ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

あなた、私が見えるんですか!? n+

更新日:

Sponsord Link

駅前のタクシー乗り場は、終電を逃した人たちで薄くざわめいていた。

舗道にこぼれた雨粒が、街灯の光を跳ね返して、足元を曖昧にする。
私は携帯を耳に当て、友人の声に相槌を打ちながら、いつもの位置に並んだ。
列の先頭には一人の男が立っていた。背は高くも低くもない。
ただ、姿勢が奇妙に真っすぐで、風の中でも微動だにしなかった。

私が通話を続けながら少し距離をとって立つと、タクシーが滑るように停まり、
ドアが、まるで私を指名するように開いた。
前の男が乗るのだと思っていたが、彼は動かない。
まぶたを伏せたまま、遠くの信号を見つめている。
電話の向こうで、友人が「早く来て」と言った。
私は、譲ってくれたのだろうと思い、軽く頭を下げてタクシーに乗り込んだ。

シートに腰を沈めた瞬間、背中が冷たくなった。
男の気配がこちらに向かって走ってくる。
「あなた、私が見えるんですか!?」
タクシーのドアが自動で閉まり、ガラス越しに彼の口が歪んだ。
運転手は何事もなかったようにハンドルを切り、静かに発進する。
「見えるんですね!? 待ってください!!」
男の声は排気音に混ざって遠ざかっていった。

私は窓越しにその姿を追った。
駅の光が流れていく中で、彼は走り続けていた。
右手を伸ばし、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
やがて彼の影は消え、タクシーの中には、私の呼吸だけが残った。

「今の人、何だったんでしょうね?」
気を落ち着けようと運転手に話しかけた。
「え? どなたのことです?」
視線がバックミラーに映る。そこには、ただ無表情な運転手の目。
その瞬間、胸の奥が急に軽くなり、代わりに耳鳴りのような風の音がした。

翌日、私はその駅に行かなければならなかった。
仕事の関係でどうしても外せない用事があったのだ。
夕方の空気は妙に乾いていて、昨日よりも人が少なかった。
タクシー乗り場の蛍光灯が、白く滲んでいる。
そこに、あの男がまた立っていた。
背筋をまっすぐに、動かずに。

私は遠くから見ているつもりだったのに、気づけば足が列の端に踏み出していた。
ポケットの中の携帯が震えた。画面には誰の名前も出ていない。
耳にあてても、ノイズだけが聞こえる。
「お急ぎですか?」
声に振り向くと、タクシーが私の前に止まっていた。
ドアが開き、冷たい空気が足元を撫でた。

乗るべきか、迷った。

しかし、蛍光灯の下でじっと立っている男の背中が、まるでこちらを見ているように思えた。
目が合った瞬間、彼の唇が微かに動いた。
「行かない方がいい」
そう言われた気がした。

だが、私は歩き出していた。
足音が硬く響く。
ドアの向こうの暗がりに吸い込まれるようにして、シートに体を預ける。
「どちらまで?」と運転手が言う。
昨日と同じ声だった。
「……昨日もこのあたりで、変な人を見ませんでしたか?」
「いえ、私は昨日はお休みでしたよ」
背中に汗がにじむ。
ウインカーの音だけが車内に弾む。

街の明かりが減り、窓の外が黒く沈む。
時計を見ようとしたが、携帯の画面が真っ暗だ。
押しても、何も点かない。
胸の中に、誰かの呼吸のような気配が混ざる。
「三年もこのままなんです」
どこかで、聞いた声がした。
振り返ると、後部座席の隅に水滴が一粒、光っていた。

ライトが差し込むたびに、世界が一瞬だけ白く反転する。
そのたびに、自分の手が薄く透ける気がした。
運転手の肩越しに、駅前が再び近づいてくる。
「着きましたよ」
ドアが開く音がして、私は外に出た。
アスファルトの上には、まだぬるい雨の匂いが残っている。
振り返ると、さっきの男が立っていた。
今度は、列の一番後ろで。

私は思わず声をかけた。

「あなた、私が見えるんですか?」
彼は一瞬きょとんとした顔で、私を見た。
そして、タクシーのドアが開いた。

車のライトが再び白く地面を塗る。

男は軽く会釈してタクシーに乗り込んだ。
運転手が何かを言ったが、音にならなかった。
私は口を開いたが、声が出ない。
誰も、私の方を見ない。
通りすがる人の肩が、私の身体をすり抜けていく。

気づけば、手の中の携帯が光を失っている。
画面の中に映るのは、私ではなく、背を向けた誰かの影。
それが、タクシーの後ろを追いかけていた。
遠ざかるライトの粒を見つめながら、私は静かに笑った。
「見えるんですね、私のことが」
その声は、夜の風にすぐに溶けていった。

駅のアナウンスが流れ、蛍光灯が一つ、また一つと落ちる。
最後に残った灯の下で、誰かが立っている。
姿勢を真っすぐに、風にも揺れず。
その人が誰かを待っていることだけが、はっきりわかる。

[出典:122 :本当にあった怖い名無し:2006/09/09(土) 17:09:28 ID:Z6IER3SM0]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚, n+2025

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.