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短編 r+ 都市伝説

鏡のなかのおまえ r+14,362

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大きめの姿見がある家に住んでいる人は、一度試してみてほしい。

ただし、くれぐれも“継続”はしないように。

――鏡のなかの自分を、じっと見つめながら、言ってみるんだ。

「お前は誰だ」

霊的な話じゃない。オカルトでも都市伝説でもない。
むしろ、もっと冷たく、皮膚の裏をぞわりと這うような感覚。理屈で説明できる範囲の、だからこそ逃げ道のない、そんな不安。

この話を初めて知ったのは、当時よく通っていた某掲示板だった。

軍事系のスレッドに、戦中ナチスが行なった心理実験の一例として書かれていた。
鏡を使った人格剥離のための技法――日々、自分の姿を鏡に映しながら、あえて名前を否定させ、自己認識を歪ませることで被験者を操作しやすくする、というもの。

「一日数回、鏡の前で自分に問いかけ続けさせる。十日で判断力が崩壊し、三ヶ月で自我の崩壊が起こる」

眉唾だった。
だけど、どこか惹かれてしまった。否、試してみたくなったと言うべきか。

あのときの僕と中島は、少し浮かれていたのだと思う。
都市伝説めいた話に、リアルな戦争の影が混ざることで、かえって現実味を帯びて見えた。

「ウソくせー。試しにやってみようぜ」

夜、僕の家にある姿見を使って、まず僕からやってみることになった。

蛍光灯を消し、薄暗いスタンドライトだけを頼りに、鏡の前に立つ。
室内の空気がぐっと冷たくなった気がして、息が白くなったような錯覚すらあった。
緊張と興奮、そしてどこか軽い罪悪感。

鏡のなかの僕は、当然のように僕を真似て動き、表情をなぞっていた。
……ただ、一瞬だけ違う顔に見えた気がして、喉がきゅっと詰まった。

「お前は……誰だ?」

自分の声が、自分の耳に届いた瞬間、胃の裏に冷たい水が流れたような感覚がした。
ぐらり、と視界が歪んで、足元が崩れるような不快なめまい。

うえっ、と吐き気が込み上げてきて、そのまま洗面所で胃液だけを吐いた。

「やっぱヤバいな、これ……」

翌日、中島に話すと、彼はまるで興味を失ったように笑い飛ばした。

「なにそれ、ダッセーな。怖くもなんともねぇよ」

その口ぶりがやけに引っかかったが、それ以上追及はしなかった。
それで話は終わったはずだった。

……数週間後。

中島は、妙に学校を休むようになった。

登校している日でも、視線が合わなかった。話しかけると、目の奥がどこか揺らいで見える。
「……ん? ああ、なんでもない」
何を聞いても上の空。まるで夢の中にいるような返事。

そして、あの夜。深夜、ふいに電話が鳴った。

寝ぼけた頭で受話器を取ると、中島だった。だが第一声が奇妙だった。

『……なあ、俺ってさ……俺だよな? 俺って……中島翔太だよな?』

声が震えていた。まるで泣く寸前のようだった。

「なに言ってんだよ、おまえは中島翔太だろ、間違いないって」

そう返すと、しばらくの沈黙の後、安堵するような息遣いが聞こえた。

『……そっか。そうだよな』

そしてぽつりぽつりと語り始めた。

『……あの後さ、ちょいちょいやってたんだよ。鏡のアレ。何か気持ちよかったんだ。自分が自分じゃなくなっていく感覚って、妙に……ゾクッとする』

僕はぞっとして、すぐにやめろと強く言った。だが、彼の返事はおかしかった。

『いや、大丈夫だから。これでいいんだ、これで……だいじょうぶ、いや……コレで良いんだ、いいんだ、だいじょうぶ……』

機械のように繰り返し、そして電話は不意に切れた。

再度かけ直すと、ようやく十二回目のコールで繋がったが、出た中島の声が低く、奇妙だった。

『……お前、誰だ?』

……その瞬間、通話は切れ、二度と繋がらなかった。

それ以降、中島は学校にまったく現れなかった。

後日、中島の親が下宿先を訪れた。連絡が取れないことを不審に思ってのことだった。
そしてそこで、信じられない光景を目の当たりにしたらしい。

中島は、洗面所の三面鏡の前に座り込み、親の呼びかけにも応じず、へらへらと笑いながら鏡に向かって喋り続けていたという。

そう、自分自身に。鏡の中の中島に。

まるで、そこに誰か“別のもの”がいるかのように。

今では、実家に引き取られ、地方の病院に入院していると聞いた。

精神状態は幾分安定したらしいが、病室には「鏡面のあるもの」は一切置かれていないという。

僕自身、あの一度きりで充分だった。

だけど、最近ふとおかしなことが増えた。

顔を洗って鏡を見ると、一瞬だけ見知らぬ女が映っていることがある。

ギョッとして見直すと、それは確かに僕の顔なのだ。

けれど……そうだったか?

……これが僕の、顔だったか?

――ねぇ、私って、私……だよね?

[出典:467 名前:ゲシュタルト崩壊:2006/05/16(火) 16:29:54 ID:k4IXe2x40]

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