もう10年以上前のことになる。
617 : 本当にあった怖い名無し:2022/05/02(月) 12:40:35.85 ID/Y0.net
この話には特に結論や恐怖のオチはない。しかし、あの時体験した不可解な出来事がどうしても忘れられず、その説明がつかないことがずっと心に引っかかっている。それが何なのか明確に分からないまま、記録に残しておきたかった。文章が少し長くなるかもしれないし、わかりにくい部分もあるかもしれないが、そこはご容赦願いたい。
小学生の頃、私は山を切り開いて作られた新興住宅地に住んでいた。
この住宅地はバブル期に開発されたもので、私が小学生の頃には既に衰退し始めていて、空き家もちらほらと見受けられた。しかし、それでも同年代の子供たちは何人か住んでおり、私たちはよく一緒に遊んでいた。
その遊び場の中で、特に印象に残っているのが「通称:あの家」だった。住宅地の大通りを見下ろすように建つ洋館で、他にも空き家はいくつもあったが、この「家」だけは私たちにとって特別だった。他の空き家はただの放置された建物だったが、「あの家」はその独特の佇まいと不気味な雰囲気が、まるで異世界への入口のように感じられたのだ。
家全体がツタで覆われ、その不気味な雰囲気は一種の魅力を放っていて、何かに引き寄せられるかのように私たちを惹きつけた。それは恐怖と好奇心が入り混じったもので、私たちは無意識のうちに「あの家」へと向かっていた。
「あの家」は三階建ての洋館で、正面から見ると二階建てに見えるが、裏手の大通り側からは三階建てであることがわかるという独特の構造だった。窓のほとんどは鎧戸で閉じられており、ただ一つ、三階の一番右の窓だけが例外だった。そこには、ボロボロの白いレースのカーテンがかかっており、窓辺には薄汚れた白いドレスを着たフランス人形が背を向けて座っていた。
奇妙なことに、私はその人形がどうしても欲しかった。
それまで人形に興味を持ったことは一度もなかったし、ましてや廃墟に放置された汚れた人形である。それでも、その人形にはどこか懐かしさを覚えるような不思議な魅力があった。まるで過去の記憶に触れるような感覚で、幼い頃に感じていた安心感や、何か大切なものを思い出させるような気がした。
それは、単なる物理的な物体というよりも、何か別の力を宿しているかのような感覚だった。友人たちにはこのことを話したことはなかったが、誰かが「あの家に行こう」と言うと、私たちは自然とその人形がある部屋を目指した。他の友人たちも、おそらく同じように引かれていたのではないかと思う。
「あの家」の正面玄関には後付けでパイプシャッターが取り付けられていた。近隣の大人たちが「子供が中に入って悪さをしないように」と自費で設置したものらしい。しかし、私たちはそんな対策をものともせず、裏口から侵入していた。斜面を少し下ると、子供が身をかがめれば通れるくらいの小さな裏口があったのだ。
その裏口を通ると、建物内にある手すりで囲まれたバルコニーのような場所に出た。そのバルコニーから見下ろすと、コンクリートと木製の柱だけが広がる空間があり、その奥には二階に通じる階段が見えた。しかし、そのバルコニーから下に降りるための手段はどうしても見つからなかった。
「飛び降りてみようか?」と冗談交じりに言うことはあったが、誰も本気で飛ぶつもりはなかった。見下ろせば、下は無機質なコンクリートが広がっており、高さもそれなりにあった。階段に辿り着くにはどうしても飛び降りるしかないように見えたが、その高さと未知の空間が私たちを恐怖させた。
飛び降りるにはかなりの勇気が必要で、危険だということは誰もがわかっていた。それでも、一人だったら飛んでしまったかもしれないという妙な感覚があり、それが理由で私たちは決して一人で「あの家」に行くことはなかった。
結局、私たちはそのバルコニーから移動する方法を見つけられなかった。あの場所が何のために存在していたのか、今でも謎だ。倉庫としての用途があったのか、それとも建物の構造上の理由があったのか。
小学校を卒業する際、私は別の市に引っ越したため、「あの家」を見ることはなくなった。そして高校生の夏休み、地元で心霊スポットの話題になったときに、久しぶりに「あの家」のことを思い出した。
「あの家」は心霊スポットとして有名ではなかったが、その不気味な雰囲気から話のネタには十分だった。それで久々に「あの家」を訪れ、スマートフォンで写真を撮った。相変わらずの不気味さだったが、どこか懐かしさを感じ、再びあの人形が欲しいと思ったほどだった。
しかし、大学に進学したとき、その写真を友人に見せようと思ったが、どこにも見当たらなかった。おそらく機種変更の際に消えたのだろうと思い、特に気にはしていなかったが、その後、地元に戻ったときに「あの家」自体がなくなっていた。
取り壊されたのかと思ったが、誰に尋ねても「そんな家はなかった」と言われた。あれほど住宅地の中央に位置し、鬱蒼とした木々とツタで覆われて異様な存在感を放っていた建物が、まるで最初から存在していなかったかのように、誰の記憶にも残っていなかった。
一緒に探検した友人たちですら「あの家」を覚えていないと言う。あの目立つ洋館を誰も知らないなんて信じられなかったが、もしかすると誰かが「あの家」に一人で行き、そこで重大な事故が起きたのかもしれない。そして、「あの家」の存在はタブーとなり、その痕跡が消されてしまったのではないかと思う。
高校時代にもっと探検しておけばよかったと、今でも後悔している。しかし、いつか「あの家」がひょっこりと再び姿を現すのではないかという気がしてならない。
今でも「あの家」を思い出すと、あの時、探検し尽くせなかったことが心残りだ。そして、大人になった今なら、あのフランス人形の部屋に続く道を見つけられるような気がしている。だからこそ、あのフランス人形のようなものを探しているが、あれほどしっくりくるものは未だに見つかっていない。
当然といえば当然だ。そもそも、あの人形がどんな姿だったのかも、もう正確には覚えていないのだから。