これは私自身、いまだに現実だったと断言できない出来事だ。
夢だったと言われれば否定する材料もない。だが、あの音だけは、今も身体の奥に残っている。だから書き残す。
物心ついた頃から、私の家は落ち着く場所ではなかった。借金も犯罪もないのに、両親はまるで追われているかのように引っ越しを繰り返した。昼夜を問わず、荷物は最低限。新しい家に慣れる前に、また次の場所へ移る。転校も数え切れないほどだった。私はそれを異常だとすら思わず、そういう暮らしなのだと受け入れていた。
ただ一つ、子どもながらに奇妙だと感じていたことがある。行く先々で、両親が必ず霊能者や祈祷師、除霊師と呼ばれる人間に会いに行くことだ。どの人物も、話を聞くうちに表情を硬くし、首を横に振った。中には、露骨に怯えた様子で「関われない」と言い、私たちを追い返す者もいた。そのたびに両親は礼を言い、何も言わずに次の土地へ移った。
理由を聞いたことは何度もある。だが父は黙り込み、母は時に怒鳴り散らし、時に泣き叫んだ。問いただすほど、家の空気が歪んでいくのを感じ、私はそれ以上踏み込めなくなった。
引っ越しをやめたのは、母が倒れたからだ。私が働き始めた頃、母は心労で入院した。父はひどくやつれ、「もう限界だ」と呟いた。その時、父はぽつりと意味の分からないことを言った。「母さんだけ、あれに渡すわけにはいかない」と。私は聞き返せなかった。聞いてはいけない気がした。
答えを知るきっかけは、音だった。
夜、布団に入って目を閉じると、遠くで「がしゃん」という音がした。鉄を引きずるような重い音だ。最初は一つだけだった。だが日を追うごとに数が増え、規則正しく、こちらへ近づいてくるのが分かった。壁の向こうでも、床下でもない。距離の感覚が掴めない。ただ、確実に近づいていた。
父に打ち明けると、父は驚きも否定もせず、深く沈んだ目で私を見た。「そうか」とだけ言い、「お前だけ逃げてもいい」と続けた。その瞬間、私は理解した。引っ越し続けてきた理由も、霊能者が首を振った意味も、すべてこの音と繋がっているのだと。
だが、私は逃げなかった。逃げる場所など、どこにもなかったからだ。父と一緒にいると決めた。
母は次第に錯乱し、看護師に暴力を振るうようになり、病棟の奥へ移された。父は痩せ細り、眼だけが異様に光り、家の中は重苦しい沈黙に満ちていた。音は、もう隠れようともせず、夜ごと響いた。
ある朝、家中に「がしゃん、がしゃん」という音が溢れた。数え切れない。壁の中、床下、空気そのものが震え、鉄と血が混じった匂いが鼻を刺した。父は突然立ち上がり、私を突き飛ばすようにして叫んだ。「雪子、逃げろ」
次の瞬間、私は外にいた。パジャマのまま、サンダルを突っかけ、始発の電車に飛び乗っていた。背後から迫る音を振り払うように、ただ隣町まで逃げた。
寒さと不安に耐えきれず、灯りのついた店に入った。財布もなく、ただ震えていた私に、店員が声をかけた。中性的な顔立ちで、柔らかな声だった。温かい飲み物を出され、その湯気に、ようやく涙が滲んだ。
警察へ行こうと言われたが、私は首を振った。信じてもらえないと分かっていたからだ。
その時、「がしゃん」という音が店の中に響いた。私は凍りついた。だが、店員も同じ方向を見ていた。彼も、聞こえていたのだ。その表情を見た瞬間、私は初めて他人と恐怖を共有したのだと知った。
店員は心当たりがあると言い、私をある青年のもとへ連れて行った。年若く見えるが、妙に落ち着いた青年だった。話を聞き終えると、彼は頷き、「辛かったですね」と言った。その言葉で、私は堰を切ったように泣いた。
その後のことは、よく覚えていない。塩と水、月に関する言葉が飛び交い、空気がざわついた。最後に、凄まじい音と血の匂いが押し寄せた。
気づくと、音は聞こえなくなっていた。
家に戻ると、父はいなかった。床一面に、藁の履物の跡が残っていた。踏み場もないほどに。かすかに、血の匂いも漂っていた。父の姿は、どこにもなかった。
それ以来、私は音を聞いていない。母は落ち着きを取り戻し、通常病棟に移った。医師は、年越しを家で迎えられるかもしれないと言った。
だが、私は分かっている。音が消えたのではない。ただ、私のところへ来なくなっただけだと。
あの跡が何を意味するのか。父がどこへ行ったのか。青年と店員が何をしたのか。考えないようにしている。知ってしまえば、次は私が渡す側になる気がするからだ。
いつか母に聞く日が来るかもしれない。だが、その時が来ないことを、私はどこかで祈っている。
今も耳を澄ませば、遠くで鉄が擦れる音がする気がするのだから。
[出典:2006/12/03(日) 21:54:50 ID:h1Rdw5lx0]