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あれは、酒場の片隅で友人に聞いた話だった。

テーブルに置かれた焼酎のグラス越しに、彼がぽつりと名前を漏らした瞬間、胸の奥にひやりとした空気が入り込んだ。
――N。
営業マンで、口先だけは妙に上手い男だったという。

友人の話によれば、Nはかつて交際していた女性から金を引き出し続け、彼女が持っていた貯金をほとんど奪い取ったらしい。涙も情けもないやり口で、最後は一方的に別れを告げた。
「どうせ二度と会わない」とでも思っていたのだろう。だが、その直後から、奇妙なことが起き始める。

現金で売り上げを受け取るたびに、会社へ戻る前にその一部が消えている。
初めは数え間違いだと思ったらしい。封筒の封も破れていないし、鍵付きの小型金庫からも、肌身離さず持ち歩いている財布の中からも、金が消えるなんてありえない――そう信じたかった。
だが現実は、まるで誰かが見えない指で金を摘み上げていくかのように、じわじわと減っていく。

不足分は当然、彼が自腹で補填する。最初は平然としていたが、やがて追いつかなくなり、会社の経理に「未払い金」として記録され、給料から天引きされるようになった。
月末、手元に残るわずかな紙幣を握りしめて、彼は煙草を買うのもためらったそうだ。
借金も重なり、顔色は日に日にやつれていった。

そんなある日、大口の現金取引が舞い込んだ。
額は数百万円。Nは「絶対にやりたくない」と上司に訴えたが、取引先の社長が「Nさんに」と名指しで指名してきたという。断るわけにはいかない。

彼は一計を案じた。
後輩を同行させ、現金はすべてその後輩に持たせる。自分は別の車で取引先へ行き、契約書や受領書のやり取りだけを担当する。こうすれば、金が消える不思議な現象も、自分の責任にならない。
そうして当日、取引は何事もなく終わり、後輩が札束の入った鞄を抱えて帰路につくはずだった。

だが、そこで小さな亀裂が入る。
帰社途中、後輩が自転車との接触事故を起こした。軽傷ではあったが、警察の事情聴取と、相手の親が現場に来るまで離れられない。会社からは「早く持ち帰れ」と催促の電話が何度も入った。
やむなく、Nが自分で現金を運ぶことになる。

彼は不安を押し殺し、車のダッシュボードに金を並べた。鞄にしまうといつの間にか消えてしまうかもしれない。ならば常に視界に入れておく――そう考えたのだろう。
その札束が、午後の陽光を受けて妙に白く光っていた光景を、友人は何度も繰り返し語った。

しかし、Nは会社へ戻ることができなかった。
途中、カーブを曲がり損ね、ガードレールを突き破り、崖下へ転落。救急隊が駆けつけたときには、すでに息をしていなかった。
そして、車内から現金は一枚残らず消えていた。

事故の翌週、友人の同僚たちでNのデスクを整理することになった。
引き出しを一段ずつ開けていくうち、最下段で手が止まる。
そこには、封もされぬまま積み上げられた大量の現金があった。紙幣は新札も古いものも混じり、湿った匂いがした。
札の端に茶色い染みがいくつもあったが、それが血なのか、長年放置された汚れなのかは誰にもわからなかった。

友人は小声で言った。
「あの日の、消えた金も混ざってたらしい」
私はそれ以上、問いただすことができなかった。
ただ、脳裏には、ダッシュボードに整然と並んだ札束と、それを見下ろすNの不安げな目が焼き付いて離れない。
あれは本当に事故だったのか、それとも――何かが、彼を連れていったのか。
答えは、もう誰にも確かめられない。

[出典:427 :本当にあった怖い名無し:2014/01/19(日) 23:51:53.97 ID:rhdK3sYo0]

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