たちが怒鳴られた。中にいた者たちは一斉に家中を確認し始めた。

玄関先には俺と兄貴、先輩、そして隣家の親父が残った。
親父はそのまま家に上がろうとしたが、兄貴が腕を広げて止めた。
「決まりですから、中には入れません」

親父は唇を震わせて叫び始めた。
「ふざけるな!魔除けが歪んでるんだ!早く直せ!キャッシャが入ってるんだぞ!」

けれどその時、俺は妙な違和感を覚えた。
親父の体がまるで石のように動かず、叫び声だけが、怒鳴り声だけが次から次に口からあふれていた。
顔だけしかめ、目はどこを見ているかわからない。
「入れろぉぉぉぉ!」「うわあああああ!」
次第に叫びは奇声に変わっていった。

背筋が冷えた。
……これがキャッシャじゃないのか。
俺は一歩も動けなかった。兄貴も先輩も、何も言えずに、ただ立ち尽くしていた。

やがて、親父は急に叫ぶのをやめて、「もういい」とつぶやいて、戸を閉めて去った。
その瞬間、爺さんが戻ってきて言った。
「水場の魔除けの向きが変わっていた!」

俺のせいだった。
俺が報告を怠ったせいだった。
何かが入ってきてしまった。

みんなが戻り、事情を話すと、全員の顔が土気色に変わった。
「キャッシャだ……キャッシャが出た……」
そう呟いた。

夜明けまで、誰も酒に手をつけなかった。
線香の火を確認し、魔除けを縛り直し、戸の鍵を三重に掛けた。
それでも、何かがすでに家の中に潜んでいる気がして、身を縮めていた。

夜が明けて、光が差し込んでも、俺の手は震えていた。

後日、隣家の親父の話を聞いた。
その晩は風邪で寝込んでいて、奥さんがずっと看病していたそうだ。
夜中も、例の時刻も、確かに布団に横になっていた。
外になど出ていない。

じゃあ、俺たちが見たあれは……誰だったのか。

村の風習では、魔除けや火をおろそかにすると、キャッシャが入りこみ、死体の“魂”を盗むという。
魂を盗まれた家は、もう二度と栄えない。
キャッシャに気に入られた者には、次に死んだとき必ずやって来る。
友達になったら終わりなのだ。

俺の爺さんは言った。
「キャッシャが出たのは、わしの親父が若い頃が最後だ。あれは……数十年ぶりの災厄だぞ」
そして、怒鳴った。
「お前たちがそんな体たらくだから、村が滅びるんだ!」

その日から、俺は火を消せなくなった。
眠るときも、豆電球をつけていないと怖くて仕方ない。
心のどこかで、あの夜の親父が、今も俺の背中のどこかに貼りついているような気がするのだ。

あの奇声。あの無表情。あの声だけが異様に響く幻聴のようなものが、今でも耳の奥に残っている。

……死ぬとき、俺の枕元にも来るのだろうか。
火を絶やした俺の元に、またあの顔が。

(了)

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