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最後の吠え声 r+4,914

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実家は、もう築四十年を超えている。柱は日焼けで黒ずみ、床板は歩くたびにぎしぎしと鳴く。

冬場など、風が壁の隙間を抜けて、微かに笛のような音を奏でる。昔から、家のあちこちから妙な音がするのは当たり前だった。
だから私も、物音がしても大抵は気にも留めなかった。

家には三匹の動物がいる。母が連れてきた十一歳のダックスフントは、白髪の混じった顔で一日のほとんどを眠って過ごす。私が迎えた二歳のボーダーコリーは、筋肉の動きまで目で追えるほど活発で、ちょっとの刺激で尻尾をぶんぶん振り回す。半年前に私が拾った猫は、やんちゃ盛りで、あらゆる物を爪で試すのが日課だ。
家の中で響く物音の多くは、この若い二匹が作り出す騒ぎだと思い込んでいた。

あの日もそうだった。
夕暮れ前、私は一人で居間にいた。テレビを消し、スマホを眺めていたとき、突然、玄関の方から「ドンドン」と叩く音がした。
瞬間的に、昔の記憶が蘇る。弟がまだやんちゃだった頃、妙な連中を連れてきたり、トラブルを引き寄せたりしたせいで、知らないおじさんが家に押しかけてきたことが何度かあったのだ。そのときの低く荒いノックの音と、今の音が、妙に似ている気がした。

息を殺して覗き窓へ向かう。そっと覗き込んだが、そこには誰の姿もない。
「気のせいか」そう思って居間に戻ると、再び、先ほどよりも強く「ドンドン」と音が響いた。

無視するのが一番だ、と自分に言い聞かせた。だが音は執拗に続き、徐々に強く、近くなっていく。玄関の板が震えるほどだ。
心臓が高鳴る。皮膚が薄くなったように、空気の冷たさが骨まで染みてくる。

そのとき、今まで静かに伏せていたボーダーコリーが、突然跳ね起きて玄関の方に向かって吠え始めた。猫も毛を逆立てて、低く唸る声をあげる。二匹とも玄関を凝視し、決して視線を逸らさない。その異様な集中に、私の背筋は冷たくなった。
ふだん好奇心で首を傾げるような二匹が、ここまで本気で威嚇するのは初めてだった。

「ガチャ…ガチャ…」
ノブを回す音がした。
明らかに何かが入ろうとしている。
鼓動が耳の奥で爆発するように鳴り響き、足が床に貼りついた。覗き窓までの数歩が、恐ろしく遠く感じた。

意を決して覗く――
……やはり、誰もいない。

息を吐く間もなく、さらに強いノックが続く。ドアそのものが軋み、薄い鉄板が内側へ押されているような感触が空気を通じて伝わってくる。
「これはもう、普通じゃない」
頭の奥で、冷静な声が囁いた。

そのときだった。
奥の部屋から、ゆっくりと爪音を響かせて、十一歳のダックスフントが現れた。眠たそうに目を細め、口を大きく開けてあくびを一つ。普段なら、そのまままた寝床に戻るはずの老犬が、玄関前の騒ぎを横切るように進み、ドアの正面で止まった。

「ワン!」
短く、しかし低く響く声。
その瞬間、玄関の向こうの音はぴたりと止まった。ノブも、板を叩く音も、すべて消えた。外の空気さえ凍りついたかのように、静寂が家を包み込む。

ボーダーコリーと猫が同時に動きを止め、互いに顔を見合わせる。まるで「今のは何だ?」とでも言いたげな表情。
老犬は特に何事もなかったかのように、くるりと背を向け、自分の寝床へ戻っていった。尻尾が微かに揺れ、その先端だけが日差しを受けて金色に光った。

あの犬の吠え声を聞くのは三年ぶりだった。普段は耳も遠くなり、誰が来ても気づかず眠っているのに。
「やるときはやるんだな」
胸の奥でそう呟いたとき、ふっと恐怖が薄れた。

ただ、不思議なのは、それから数日間、家の中の音が一切しなくなったことだ。床板も、壁も、何も鳴らない。風の笛の音すら聞こえない。静かすぎる空間に、私は逆に落ち着かなくなった。

そして一週間後の夜、寝入りばなに夢を見た。
暗い廊下を、十一歳のダックスがゆっくりと歩いている。玄関の前に立つと、外に向かって短く吠え、振り返って私を見た。その目は、子犬の頃のように澄んでいて、どこか遠くへ行く者のような静かな決意が宿っていた。

翌朝、犬は眠ったまま動かなかった。苦しんだ形跡もなく、本当にただ眠りの中で息を引き取ったようだった。
玄関の方を見ると、ノブにうっすらと濡れた跡がついていた。外には何もなかったが、そこだけが夜露で湿っていた。

それ以来、あの奇妙なノックも、家の中の不可解な音も、二度と聞こえてこない。
あの夜、犬が吠えたのは、侵入者を追い払うためだけではなかったのかもしれない。もしかすると、私の知らないもっと古い何か――この家にずっと巣食っていたものを、一緒に連れていってしまったのかもしれない。

そう考えると、あの吠え声が、まるで別れの挨拶だったようにも思えてくる。
今でも静まり返った家の中で、ふと床がきしむ音がすると、無意識に玄関を振り返ってしまう。
そこにはもう、何もいないのに。

[出典:505: 本当にあった怖い名無し 2014/12/25(木) 12:24:38.71 ID:aX6xzQz40]

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