この話を思い出すたび、背中にぬめりのある冷たいものが這い上がってくる感覚に襲われる。
正月に帰省した折、友人から耳にした話だった。彼はあまり感情を表に出さない男だが、その時ばかりは声の調子が妙に乾いていて、思い出すのも嫌だという素振りを隠しきれなかった。
彼の地元で某公益法人に勤めている上司がいる。仮に山田さんと呼ぼう。その姿は、冗談めかして言えば、ココリコの田中とアンガールズの山根を無理やり合成したような風貌で、骨のように長く痩せ、背丈は人混みの中でも容易に見分けられる百九十センチ以上の巨体だった。
山田さんはかつて法務省の片隅のような部署に在籍していたそうだ。表向きは閑職と呼ばれるが、実態は「和製Xファイル」と揶揄されるほど不可解な案件を扱う特異な場所で、そこでは報告義務すら曖昧で、ただ記録を残すだけが求められていたという。まるで歴史に刻むためではなく、墓場に投げ込むための記録のように。
その夜、山田さんが酒席で語った話のひとつが、今でも私の中で腐臭のように残っている。
「PAでの男性死亡事案」――そう口にした時の彼の声は、湿った壁の裏から響いてくるように低かった。
ある夏の深夜、高速道路のパーキングエリアで「男が倒れている」という通報が入った。救急搬送され、意識は混濁したまま。数時間後には死亡が確認された。調べてみると、死因は両足の粉砕骨折によるショック死だったという。
ただし、その骨折のあり方が常軌を逸していた。
「骨は粉末になっていた。まるでミルで挽いたかのように」
山田さんの言葉に、場にいた全員が一瞬、呼吸を止めた。
しかし外皮や筋肉には擦過痕すらなく、血のにじみもなく、薬物反応もゼロ。まるで体の内部だけが見えない力に砕かれたようだった。
さらに奇怪なのは、男の最後の行動だった。
運転手の木村(仮)という人物は、事故直前に妻へ「妖精をはねた」という冗談めいたメールを送っていた。その後、突如として錯乱し、電話口で「矢が刺さった!熱い、助けてくれ!」と絶叫していたという。
現場検証の際、木村のトラックからは正体不明の鱗粉が採取された。顕微鏡で観察しても、国内の既知の昆虫には該当せず、合成繊維や化学物質でもなかった。だが確かに「粉」ではなく「鱗」だった。微かに虹色を帯び、見る角度によって淡い青や赤を放つ。
山田さんは、ゆっくりとグラスを置いて言った。
「珍しいことじゃないんだ。こうした事例は」
その言葉は、慰めにも説明にもならなかった。
むしろ、それ以上の事例が数多く存在することを示しているのだから。
――では「妖精」とは何だったのか。
車のライトに弾かれた小動物か。人間の幻覚か。
それとも、夜の空気に紛れて潜む、誰も知らない別種の「存在」だったのか。
友人はそこで話を打ち切った。だが後から聞いたところによると、その後の山田さんは奇妙な変化を見せたという。背丈のある痩せた体がさらに痩せこけ、頬が削られるように落ち、視線は常に天井の隅や空気の裂け目を探していた。会議中に突然「あれは見えているか」と呟いたこともあるらしい。
やがて彼は退職し、消息が途絶えた。公的記録では「療養」とだけ記され、連絡の取れる者はいない。
正月にその話を聞いた夜、私は眠れなかった。布団に入ってもまぶたの裏であの「鱗粉」の光がちらつく。まるで見たことのない蝶の翅が、暗闇の奥で開閉を繰り返しているように。
耳の奥には「矢が刺さった」という叫びが残響のように蘇り、眠りに落ちる寸前、足の骨の内部がじわりと熱く砕ける感覚が忍び寄ってきた。
それ以来、私は夜中の高速道路を極力避けている。
車窓をよぎる無人のPAを目にするだけで、喉が砂を詰められたように乾き、視界の端に虹色の粉が漂っている気がしてならない。
そして今も、ふと靴を脱いだとき、足の甲に目立たない白い粉がついていることがある。風に運ばれたただの埃かもしれない。だが拭っても拭っても、淡く光を反射する微粒子は指先に残り続けるのだ。