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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

電話ボックス r+5352

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鹿児島県に住む吉野さん(仮名)から聞いた話。

平成の終わりより少し前、まだ公衆電話が町に点在していた頃のことだという。

その晩、三連休の前の金曜日、吉野さんは大学の飲み仲間たちと中野駅近くの居酒屋で泥酔するまで飲んだ。終電はとっくに終わり、タクシーを拾う者もいたが、吉野さんは、なぜかその晩に限って「歩いて帰ってみよう」と思い立ったらしい。千鳥足で空を見上げると、都心の空もどこか重苦しく、妙に静かだったそうだ。

電話を持っていなかった彼は、実家の母親に「これから歩いて帰る」と一報を入れようと、幹線道路沿いのバス停にある電話ボックスへ向かった。

扉を開けた瞬間、むせ返るような甘ったるい香水の匂いが鼻を突いた。

中を覗くと、受話器が電話機の上に無造作に置かれていた。誰かの置き忘れだと思いながら耳を当てると、そこからは「プー……プー……」という電子音だけが流れていた。通話は切れている。受話器をフックに戻すと、チャリン、チャリンと音を立てて返却口から硬貨が吐き出された。10円玉が六枚。

「ラッキーだな」と思い、二枚だけ使って母に連絡し、残りはポケットに入れて歩き始めた。

だが、何かが引っかかった。

次のバス停に差し掛かったとき、また同じように電話ボックスを覗いてみる。やはり、受話器は上に置かれ、香水の匂いが漂っている。耳に当てると電子音。フックに戻すと十円玉が五枚。

偶然とは思えなかった。

三つ目、四つ目の電話ボックスも同じ。受話器、香水、電子音、そしてまた返却される十円玉。歩くうち、吉野さんのポケットには十九枚の硬貨が集まっていた。

五つ目の電話ボックスを見かけた時、ちらりと人影がよぎった。女のような細いシルエットだったが、はっきりとは見えない。気のせいかもしれないと思いつつ、またボックスに入ると五枚の十円玉が戻ってくる。

六つ目。今度ははっきりと、赤いワンピースの女が出て行くのが見えたという。

長い黒髪が夜風に揺れ、まるで誰かに見せつけるようにゆっくりと歩いていた。顔は見えなかったが、その動きには何とも言えぬ不気味さがあった。

女が去った後、また電話ボックスに入った。受話器を耳に当てる。

……そこから、叫び声のような男の声が流れ出た。

「なあ……お前ケイコだろ? もうやめろよ……頼むからさ……頼むから話そう。俺たち、寝られなくて参ってるんだよ……」

心臓が跳ねるような衝撃。慌てて受話器を戻した途端、チャリンチャリンと十円玉が返ってくる。その音に続いて、背後から囁くような声が響いた。

「なんで切るの?……邪魔しないでよ」

振り向いた瞬間、そこにいた。

赤いワンピースの女が、すぐ背後に立っていた。白い顔がぼんやりと街灯に浮かび上がり、目が合った瞬間、にたりと笑った。

完璧な顔立ち。だがあまりに整いすぎていて、人形のような無機質さがあったという。

「ねぇ……邪魔、しないでよ」

その声はとても静かだったが、確かに怒っていた。そう感じた。

逃げた。全速力で。まるで死神に追われているかのように。

途中、ラーメンを戻しながらも足は止まらなかった。家までの二キロを息も絶え絶えに駆け抜け、玄関が見えた瞬間、ポケットの十円玉をすべて庭に撒き捨てた。

香水の匂いはそれでも消えなかった。三日間、着替えても、風呂に入っても、甘く鼻に残り続けたという。

あの女が人だったのか、あるいはもっと別の存在だったのか、吉野さんは今でも分からないそうだ。

ただ、一つ確かなのは、あの夜、誰かが深夜の公衆電話を延々と渡り歩きながら、どこかに電話をかけ続けていたという事実だけだ。

一体、何人に。何十人に。何百人に。

あの「ケイコ」は、まだ返事を待っているのかもしれない。

(了)

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