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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

行けなかった子 nw+373-0203

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この話をすると、決まって「作り話でしょう」と言われる。

だから普段は、誰にも話さない。
けれど、あの声を思い出すたび、胸の奥に残ったものが、まだ終わっていないと教えてくる。

看護学生だった頃の話だ。
まだ技術も経験も足りず、「人の役に立ちたい」という曖昧な気持ちだけを頼りに生きていた。

ある日の夕方、友人と街を歩いていると、目の前で事故が起きた。
甲高い衝突音。
転がる自転車。
アスファルトに倒れ込む小さな体。

車に撥ねられたのは、十代半ばの女の子だった。

周囲の悲鳴に背中を押されるように駆け寄った。
誰かが救急車を呼び、私は無我夢中で膝をついた。
血が多く、制服は赤黒く濡れていた。
知識は不十分だったが、手が止まらなかった。

「大丈夫」
「聞こえる」
「もう少しだから」

何度も声をかけた。
何の根拠もない言葉だった。
それでも、言わずにはいられなかった。

女の子はうっすらと目を開け、こちらを見た。
焦点の合わない視線。
それでも、確かに私を見ていた。

やがて救急車が到着し、私と友人も同乗した。
途中で、モニターの音が変わった。
脈が途切れ、呼吸が止まった。

その瞬間、時間が歪んだ気がした。
音が遠のき、車内の空気が急に重くなった。

後から聞いた話では、内臓が致命的に損傷していたという。
助かる可能性は、最初からほとんどなかったらしい。

私は、その説明を何度も頭の中で反芻した。
意味が分かれば、納得できると思ったからだ。

だが、手の中で冷えていく感触だけは、どうしても消えなかった。

それからしばらく、看護師になること自体が怖くなった。
現場に立つ資格がない気がしていた。
それでも、周囲の言葉に押されるように卒業し、病院に就職した。

配属されたのは外科病棟だった。
生と死が、日常的にすれ違う場所。
眠れない夜が続き、心と体の境目が曖昧になっていった。

最初に異変を感じたのは、夜勤明けの屋上だった。
朝焼けに染まる街を見下ろしていると、背後に気配を感じた。

振り向くと、少女が立っていた。

制服姿。
血に濡れたままの服。
あの事故のときと同じ姿。

目が合った瞬間、息が止まった。
声を出そうとしたが、喉が動かなかった。

彼女は、微笑んでいた。

ほんの一瞬、視線を逸らしただけだった。
次に見たとき、そこには誰もいなかった。

疲労のせいだと思おうとした。
そう思わなければ、仕事を続けられなかった。

だが、それは一度きりでは終わらなかった。

廊下の角。
ナースステーションの窓際。
誰もいないはずの場所に、彼女は立っていた。

必ず、私が限界に近いときだった。

声をかける暇もない。
ただ、こちらを見て、微笑む。

奇妙なことに、恐怖はなかった。
むしろ、見られているという感覚が残った。

いつの間にか、彼女の名前を思い出していた。
事故のあと、身元確認の場で耳にした名前。

――美穂。

なぜか、その名前が頭から離れなくなった。

ある夜、重症の子どもを担当していた。
泣き叫ぶ声。
親の疲れ切った表情。
注射器を持つ手が震えた。

ふと、視線を感じた。

病室の隅に、美穂が立っていた。
血の跡はなく、静かにこちらを見ている。

そのとき、子どもが小さく呟いた。

「だいじょうぶ」

耳を疑った。
それは、あの事故の日、私が何度も繰り返した言葉だった。

問い返そうとした瞬間、美穂の姿は消えた。

それからも、似たことが続いた。
患者が、同じ言葉を口にする。
聞き覚えのある声色で。

「もうすぐだから」
「だいじょうぶ」

私は、誰にも話さなかった。
話せば、壊れてしまう気がしたからだ。

年月が過ぎ、主任を任される立場になった。
初日の朝、早めに更衣室に向かった。

ロッカーの前に、影があった。

美穂だった。

今度は、血の跡もなく、穏やかな表情をしていた。
私は、なぜか逃げられなかった。

「……ありがとう」

彼女はそう言った。

「声が、ずっと聞こえてた」

何の声か、聞かなくても分かった。

「苦しかったけど、あの言葉があったから、行けなかった」

背筋が冷えた。

行けなかった。
どこへ。

問い返す前に、彼女は続けた。

「だから、そばにいたの」

「お姉ちゃんが、苦しいときは、呼ばれた気がしたから」

その言い方は、まるで役割のようだった。

「もう、ここじゃなくてもいいよね」

その瞬間、更衣室の時計が鳴った。
視線を逸らした一瞬で、美穂の姿は消えていた。

それ以来、彼女をはっきり見ることはなくなった。
だが、代わりに増えたものがある。

泣いている子どもが、私を見る。
初対面のはずなのに、安心したように。

そして、決まって言う。

「だいじょうぶ」

私は、その言葉を否定できない。
否定してしまえば、何かが壊れる気がする。

だから今日も、患者の手を握り、同じ言葉を返す。

――だいじょうぶ。

それが誰を縛っているのか、
もう、考えないことにしている。

[出典:666 :本当にあった怖い名無し:2008/10/19(日) 05:05:04 ID:Pubegn7lO]

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