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春の祠 r+5,212

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十年ほど前、従弟が事故で死んだ。

バイクで街道を走っていて、カーブを曲がり損ねたらしい。
その知らせを受けて実家に帰ったとき、本家の叔父――従弟の父親が、ぽつりと話し始めた。

「お前が継ぐことになるだろう」
そう言ってから、例の“話”をしてくれた。

……うちはちょっと変わってて、家を継ぐのは末っ子と決まっている。長男でも次男でもない、必ず末の男児。
死んだ従弟は、三男の叔父の末子。
俺の親父は次男で、弟がいたが……その話はあとにする。

あの日の葬式は雨だった。山沿いの本家の屋敷は、祖母の葬儀以来だったが、あいかわらず重苦しい空気に包まれていた。
本家の玄関横にある座敷牢――今はただの空き部屋になってるそこが、異様に湿っぽくて、誰も近づこうとしない。
叔父はそこに一瞥をくれてから、焼香の合間に静かに口を開いた。

「うちはな、末子が継がなきゃいけない理由がある」

言葉を選ぶように始まったその昔話は、想像を超えていた。

江戸の末期、祖先にあたる西塔家の当主に、ある女が嫁いできた。
聡明で美しい女だったらしく、ほどなく子を産んだ。女の子で、名を『春』とつけたそうだ。
その年は不作で、産後間もない女も山に入って山菜を採るような生活だったという。
そして、ある日を境に村のすべてが狂い始めた。

女が山から戻ってきたとき、髪は乱れ、顔は青ざめ、呆けたような目をしていた。
ぽつりと、こう言った。

「……天狗に、はらまされた」

それが、白人のことだったのは後になってから判明した。
黒船来航の少し前、遭難した西洋人が山に潜んでいたらしい。
衝撃と混乱のなか、女は寝込み、堕胎もままならぬまま、男の子を産んで死んだ。
その子が……『ユキハル』と名付けられた。

ユキハルは、姉の春に育てられた。
父親はその存在を否定したかったが、殺すこともできず、家の座敷牢に閉じ込め、外に出さずに育てた。
世話は次第に春が一人で担うようになり、ユキハルは姉の言葉だけを聞いて育った。

白い肌、茶色の髪、氷のように澄んだ青い目。
その姿は、死んだ母に似ていたという。
けれど、明らかに異物だった。

村人の目に触れないとはいえ、成長するにつれ、父親の中の憎悪が肥大していった。

そして、ある晩。
父親は座敷牢に入り、ユキハルに襲いかかった。
以後、客人や役人にユキハルを売り始めた。
はした金で、何度も。

ユキハルを苦しめることだけが目的だった。
春は何度も止めようとしたが、父は耳を貸さず、逆に「邪魔だ」と早々に春を他家に嫁がせようと決めた。
春が「嫁に行く」と告げた夜、ユキハルは春を連れ出し、山へ逃げた。

湖のほとりに着いたとき、ユキハルは春を抱いた。
血のつながった姉。
唯一の味方。
そして、越えてはならない一線を越えてしまった相手。

春は泣きながら湖に身を投げた。
ユキハルも後を追い、崖から飛び降りた。

村人たちは遺体を見つけたが、父親は姉の着物の乱れを見て、狂った。
ユキハルの遺体を引き裂き、獣に喰わせ、骨を祠の前に投げ捨てた。

そして数ヶ月後――
屋敷のあちこちに、春の霊が現れるようになった。

座敷牢に、石の上に、庭に……
じっと、かつての蔵を睨んでいたという。
蔵はユキハルが“使われていた”場所だった。

父親は夢枕に春を見るようになり、やがて衰弱し、ある日、蔵の前で自分の喉を掻き切って死んだ。
赤い飛沫は今も消えていない、と叔父は言った。

……話を聞きながら、俺はただ呆然としていた。

それから代々、家を継ぐのは“末子”に。
それが春の機嫌を損ねない唯一の策だと、誰も口にしないがわかっていた。

しかし従弟は都会で働き、継ぐ気もなかった。
長男が跡取りになるという話が出始めたそのとき、事故が起きた。
そして俺の弟は、交通事故で半身不随。
風呂場で見た、水の中の影。
ついに、俺が本家に乗り込み、儀式を行う羽目になった。

儀式の夜、本家に泊まった俺は、真夜中に“それ”を見た。

井戸のそばで、ひとり、食器を洗う少女。
緑がかった着物。
目尻と頬に小さなほくろ。
……現代の感覚で見ても、ぞっとするほど美しかった。
けれど、腹が立って仕方なかった。
従弟を殺され、弟を奪われ、俺は怒りのままに声を荒げた。

「……オイ」

春は動きを止め、こちらを見て、すっと頭を下げて、消えた。
何も言わず、何も告げず、ただ頭を下げた。

あの瞬間、怒りが霧のように薄れ、別の感情が湧いた。

――もしかして彼女も、ずっと、愛を手放せずにいたのか。
弟と引き裂かれた、その痛みに囚われて。

俺は祠の前の土を掘り返し、ユキハルの骨が埋まっていそうな土を集め、春の墓の隣に静かに埋めた。

それから、春の霊を見ることは一度もない。
ただ、ときどき……
誰もいない井戸のほうから、茶碗を洗う音が聞こえるだけだ。

従弟は、何も知らずに死んだ。
弟は、今もリハビリに通っている。

俺は……今でもあの夜の井戸を思い出すたびに、怒りと、哀しみと、許しきれない何かに胸を締めつけられる。
だが、あのときの彼女の背中に、少しだけ、救われた気がしたのも、事実だ。

……春。
もう、どうか、ゆっくり眠ってくれ。

[出典:568 :本当にあった怖い名無し:2013/01/30(水) 04:28:00.10 ID:NtJ16ww9O]

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