この話は、ある業界に入ったばかりの青年が体験したという、不思議で少し恐ろしい出来事である。
曰く、「ほんとうに怖かった。今も夢か現か、わからなくなる時がある」という。
業界では、神仏や見えざるものとの関係が時折ささやかれる。特に地方の撮影では、妙な“気配”を感じる者も少なくない。
彼もまた、そんな“感じる”先輩の紹介で、廃社になった稲荷神の祠(ほこら)の世話を一時的に任されることになった。
「古い石だけが残っててね。でも、ちゃんと力は残ってるから、毎朝水を変えて拝むんだよ」
そう言って先輩は出張に出た。
青年は最初こそ嫌々通っていたが、次第にそれが“習慣”となり、むしろ不思議な安堵を覚えるようになる。
ある日、ふとした気まぐれで「儀式」を真似してみたくなった。
ちょうど雨の予報だった休日、友人との約束を思い出した彼は、試しにこう頼んだのだ。
――「神様なら、晴れくらい簡単にできるでしょう?」
夜中に祠を訪れ、作った祝詞を唱える。
気味の悪い風が吹き、周囲の闇がぐにゃりと揺れた気がしたが、それきり何も起こらなかった。
翌朝、空は抜けるように晴れていた。青年は笑いながら友人との待ち合わせ場所――大学へ向かう。
早く着いたため、キャンパスを背にベンチで待つことにした。
しかし、どれだけ待っても友人は来ない。
携帯もつながらない。ふと周囲を見回した彼は、そこで初めて“ここ”が大学ではないことに気づいた。
背後のキャンパスは、瓦の落ちた木造の建物になっていた。
自分の足元には、朽ちた鳥居の残骸と、折れた看板が転がっている。
『立入禁止』――。
「……戻らなくちゃ」
そう思った瞬間、建物の奥から何かが「こちらを見ている」と感じた。
走り出しても、建物の気配は背後から離れない。
「逃げられない」と感じたそのとき、ぽつんと佇む白い着物の女が現れた。
「早く……出なさい」
女の声が聞こえた瞬間、彼はベッドの上で目を覚ました。
窓の外は大雨。時計は午前3時。
大学へ行く前だった。
夢――のはずだった。
しかし、濡れた服と泥のついた靴が、玄関に置かれていた。
そしてポケットには、小さく折りたたまれた紙が一枚。
「神を試すな。あなたは見られている」
それからというもの、彼は毎朝、祠の掃除と水替えを欠かさない。
あの白い女が、この世の者でないことは、直感でわかっていた。
でも――もし彼女が現れなければ、いま自分はどこにいたのだろうか。
[出典:458 :本当にあった怖い名無し:2019/06/02(日) 00:46:52.84 ID:1D5lr1800.net]