あれは、二十五歳の誕生日だった。
少し背伸びをして、仲のいい友人を六人ほど呼んだ。狭いワンルームだが、壁に簡単な飾りを貼り、テーブルを寄せて、コンビニで買ったケーキを中央に置いた。缶ビールを並べるだけで、部屋はそれなりに祝祭めいた空気になる。
その夜、私は妙に写真を撮った。普段はほとんど撮らないのに、誰かが笑うたびに、グラスを掲げるたびに、何度もシャッターを切った。酔いも手伝って、今この瞬間を残しておきたいという衝動が強かった。
帰り際、全員で一枚撮った。部屋の奥、押入れの前に並び、私が腕を伸ばして撮影した写真だ。
翌朝、頭痛に耐えながら写真を見返した。
そこには、七人写っていた。
私は確かに六人呼んだ。私を含めて七人のはずだと、一瞬思い直したが、違う。私は撮影者だ。写っているのは六人でなければならない。
画面には、見慣れない顔が一つ混じっていた。
押入れの前、列の端に立つ女だった。肩までの黒髪。無表情で、他の友人たちとはわずかに距離を置いて立っている。こちらを見ているが、笑っていない。
最初は、誰かの知り合いが紛れ込んだのだと思った。酔った勢いで連れてきたのかもしれない。記憶が曖昧なだけだと。
グループチャットに写真を送った。
「昨日の写真、これ誰だっけ?」
すぐに既読がつき、返信が来た。
「何言ってんの? あんたの友達でしょ」
「最初からいたじゃん」
「名前忘れたの?」
私は、全身が冷えた。
誰も不審がっていない。むしろ私が変だと言わんばかりだ。
「最初から七人だったよ」
「ケーキ切るときも横にいたし」
ケーキを切った場面の写真を拡大する。確かに、女はそこにもいる。私のすぐ隣に立っている。ろうそくの火を見つめている。だが私は、その視線を覚えていない。
通話をかけて、一人ひとりに確認した。
「昨日、何人いた?」
「七人だよ」
「最初に来たのは?」
「俺と……それから、あの子」
名前を聞くと、相手は一瞬黙り込む。
「……あれ?」
その沈黙のあと、別の名前を挙げる。しかしそれは、実際に来ていた友人の名前だ。知らない女の名前ではない。
全員が、「最初からいた」と言う。だが誰も、女の名前を言えない。
私は、自分の記憶を疑い始めた。酔いが強かったのかもしれない。何度も写真を見返す。女はどの写真にもいる。飲んでいる姿も、笑っている姿もない。ただ、どの場面でも必ず、私の近くに立っている。
その日の夜、再び写真を見ていると、違和感に気づいた。
部屋の広さがおかしい。
ワンルームのはずなのに、写っている奥行きが、実際よりもわずかに広い。押入れの前の壁が、写真では数センチ後ろにずれているように見える。
翌日、メジャーで測った。壁の位置は変わらない。だが写真の構図と一致しない。
私は、押入れの前に立ってみた。写真と同じ位置に立ち、スマホを掲げる。撮影して比較する。背景の比率が、微妙に違う。
写真の中だけ、部屋が広い。
つまり、あの夜、あの瞬間だけ、私の部屋は今より広かった。
再びグループチャットに送る。
「この部屋、こんなに広かった?」
既読がつくまでに時間がかかった。
「え? いつも通りだよ」
写真を見比べてもらったが、誰も違いが分からないと言う。
私は写真をさらに拡大した。女の足元に影がないことに気づく。天井の照明は真上にあるのに、彼女だけ影が薄い。
次の瞬間、通知音が鳴った。
グループチャットのメンバーが一人減っている。
名前が消えていた。
慌てて個別に連絡を取ると、「そんなグループあった?」と返ってきた。昨夜の写真も送ったが、「合成?」と笑われる。
残っているのは、私のスマホの中の写真だけだった。
再び集合写真を開く。
写っている人数は、六人になっていた。
だが、私は撮影者だ。写っているはずがない。
画面の中央に、私が立っている。
ケーキの前で、笑っている。
腕を伸ばして撮影しているはずの私は、誰かの隣に立ち、カメラを見ている。その隣に、あの女がいる。私よりもわずかに前に出ている。
スマホを持つ手が震えた。
つまり、あの夜、写真を撮っていたのは私ではない。
では誰が。
天井の照明が、かすかに揺れた。
押入れの襖が、音もなくわずかに開いている。昨夜閉めたはずだ。
写真をもう一度見る。
人数が、また増えている。
八人。
見知らぬ顔が、さらに一つ増えている。押入れの前、壁のさらに奥に、空間が広がっている。
私はその写真を消そうとした。削除ボタンを押す。確認画面が出る。指が止まる。
「本当に削除しますか?」
その文面の下に、小さなサムネイルが並んでいる。すべて同じ構図だ。だが、人数が少しずつ違う。六人、七人、八人。
そして最新のものには、九人写っている。
その中に、今の私がいる。
スマホを持ち、画面を覗き込んでいる。
私はゆっくりと顔を上げた。
部屋は静まり返っている。だが、写真の中では、誰かがシャッターを押している。私ではない誰かが。
押入れの奥が、わずかに暗く深くなっている気がする。
あの夜、誕生日に呼んだのは六人だったはずだ。
だが、祝う側と祝われる側は、いつから入れ替わったのだろうか。
次の誕生日の予定が、カレンダーに自動で追加されている。
参加者は、十人。
知らない名前が、一つ増えている。
(了)