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黄色い傘が rw+4,215-0623

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数年前、郊外の一戸建てに住んでいた。

家の近くに、小さな公園があった。その脇に短い坂がある。短いが、妙に急で、自転車だと途中から立ち漕ぎしないと上れない。

その坂を、夢で上っていた。

私は小学生くらいの身体に戻っていた。前かごには、そろばん塾の鞄が入っている。夜なのに、家々の窓はどこも暗く、坂の上だけがぼんやり白く見えた。

後ろから、歌が聞こえた。

「黄色い傘が」

それだけが、はっきり聞こえた。

幼い男の子の声だった。抑揚がなく、歌っているというより、同じ言葉を何度も置いているような声だった。

そのとき、私は思い出した。

この坂には、そういう話がある。

赤い服でこの坂を通ると、後ろから歌声が聞こえる。聞こえても振り返ってはいけない。振り返ると、ずっと追いかけられる。

そんな話を、誰から聞いたのかは分からない。現実には聞いたことがないはずだった。それでも夢の中の私は、昔から知っていたことのように思い出していた。

私は自分の服を見た。

赤いトレーナーだった。胸に小さなくまの絵が並んでいる。子どものころ、気に入ってよく着ていた服だ。

ペダルを踏む足に力を入れた。坂は短いのに、なかなか終わらない。後ろの歌声は近づいてくる。

「黄色い傘が」

息が苦しくなった。

坂の上まで出れば、右に曲がって家に帰れる。振り返らなければいい。それだけのことだった。

けれど、私は振り返った。

一度目は、左肩の向こうに何か白いものが見えただけだった。

見えなかったことにすればよかったのに、私はもう一度振り返った。

男の子がいた。

白いTシャツに黒い短パン。顔は暗くて見えない。手には縄跳びを持っていた。

男の子は、縄を回しながら坂を上ってきていた。

からん。

からん。

縄が地面に当たる音だけが、歌声よりも近く聞こえた。

私は必死に自転車をこいだ。三度目に振り返ったとき、男の子はもう坂の途中ではなかった。自転車の後輪のすぐ後ろで、同じ速さで跳んでいた。

家に着き、ガレージに自転車を突っ込んだ。そろばん鞄がかごから落ちた。私はそれを拾わず、車の陰に潜り込もうとした。

そこで目が覚めた。

心臓がひどく鳴っていた。夢だと分かっても、耳の奥に、からん、という音が残っていた。

数日後、また同じ男の子の夢を見た。

今度は家の中だった。

家族全員が寝室にしていた八畳の和室がある。その隣の部屋を通りかかったとき、和室から声がした。

ぼそぼそと、誰かが話している。

引き戸は少しだけ開いていた。私は中を覗いた。

誰もいなかった。

畳の匂いがして、布団が畳まれていて、障子の向こうに夜の窓が見えた。

戸を閉めようとしたとき、障子の下のほうに指が見えた。

サッシと障子の間の、普通なら人が入れるはずのない隙間に、何かが立っている。小さな指が、障子の紙を内側から押していた。

音もなく障子が開いた。

男の子が出てきた。

坂にいた子と同じだった。白いTシャツ。黒い短パン。今度は顔が見えた。目が大きく、こちらを見ているのに、見ていないような顔だった。

男の子は言った。

「僕は狼少年だ」

その意味を考えるより先に、男の子が走ってきた。

私は廊下へ逃げた。階段を駆け下りる途中で足を踏み外しかけた。背中のすぐ後ろで、裸足が板を叩く音がした。

目が覚めると、全身が汗で濡れていた。

その次の夢は、少し違っていた。

私は夢の中にいなかった。

自分の部屋を、どこか高いところから見ていた。机、本棚、ベッド。窓際に積んだ雑誌の位置まで、そのままだった。

部屋の隅に、男の子が立っていた。

縄跳びは持っていなかった。ただ、壁に背をつけて、こちらを見上げていた。

私は見ているだけだった。

男の子も動かなかった。

そこで夢は終わった。

朝になっても、気味の悪さが消えなかった。私は母に、三つの夢のことを話した。坂で歌声が聞こえたこと。振り返ったこと。和室の障子の間から出てきたこと。最後には、自分の部屋に立っていたこと。

母は黙って聞いていた。

そして、しばらくしてから言った。

「それ、部屋まで来てるじゃない」

その言い方が、嫌だった。

怖がらせようとした声ではなかった。夢の話に付き合っている声でもなかった。ただ、起きたことを確認するような言い方だった。

私はその日から、寝る前に部屋の隅を見る癖がついた。

あの家はもうない。引っ越して、家具もほとんど替えた。そろばん塾の鞄も、赤いトレーナーも、とっくに捨てた。

けれど、今でもたまに夢を見る。

坂ではない。

和室でもない。

知らない部屋の隅に、あの男の子が立っている。

目が覚めたあとで、いつも思う。

あの子は夢の中で追いかけてくるのではなく、私が眠る場所を、少しずつ覚えているのかもしれない。

先週、寝る前に窓を閉めようとして、カーテンの下に何かが落ちているのを見つけた。

細いビニールの縄だった。

片方の持ち手だけが、割れていた。

[出典:4 名前:あなたのうしろに名無しさんが…… 投稿日:2001/03/01(木) 23:21]

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