最初に言っておくと、場所は詳しく書かない。
遠野のカッパ淵の近くだ、とだけ言っておく。行ったことのある人なら、あのあたりの道の感じは分かると思う。観光地の名前はついているが、少し外れると、ただの田舎道になる。舗装された細い道、畑、低い山、乾いた草の匂い。人の気配はあるのに、人がいない。
俺は昔から、妙なものを見たり聞いたりすることがあった。
家の天井裏から話し声がしたり、夜中に布団の隙間を誰かが覗いている気配がしたりした。親に言っても相手にされなかった。だから子どもの頃は、小さい人形を抱いて寝ていた。あれがないと、夜が越せなかった。
いつの頃からか、そういうことはほとんど起きなくなった。体を鍛え始めたせいかもしれないし、大人になって鈍くなっただけかもしれない。理由は分からない。ただ、見えなくなったからといって、無くなったとは思えなかった。
仕事を辞めて、時間だけがあった時期がある。
何かを取り戻したかったのか、確かめたかったのか、自分でもよく分からない。車で全国の心霊スポットや神社仏閣を回るようになった。怖い場所を見に行くというより、昔から自分のそばにあったものが何だったのか、距離を測りに行くような感覚だった。
恐山にも行った。
あそこは怖いというより、静かだった。硫黄の匂いと風の音があって、そこにいる間だけは、むしろ安心した。あの世とこの世の境目というものが本当にあるなら、境目は案外、騒がしくないのだと思った。
そのあとで、遠野へ行った。
遠野には、土地そのものに古い話が沈んでいるような感じがあった。観光地として整えられた場所は明るい。けれど少し歩くと、急に昔のまま残っているような道が出てくる。誰かの家の裏道のようでもあり、どこにも続いていない道のようでもあった。
カッパ淵を見たあと、俺は周辺を少し歩いた。
夕方に近かった。観光客の声も遠くなり、道の端に積もった落ち葉が乾いた音を立てていた。そのとき、道端に小さな祠があるのに気づいた。
木でできた、古い祠だった。
腰より少し低いくらいの高さで、屋根の片側が潰れていた。雪の重みで歪んだのか、虫に食われたのか、板がめくれ、扉も片方だけ半開きになっていた。人が手入れしているようには見えなかった。供え物もない。しめ縄もない。そこにあるだけだった。
最初は、地蔵か何かだと思った。
通り過ぎてもよかったのに、なぜか中を覗いた。
覗いた瞬間、胃が反転した。
吐き気というより、体が先に拒んだ。目で見たものを、体のほうが受け取らない。視界の真ん中に、小さな像のようなものがあった。恵比寿様の置物にも見えた。けれど、形が合っていなかった。顔らしい部分は笑っているようでもあり、怒っているようでもあり、溶けた蝋が固まったようにも見えた。
目があるのかないのかも分からなかった。
なのに、見られていると思った。
俺は急いで扉を戻した。強く閉めたつもりはない。音を立てないように、そっと合わせた。けれど木の扉が収まったとき、小さく、チリン、と鳴った。
鈴がついていたのだと思った。
祠のどこかに、見えない鈴が下がっていたのだろう。そう考えれば済む話だった。だが、俺はその音を聞いた瞬間、背中のほうに冷たいものが立った。
神社で聞く鈴の音ではなかった。
近くも遠くもなかった。
耳元でもないし、祠の中でもない。空気の途中で鳴ったような音だった。
しばらく、その場に座り込んでいた。
吐き気は少しずつ引いた。もう一度開けて確かめようとは思わなかった。写真を撮る気にもならなかった。撮ってはいけないというより、あれに対して何かの操作をしてはいけない気がした。
帰り道、何度か振り返った。
祠は道端にあった。半分潰れたまま、さっきと同じように沈んでいた。ただ、扉は閉じていた。俺が閉めたのだから当たり前なのに、それが嫌だった。
その数日後、俺は広島の尾道にいた。
尾道は坂の街で、寺も多い。日中は歩いていて気持ちがよかった。千光寺のあたりから見下ろす海も、夕方の光も、遠野とはまったく違っていた。あれのことは、少し忘れかけていた。
夜になって、駅から少し離れた古いビジネスホテルに泊まった。
部屋は狭かった。ベッド、机、テレビ、小さな冷蔵庫。壁紙が少し黄ばんでいて、エアコンの音が低く鳴っていた。風呂に入り、ベッドに横になった。疲れていたから、すぐ眠れると思った。
チリン、と鳴った。
俺は目を開けた。
風鈴かと思った。季節は十月の終わりで、もう風鈴の時期ではない。窓の外かと思ってカーテンを開けたが、窓は閉まっていた。外は道路で、車の音が時々するだけだった。
また鳴った。
チリン。
廊下へ出てみた。廊下では聞こえなかった。隣室の音でもない。フロントに降りるほどではないと思い、部屋に戻った。
戻ると鳴った。
チリン。
その音は、部屋のどこからでもなかった。
天井でも壁でもない。エアコンでもテレビでもない。ベッドの足元、床から一メートルほど上の何もない空間。そのあたりから、二十秒おきくらいに鳴っているように感じた。
俺は無視して寝ようとした。
だが、眠りに落ちる直前になると、必ず鳴った。
チリン。
目を閉じると、遠野の祠の扉を閉めたときの手触りが戻ってきた。乾いた木の感触。少し歪んだ扉が、最後だけ何かに吸われるようにぴたりと合った感触。
あのときも、同じ音がした。
そう思った瞬間、部屋の中の空気が変わった。
寒くなったわけではない。誰かが入ってきた気配でもない。ただ、部屋の大きさが少し違って感じられた。壁の位置はそのままなのに、空間だけが奥へ伸びたようだった。
俺は荷物をまとめてホテルを出た。
フロントには何も言わなかった。言ったところで説明できない。車に戻り、シートを倒して寝た。車の中では音はしなかった。
朝、ホテルをチェックアウトした。
フロントの人は普通だった。何かありましたか、とも聞かれなかった。俺も何も言わなかった。言えば、あの音をそこに置いてきたことにならない気がした。
その後も旅は続けた。
だが、心霊スポットを回る気は薄れていった。怖くなったというより、もう近づく必要がないと思った。あちらから一度触れてきたものに、こちらから何度も近づく必要はない。
家に戻ってから、しばらくは何もなかった。
普通に飯を食い、寝て、起きた。遠野の祠も尾道のホテルも、旅先の変な出来事として片づけられるような気がしていた。
けれど、一週間ほど経った夜だった。
部屋で横になっていると、チリン、と鳴った。
一度だけだった。
俺の部屋には風鈴なんてない。鈴もない。窓は閉まっていた。スマホの通知音でもない。音は、天井でも壁でもなく、部屋の真ん中あたりで鳴った。
俺は起き上がらなかった。
確かめなかった。
その日は、それきり鳴らなかった。
次に鳴ったのは、三日後だった。やはり夜中で、寝入りばなだった。
チリン。
一度だけ。
それから、間隔は少しずつ短くなった。
毎晩ではない。忘れた頃に鳴る。部屋だけではない。車の中、コンビニの駐車場、人気のない公園の横を通ったとき。決まって、何もぶら下がっていない空間から鳴る。
一番嫌だったのは、音の位置がだんだん近づいていることだった。
最初は部屋の真ん中だった。次は枕元。次は、耳の横。
ある晩、目を閉じたまま聞いた。
チリン。
そのあと、耳元で小さく木の扉が閉まる音がした。
ぱたん、という軽い音ではない。
歪んだ扉が、内側から押されて、ようやく収まるような音だった。
それ以来、俺は遠野の話を人にしないようにしていた。
話すと、音が鳴る気がしたからだ。実際、一度だけ酒の席でこの話をしかけたことがある。祠のところまで話した瞬間、店の奥でチリンと鳴った。店員に聞いても、風鈴なんて置いていないと言われた。
だから、今も本当は話したくない。
でも、どこかに吐き出さないといけない気もしている。あの祠の扉を閉めたのは俺だ。閉めたことで終わったと思っていた。けれど、今は逆だったのではないかと思う。
俺が閉めたんじゃない。
中にいたものが、外から見ていた俺を、閉じ込めたのかもしれない。
遠野のカッパ淵の近くに、半分潰れた小さな祠がある。
今もあるかは分からない。Googleストリートビューには映らないと思う。道から少し外れているし、草の陰に沈むように建っているからだ。
探さないほうがいい。
もし見つけても、覗かないほうがいい。
覗いたあとで、何もない場所から風鈴の音がしたら、それはたぶん、風鈴ではない。
祠の扉が、あなたの後ろで閉まった音だ。
[出典:55 :本当にあった怖い名無し:2021/11/14(日) 16:27:44.51 ID:+jAEfwSv0.net]