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放っておいた夜 rw+5,589

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夜の河川敷は、取材対象ではなく、通過点のはずだった。

卒業制作で少年犯罪を扱うと決めたとき、教授は何も言わなかった。企画書を読んで、ただ一度だけ頷いた。その数日後、封筒を差し出された。中に入っていたのは、携帯番号と、「川崎の河川敷」とだけ書かれた紙片。それから封のされた写真。

「会うなら、自己責任で」

それだけだった。

電話口の男は、名乗らなかった。録音は構わない、名前は出すな、信じなくていいと繰り返した。まるで、自分の話が虚構であってほしいと願うような声だった。

駅前の喫茶店で向かい合った男は、三十代前半。爪の縁が荒れ、灰皿に落ちる灰をじっと見つめていた。目が合うと逸らす。逃げ場を探す目だった。

「俺、十七だった。あのとき。……殺したのは、友達じゃない。友達ですらなかった」

その言い回しに、彼は何度もつまずいた。友達ではないと言いながら、否定しきれないものが混じっているようだった。

最初の数回、彼は過去を説明しようとした。フィリピン人の母、顔も知らない父、小三で妹の迎えに行った話。家に鍵がなく、夜は公園かゲームセンターで時間を潰したこと。寺の賽銭箱を開けたときの金属音。アニメキャラの抱き枕を回し合って笑った夜。

そこに出てくるのは、名前ではなく記号だった。A、C、U。固有名詞を避けることで、何かを守っているようにも、距離を取っているようにも見えた。

「共通点が多かったんだよ。親いない、学校行ってない、金ない。話せばいくらでも出てくる。欠けてるもんばっかり」

彼らの結束は、何かを共有したからではなく、何も持っていなかったから生まれた。夜と煙草と、居場所のない時間だけが平等だった。

例の夜の話になると、彼の声は一段低くなった。

二月、多摩川の橋の下。風が強く、息が白くなったという。酔ったAが、冗談の延長のように刃物を出した。最初は「ビビらせるだけ」だったらしい。

「カッター、すぐ折れたよ。何回か切ったら。でも、あいつ止まらなかった。止まれなかったって言ったほうが近い」

Uは年下で、いちばん落ち着いていたという。兄がいて、目つきが鋭くて、最初は怖かった。けれどすぐ馴染んだ。

「途中から、みんな笑ってた。怖すぎて。血が広がってんのに、なんかバグみたいでさ。動きが変で。人間じゃないみたいで」

笑いは悲鳴の代わりだったのか、それとも合図だったのか。彼は説明しない。ただ、「俺らはあいつを放っといた」と繰り返した。

「殺した、っていうより、放っといた。そっちのほうが正しい」

夜明け前、彼らはCの家でゲームをしていた。異世界の騎士団が魔王を倒すRPG。キャラに名前をつける場面で、CはUの名前を入力した。

「すぐ死なせた。わざと。『これで本物も消えたな』って、笑ってた」

Cはぬいぐるみを通して喋る男だったと、彼は言う。それが事実か、彼の防御かは分からない。ただ、話すたびに彼の指先は震え、灰皿の縁を叩いた。

「俺はカッター持ってなかった。だから傷つけてない、って言えばそうかもしれない。でも違う。止めようと思えば止められた。Uがこっち見てたの、分かってた。けど、寒くて、怖くて、嫌で。全部から目逸らした」

最後に彼は、ほとんど独り言のように言った。

「俺らは誰の味方でもなかった。自分の味方ですらなかった」

喫茶店を出たとき、外は小雨だった。川崎の駅ビルの壁面に、水滴が縦に流れていた。河川敷へ向かう道は、昼でも薄暗い。

封筒に入っていた写真を、その晩ようやく開封した。橋の下のコンクリート。黒く乾いた染み。その隅に、誰かの足先が写り込んでいた。撮影者の影が、長く伸びている。

それが誰の影なのか、分からない。

あれから彼とは連絡が取れない。番号は使われていない。だが、夜の川沿いを歩くと、風の音に混じって笑い声が聞こえる気がする。怖さを誤魔化すための、あの笑い。

彼らは友達ではなかったと言う。だが、群れていた。連帯と呼ぶには薄く、孤立と呼ぶには近すぎる距離で。

河川敷の闇は、今も誰の味方でもない。ただ、立ち止まった者を、静かに見ている。

[出典:いじめられっ子たちがU君を殺すまで【川崎中1殺人事件の真相】現代ビジネス Yahoo!ニュース https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171214-00053702-gendaibiz-bus_all&p=1 ]

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