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雷鳴の駅舎で r+1,990

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大学生の頃の話をしようと思う。

十年以上経った今でも、野宿をするたびに思い出してしまう夜がある。夢にも何度か出てきた。雷鳴と豪雨の中、駅舎に眠る俺、その隅に体育座りでうずくまる男。叫びながら逃げる自分の声で目を覚ます。そんな悪夢だ。けれどあの夜は、悪夢なんかじゃなかった。

夏休みになると俺はよく出かけていた。大それた目的なんか無い。海外だとか自分探しとか、そんなものは鼻で笑う程度の関心しかなかった。ただの青春十八きっぷで行けるところまで行き、知らない街でソバを食べて、風呂に入り、土産を一つ買って帰る。そんな低レベルな旅。泊まるところも無計画で、ネット喫茶に転がり込めればまだいい方。駅で寝袋を広げるなんてのは常習だった。

あの年も同じだった。関東のどこかのローカル線、終電に揺られていた俺は、終点の一つ手前でふと降りてしまった。理由は単純、その駅の名前に惹かれた。ただそれだけ。終点の方が大きな駅で、まともに寝られる可能性もあったはずだ。でも俺はその瞬間、どうせ駅寝になると腹をくくっていた。結果的にそれが、あの夜の恐怖の入り口だった。

駅は人里離れた無人駅だった。なのに駅舎は意外と立派で、夜を明かすには悪くない場所に見えた。周囲には民家も商店もない。だが自販機はあり、トイレも清潔で、さらに歩いて行ける範囲に「野天風呂」の看板まであった。夕方すでに温泉に入っていたけれど、行かない理由もない。俺はその風呂を目指した。

山道を登ると、雑木林の中に小さな湯小屋があった。料金箱に小銭を入れ、ミニランタンを片手に湯につかる。夏の夜風と熱い湯の気持ちよさにうっとりしながらも、ふと風が冷たく変わる瞬間があった。雨になるな、と直感した俺は急いで服を着て、駅へと引き返した。ぽつりぽつりと降り出した雨は、駅にたどり着いた途端に豪雨へと変わった。危機一髪だった。俺は自分を天才だと密かに褒めながら、駅舎のベンチに寝袋を広げ、目覚ましを始発前にセットし、横になった。

……そこでようやく気づいたんだ。駅舎に漂う違和感に。

獣臭のような、けれど俺の物ではない臭い。暗闇に目が慣れると、隅にうずくまる人影が見えた。体育座りで膝を抱え、顔を伏せて動かない男。心臓が跳ねた。俺が駅に入ってからずっと、あの影はそこにいたのか。物音を立てても、呼びかけても、反応は無い。拍手をしても無視。目覚ましのベルを鳴らしても動かない。……確信した。あれは死んでいる、と。

チノパンに襟付きシャツ。俺よりも整った身なりに見える。髪は無造作に整えられ、太い体。なのに口から垂れ落ちていたのは涎ではなく血だった。恐る恐る触れた腕は冷たく硬直していて、死んでから時間が経っているのがわかる。

外は大雨、雷が遠くで響いている。駅舎の扉に手をかけて、電話で警察を呼ぼうと一瞬は思った。けれど考えてしまった。俺が第一発見者になるじゃないか。事情聴取だの、下手すりゃ容疑者扱いだの、面倒極まりない。少し冷静になろうと、再びベンチに腰を下ろした。死体と同じ空間にいることを意識すればするほど、頭の中は混乱していった。

「逃げちまえよ」
心の中で囁く声があった。死体は俺とは無関係だ。縁もゆかりもない土地、知らない人間。ただ偶然同じ空間に居合わせただけ。俺は無実だ。電車の終点まで歩けば、朝には着くだろう……。そう思いかけて、窓の外を見た瞬間、稲光が轟いた。外は土砂降り。歩くなんて自殺行為だ。俺は結局、駅舎に残った。

それでも死臭が漂ってくる。鼻をつくあの臭いに耐えられず、俺は改札を出て向かいのホームの待合室に移動した。そこは驚くほど快適で、座布団まで敷いてあった。俺は知らぬ間に眠りに落ち、そして星明かりに目を覚ました。雨は止んでいた。空には都会では見られない星々が瞬いていた。

駅舎に戻るのは嫌だった。死体を見ないように、足早に改札を通り抜けようとした。だが――そこに死体は無かった。昨日まで確かに体育座りで息絶えていたはずの男が、きれいさっぱり姿を消していた。

恐怖に硬直し、喉から無意識に叫び声が出た。ワーッとかウオーッとか、もう支離滅裂。あげくには歌い出していた。涙の数だけ強くなれるよ……と。頭が壊れそうだった。死体が動いたのか、誰かが持ち去ったのか。思考はまとまらず、息を荒げながら駅舎を調べ回った。

血のようなシミは残っていた。けれどそれ以上に気になるものがあった。タバコの臭い。新鮮な煙草の匂い。灰皿には吸い殻が浮いていた。あの男が生きていて吸ったのか?いや、あれは死んでいた。ならば、誰かが死体を運び出し、そのついでに煙草を吸ったのだ。俺が向かいの待合室で寝ている間に。

その考えが頭をよぎった瞬間、背筋が冷え切った。もし駅舎に留まっていたら?死体を運び出すその「誰か」と遭遇していたかもしれない。殺人犯だろうか、裏社会の人間だろうか。偶然が重なり、俺はもっとも安全な場所に隠れていた。それに気づいた時、心底ぞっとした。

始発が来る三十分ほど前、駅に杖をついた老婆が現れた。どれほど心強く感じたことか。死体のことを通報する勇気は出なかった。そのまま俺は地元へ帰り、ニュースを探し続けたが、該当する事件は一度も見つからなかった。十年以上経った今も、答えは出ないままだ。

あれは夢だったのかもしれない。妄想かもしれない。そうであってくれと願う。だが、雷鳴が轟く夜の駅舎に戻った夢を何度も見るたびに、あの男のうずくまった姿が脳裏に焼きついて離れない。

――俺は確かに、あの夜、死体と同じ空間で眠っていたのだ。

[出典:133 : 本当にあった怖い名無し : 2013/08/30(金) 02:39:44.63 ID:bnwvaDuo0]

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