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戻れぬ浅瀬 r+7781

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海が近いためか、地元ではよく漁師たちの迷信を聞かされていた。

「入り盆や送り盆には漁に出るな」とか、「お盆の時期には海や川に入ってはいけない」といった話だ。しかし、こういった迷信はこの地域だけでなく、他の場所でも一般的に知られているものらしい。今回の話も、そのような迷信の一つに関連するものだった。

ただし、今回の話はお盆ではなく、地元特有のルールに基づくものだった。それは、僕が初めて本気で「ヤバい」と感じた体験だ。

釣りが好きな僕は、友人の徳宮を誘って海へ行こうとしていた。そのとき、船を持ってはいるが既に漁師を引退した徳宮の祖父が、興味深そうに笑いながら言った。

「今日から明後日までは、峰ノ州の方には絶対に行くなよ。あそこは何かがあるときに、誰も助けられないんだ」

その語り口はわざとらしいものだったが、祖父の目には真剣さが宿っていた。

峰ノ州というのは、地元の人々がそう呼んでいる浅瀬のことだ。外から見ればただの磯に過ぎない。徳宮は「わかってるよ、釣れなかったら帰ってくるから」と軽く返事をして、僕たちはいつものように釣りに出かけた。

釣り場までは自転車で十五分ほどの距離だ。本当は原付で行きたかったが、徳宮はまだ免許を持っていなかったし、ガソリンを入れに行くのも面倒だったため、結局自転車で向かった。

釣り場に着くと、そこには四駆の車と、見慣れない大学生風の二人組がいた。彼らは峰ノ州の手前にある防波堤で、釣り具を持ちながらも実際に釣りをする様子もなく、タバコを吸いながら何かを待っているように見えた。時折、周囲を見回したり、どこか落ち着かない様子で話し合う姿が印象的だった。

僕たちは少し遠慮しながら、その横でいつものように釣りを始めた。しばらくすると、その二人組がこちらに興味を持った様子で話しかけてきた。

「こんにちは。ここって釣れるの?全然釣れなくてさ」

少しパーマのかかった、感じの良さそうな一人が声をかけてきた。もう一人は徳宮の仕掛けをじっと観察していた。

彼らはその後も色々と面白い話をしてくれ、僕たちは缶コーヒーまでごちそうになった。数分話をしていると、彼らの使っている釣りの仕掛けがこの場所にはまったく適していないことがわかった。

僕たちは、彼らが狙っている魚が目の前の峰ノ州によくいることを知っていたし、彼らの仕掛けも峰ノ州なら有効だと思った。だから、お礼のつもりで峰ノ州の場所を教えたのだ。

そのとき、徳宮の祖父の警告なんてどうでもよかった。大学生であればもう大人だし、自分たちで気をつけるだろうと思っていた。

二人は「ありがとう、行ってみるよ」と言い、荷物を車に積み込んですぐに峰ノ州へ向かった。僕たちはその姿を見送りながら、自分たちの釣りに集中していた。

しばらくして、遠く峰ノ州の磯の先に二人の姿が見えた。彼らは竿を持って歩いているようだった。さらに時間が経つと、二人がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

「釣れたのかな?」

徳宮が楽しそうに手を振り返した。しかし、どこか落ち着かない感じが残っていた。その後も僕たちは自分たちの釣りに集中し、二人のことはすっかり忘れていた。

日が傾き始めた頃、天気が曇り空に変わり、海は灰色に染まっていた。僕がバケツで海水を汲んでいると、徳宮が「あれ、見て!」と峰ノ州の方を指差した。

「何?」

僕はバケツの紐を引きながら峰ノ州を見た。例の二人組が、まるで海の上に立っているような、信じられない場所にいるのが見えた。さらに、彼らはその先に歩いているように見えた。

彼らの姿は徐々に小さくなっていった。それは、遠くに移動しているというよりも、まるで沈んでいくかのようだった。事実、彼らの上半身しか見えなくなっていた。

徳宮の祖父の言葉が頭をよぎる。「助けられんからな」

僕たちは黙ってその光景を見守りながら、道具を片付け始めた。二人のうち一人はすでに頭だけになり、やがて海中に消えていった。

徳宮が震える声で「爺ちゃんの言う通りになった」とつぶやいた。その恐怖がこちらにも伝わってきた。

残されたもう一人も、波の中で何度も転びながら必死に戻ろうとしていた。足元は不安定で、何度も水に沈んでは立ち上がることを繰り返し、その度に絶望が顔に浮かんでいた。彼の目は恐怖で大きく見開かれ、息を荒げながら必死に抵抗していたが、波は彼を許さなかった。まるで白い手が彼を掴み、引きずり込むように、その姿は波の中へと沈んでいった。

徳宮も僕も、その「白い手」を確かに見た。

それはわずか数分、長くても十分ほどの出来事だったかもしれない。ただ、僕たちには永遠のように感じられる恐怖の時間だった。心臓は激しく鼓動し、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。息をするのも忘れるほどの緊張感が、僕たちをその場に縛り付けていた。

その後、僕は自転車で近くの家まで警察と救急を呼びに行き、徳宮はその場に残っていた。警察と消防が到着し、僕たちは事情を説明してそのまま帰された。

結局、一人目の遺体が見つかったのは二日後だった。もう一人は最後まで見つからなかった。

その後、徳宮が祖父に峰ノ州について尋ねてみたが、祖父も詳しいことは知らず、「ただ、あそこは昔から、この季節に行ってもいいことはないから、もう行くな」と言われただけだった。

数年後、徳宮が再び峰ノ州に行こうとしたが、途中で足がすくんでどうしても先に進めなかったらしい。

あの大学生たちのことは、今でも申し訳なく思う。特に理由のない場所かもしれないが、彼らは僕たちの身代わりになったのだと感じている。

(了)

[出典:661 :本当にあった怖い名無し :04/08/25 16:06 ID:GjSKYK1L]

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