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縫い目はほどけない rw+5,380-0215

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あの夜、伯父は俺の部屋の後ろに立っていた。

三月の終わり、まだ肌寒い夜だった。両親は旅行で不在、家には俺と伯父だけ。俺はいつものように洒落怖まとめサイトを開き、ランキングを下へ下へとスクロールしていた。部屋の明かりは消し、モニターの青白い光だけが壁を照らしている。

背後から、低い声がした。

「ちょっと、とめて」

振り向くと、伯父が立っていた。いつ来たのか気づかなかった。足音も、襖の開く音も、何も聞いていない。

カーソルを止めた先には、見慣れないスレッドがあった。

――リョウメンスクナ

軽い気持ちでクリックしようとした瞬間、伯父が俺の肩に手を置いた。その指先が、妙に冷たい。

「声に出さずに読め」

命令口調だった。普段の伯父とは違う。

俺は無言でスクロールした。断片的な書き込みが並ぶ。二つの顔。六本の腕。縫い合わせた首。沈められた箱。海の底。地震。高速船事故。

どれも断片だ。具体的な場所も年代も曖昧なのに、妙に生々しい。

ふと横を見ると、伯父は画面を見ていなかった。俺の指の動きだけを見ている。

「どこまで書いてある」

「……何が」

「船の話は出てるか」

背筋が冷えた。俺はまだそこまで読んでいない。

「いや、まだ」

伯父は小さく息を吐いた。

「ならいい」

そのまま椅子を引き、俺の隣に座った。冷蔵庫から持ってきたビールを勝手に開ける。泡の音がやけに大きく響く。

「昔な、海に沈めたものがある」

唐突だった。

伯父の実家は神社だと聞いている。だが、祭事や祓いの話を詳しく聞いたことはない。

「親父の代の話だ。蔵から見つかった箱を引き取った。中身は、人間だった。ただし、そのままの形じゃない」

伯父は具体的な姿を語らなかった。ただ、「縫ってあった」とだけ言った。首も腕も、別のものが。

「見世物にしようとした連中がいた。親父は怒った。金を払って引き取って、海に沈めることにした」

どこの海かは言わなかった。ただ、沖合だと言った。

「沈めれば終わると思っていた」

そこで伯父は初めて、俺の目を見た。

「だがな、沈めた“はず”なんだ」

「はず?」

「積んだ船が戻らなかった」

事故として処理されたらしい。嵐でもなかったのに、突然消えた。船も、人も、箱も。

部屋の空気が重くなった。パソコンのファンの音だけが小さく回っている。

俺は再び画面を見た。書き込みの一つに目が止まる。

――沈めても、縫い目はほどけない。

知らないはずの一文なのに、どこかで聞いた気がした。

「それ、書いてあるか」

伯父が低く問う。

「……うん」

「やっぱりな」

伯父は笑った。だが目は笑っていない。

「お前、そのスレッドをどこで見つけた」

「ランキングにあった」

「嘘だ」

即答だった。

俺は言葉を失った。確かにランキングから入ったはずだ。だが、ブラウザのタブを見ると、まとめサイトではなく、掲示板のログ直リンクになっている。

「お前が開いたんじゃない」

伯父の声は静かだった。

「向こうが、開かせた」

寒気が走った。そんな馬鹿なと思いながらも、背中がじっとりと湿る。

「去年、沖で大きな揺れがあったろう」

伯父は画面から目を離さない。

「あの海域だ。沈めたはずの場所に近い」

偶然だ、と言いかけてやめた。伯父の横顔は、偶然という言葉を拒んでいた。

「高速船の事故も増えてる。クジラだと発表してるが、目撃証言は妙だ。白いものが浮いていた。縫い目のような線が見えた、と」

どこまでが事実で、どこからが伯父の想像なのか分からない。

時計を見ると午前二時を回っていた。

「今日はここまでにしろ」

伯父は立ち上がった。

「その名前は、二度と口にするな。検索もするな」

そう言って部屋を出た。

翌朝、伯父はいつもの穏やかな顔だった。昨夜の話を振っても、「何のことだ」と笑うだけ。

俺は一人、パソコンの前に座った。

履歴を開く。

――リョウメンスクナ

確かに残っている。だが日時が、おかしい。昨日ではない。一週間前になっている。

俺はその日、まだこのスレッドを知らなかったはずだ。

さらに奇妙なことに気づく。履歴の中に、検索欄に打ち込まれた文字列がある。

「沈めても縫い目はほどけない」

俺はそんな文章を入力していない。

背後で、床がきしんだ。

振り返る。誰もいない。

だが、モニターの黒い縁に、かすかに二つの影が映っている気がした。俺の顔の両側に、もう一つずつ、ぼんやりと。

瞬きをすると消える。

その日から、俺はパソコンを開くたびに、必ず背後を確認するようになった。

最近、夜中に耳鳴りのような低い音がする。海の底から圧がかかるような、鈍い軋み。夢の中で、暗い水の底に横たわる箱を見ることもある。

蓋は閉じたままだ。だが、内側から、何かが押している。

俺は決めている。もうあの文字は検索しない。

だが昨日、スマホの予測変換に、その名前が出た。

打ち込んだ覚えはない。

もし今、あなたの検索欄にも、似た文字が浮かんでいるなら。

それは偶然ではない。

(了)

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