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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

不可解の名を借りた呪詛 n+

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もう何年も前のことなのに、未だにあの夜の記憶をうまく言語化できずにいる。

まるで記憶の一部が水で滲んだように、断片的で、そして何より気味が悪い。
仲間内では未だに笑い話になっているが、あれを笑って済ませられる者の気が知れない。

大学を卒業して、ようやくまともな社会人生活に慣れてきた頃だった。
その日の夕方、学生時代の先輩から突然の電話が入った。
「おい、メシ食ってんだけどよ、お前も来いよ。すぐ来い」
そういう強引な誘い方をする人だったから、特に違和感はなかった。

指定された居酒屋に着くと、先輩の向かいには見知らぬ女が一人座っていた。
髪の色は妙に明るく、肌はファンデーションの層で厚く塗り固められている。
見た瞬間、私は直感的に「無理だ」と思った。
化粧の下からうっすらと浮かび上がる骨格が、どうにも不自然だったからだ。

先輩は、「あ、紹介するわ。B子。友達っていうか、知り合い。まあ、よろしく」
とだけ言った。
その言葉の軽さにも、女の態度にも何か釈然としないものを感じたが、
その場はとりあえず笑って酒を流し込んだ。
何も起きなければそれでいい、と思っていた。
だが、それは「何も起きなければ」の話だった。

翌朝、出勤のために電車に揺られていると、見覚えのない番号から着信があった。
混んだ車内では電話に出ることもできず、無視していたが、
三分おきに同じ番号から何度も着信が来た。
合計で十数回。
胸の奥に嫌な予感が膨らんでいく。
もしかして身内に何か――と、駅に着くなり慌てて折り返すと、出たのはB子だった。

「昨日のお店、美味しかったですねぇ〜♪」
そんな呑気な声。
いや、呑気というより、あまりに他人事で、どこか空虚な響きがあった。

「……え、何か用事があったんじゃないんですか?」
「ううん、ないですよ〜。でも、話したいこといっぱいあるしぃ」
用もなく何十回も電話をかけてきたのか?
しかも平日の朝に?
苛立ちを抑えきれず、私は電話を一方的に切った。
先輩が勝手に私の番号を教えたのだろう。
その点についても、少し後に問い詰めるつもりだった。

しかし、それからが本当の地獄だった。

B子からの電話は、朝から晩まで、三分から十分おきにかかってくるようになった。
内容はどれもこれもくだらない日常話――テレビの感想、コンビニの新商品、天気の話。
最初は出てしまったが、まるでこちらの生活など意に介さぬ様子で延々と喋る。
怒鳴りつける寸前で、私は着信拒否をした。
それでも終わらなかった。

一週間後の深夜、公衆電話からの着信。
画面に「非通知」と表示された瞬間、背筋が凍った。
B子に違いない。
そう確信できるだけの、妙な圧があった。

三分おきに鳴る非通知の電話。
違う公衆電話からの着信。
もはや悪意そのものだった。

私は二台目の携帯を契約し、旧端末は電源を落とし、放置することにした。
それ以降、B子は新しい番号を知らないはずだから、こちらは平穏を取り戻した。

半年後、古い携帯を何となく起動してみた。
ほんの気まぐれだった。
すると――電源を入れた直後に、着信音が鳴った。

ディスプレイに表示された名前に、心臓が止まりかけた。
「B子」

私は憤りを覚えた。
半年も経って、まだしがみついているのか?
怒りをぶつけようと、通話ボタンを押した。

「今日暑かったよねぇ〜。うち、クーラー壊れちゃってさ〜」
相変わらずの他愛ない話。
こちらが怒鳴る暇も与えず、一方的に喋り続ける。
「××行かない?今日、奢るからさぁ」
その提案に、私は完全に気が緩んだ。

××は高級焼肉店で、地元では有名だ。
給料日前で財布が軽かった私は、完全に釣られてしまった。
「何かあれば怒鳴ればいい。はっきり断ればいい」
その程度の覚悟で、私は彼女と再び会ってしまった。

店ではB子は終始、無表情に近い笑顔を浮かべていた。
好きだの、付き合ってほしいだの、そういう話は一切なし。
普通に食べ、普通に会計を済ませた。

「トイレ行きたい」
そう言った彼女に、駅のトイレを勧めると、「電車賃しかない」と答えた。
仕方なく、私は彼女を自宅に連れて帰った。

トイレの中から聞こえる音が、明らかに「大」のそれだった。
初対面に近い男の家で、まさかの……。
驚きと同時に、どこかで「安心してしまった」自分がいたのも事実だ。
肉体関係を迫るでもなく、ただ「排泄しただけ」なのだから。

だが、地獄はそのあとだった。

彼女が帰った後、私がトイレのドアを開けた瞬間、息が詰まった。
壁に飛び散る、茶色い飛沫。
床、壁、天井近く、さらには便器の裏側まで――まるで映画のスプラッターシーン。
殺意ではなく、「呪い」のように感じた。

掃除している最中、涙が出てきた。
腹が立つとか、汚いとか、そういう次元ではない。
得体の知れないものに侵入されたという、存在への恐怖。

明け方になり、私は出勤の準備を整え、コートを羽織った。
その瞬間、鼻に何かが触れた。
異臭。
振り返ると、コートの背中には、べったりと――

あれは、ただの嫌がらせだったのか?
それとも、何か……見えない意図があったのか?

それ以来、B子からの電話は一切来なくなった。
先輩に詰め寄っても、「えー、なんだっけそれ〜?」と、まともに取り合わなかった。

あの女は誰だったのか。
なぜ、半年間も着信を続けていたのか。
なぜ、焼肉を奢ったのか。
なぜ、最後にああいう形で消えたのか。

今でもわからない。
でも――
ふとした瞬間、あの香りを思い出すことがある。
封印した古いコートの匂い。
あれは多分、単なる「汚物」じゃなかった。
何か……もっと根深く、粘ついた、呪詛の類。

以来、私は誰かと食事をするたびに、背後が気になって仕方がないのだ。

[出典:206 :本当にあった怖い名無し:2010/08/15(日) 00:39:45 ID:PPA+X27T0]

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