これは、あるネット掲示板で見かけた話だ。
ある女性が元恋人にひどいDVとモラハラを受けた挙句、捨てられた。元彼は元カノと再び付き合い始め、二人して彼女の人間関係を掻き回し、周囲から孤立させてしまったらしい。どんなに説明しても理解は得られず、最後には彼女だけが悪者にされてしまった。身近な友人も離れ、たった一人を除いて、味方と呼べる人がいなくなってしまった。
彼女は憎悪に満ちていた。かつて愛した相手への憎しみ、裏切られた怒り、失われた友人たちへの失望が心の中で燃え上がり、精神的に追い詰められた。そんな時、ネットでふと目にしたのが「簡単な呪いの方法」だったという。その呪いは、たった一つの呪文を口にするだけでいいというものだった。「目を縛り、歯を縛り…」と、さも簡単な手順が書かれていた。
彼女は藁にもすがる思いで、その呪文を唱えた。元彼とその元カノを思い浮かべ、心の中のすべての憎悪を込めて。その時には、そんな呪いが本当に何かをもたらすとは考えていなかった。ただ、どこかで自分の苦しみを他人に転嫁したかったのかもしれない。
だが、呪文を唱えてわずか数十分後のことだった。彼女が愛していた飼い猫が突然苦しみだし、そのまま心臓発作で急死してしまった。あまりのショックに言葉を失った彼女は、その場で呪文を止め、呪いをかけたことを後悔した。しかし、それ以降、彼女の周囲には次々と不幸な出来事が起こり始めた。
まず、一昨年、彼女は社内でしつこいストーカーに遭い、職を失ってしまった。家を出れば通勤中にも見知らぬ男からしつこくセクハラを受け、恐怖におののく毎日を過ごさざるを得なかった。精神的に疲れ果て、夢遊病にまでなってしまった彼女を見かねた母親が支えてくれたが、その母親も病に倒れ、彼女にとっての唯一の味方が介護の必要な身体になってしまった。
今年に入ると、彼女が何とか就いた新しい職場でも周囲の人間関係が急激に悪化した。ちょっとした言葉や些細なことで孤立し、誰も彼女の言葉に耳を貸してくれない。まるで呪いが彼女自身に返ってきているかのようだった。
だが、皮肉なことに、かつて彼女が呪った元彼と元カノには何の不幸も降りかからないどころか、幸せそうな生活を続けているという噂が聞こえてきた。元彼は別の女性とデキ婚し、穏やかな家庭を築いていると聞き、元カノも結婚間近だと聞かされた時には、彼女は「どうしてこんなに理不尽なのか」と嘆かずにはいられなかった。
そうした愚痴を掲示板に書き込むと、誰かが返事をくれた。「人を呪わば穴二つと言うだろう? 他人を呪えば、その反動が自分にも返ってくるものさ。彼らが幸せそうなのは、ただそう『演じさせられている』だけだ。どんなに幸せそうに見えようとも、苦しみを抱えながら生きているかもしれない。君が今感じている不幸こそ、その呪いの力が効いている証だよ。」
その言葉は、彼女をさらに追い詰めた。「演じさせられている? 私だけがなぜこんな目に遭わなければならないのか?」彼女は掲示板に再び書き込んだ。「きっと呪いで別れさせたのが私の限界だったんだろうけど、あまりにも返しが厳しすぎる…もういい加減にしてほしい。」
しばらくして別のユーザーが返答してきた。「少なくとも生きているだけましさ。俺の妹の友達なんて、男に騙されて貢いだ挙句に失踪された。で、やつもネットで見つけた呪い師ってやつに同じような呪いを教わって、憎んでた男を呪ったら、親父さんが脳溢血で倒れて亡くなっちまったらしいぜ。しかも、葬式の場で母親も倒れて、今度は介護が必要な状態になってしまった。ネットで見かける変な呪いは、実は呪いじゃなくて悪霊を呼び集める儀式だったって話もあるらしい。」
それを聞いた彼女は、背筋が凍る思いだった。「悪霊…?そんなものを呼び寄せてしまったのか?」そしてふと、過去の不幸な出来事の数々が頭をよぎった。愛猫の突然の死、失業、夢遊病、そして周囲の人々との軋轢。全ての原因が彼女が行った「呪い」にあるのだとしたら、その報いを受け続ける日々がどれほどのものであるか、想像するだけで恐ろしくなった。
自分の人生がこのまま地獄に落ちていくのではないかと、今も怯えているという。自分が一度でも呪いというものに手を出してしまったことが、どれほどの代償を払う行為だったのか。それを考えるたびに、彼女の心は暗闇に引きずり込まれていく。
それでも彼女は時々思うという。「もし、あの呪いが正しい効果をもたらしてくれるのなら、二人がどこかで苦しんでいるかもしれない。そう考えられれば、まだ救われるのかもしれない」と。
そして、今もなお彼女は毎夜布団の中で、暗闇に身を潜めながら、自分に降りかかる不幸とあの日の呪いが交錯する夢を見続けている。誰にも聞こえないように小さくつぶやく。「彼らも苦しんでいればいい」と。そして、ふと気がつくのだ。その願いすらも、また新たな呪いとなっているかもしれないと…。