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ドッペルゲンガーの食卓 r+2,458

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高校生の頃に体験した話をする。

今でもあれが何だったのか、うまく説明できない。

その日の放課後も、部活に入っていなかった俺はいつものように六時半ごろに家へ帰り着いた。
門を開け、玄関を開けると、台所から包丁の音が響いていた。
母ちゃんが料理をしているのは珍しいことじゃない……はずだった。
ただ、その日の朝「今日はパートだから七時すぎるよ」と言って出かけていったはずなのだ。
妙に早く帰ってきたのかと疑問に思いながらも、俺は「ただいま」と言って自室に向かい、制服を脱ぎ捨てて居間へと足を踏み入れた。

ちゃぶ台の上には、四つ並んだクリームどら焼き。
小さなメモに「ひとり二つまで」と書いてある。
母ちゃんがいるときは、俺が妹の分まで食べないよう、おやつは出していないはずなのに。
一瞬、違和感が頭をよぎった。
けれど空腹には勝てず、二つ頬張ってから熱いお茶を注いだ。

居間の先、台所では母ちゃんが振り向きもせず「おかえり」と言った。
パーマのかかった髪、ずんぐりした背中、紺色のズボン――間違いなく母ちゃんに見える。
鍋をかき回す背中越しに、「シチュー、もうすぐできるけど、先に食べる?」と声をかけてきた。

俺は口の中のどら焼きを飲み込み、「いや、いま食ったからいい」と返した。
その瞬間、全身に寒気が走った。
――なぜどら焼きが出してあったんだ。
母ちゃんが家にいるのなら、そんなことするはずがない。

気づいた途端、背中が異様に重く見えてきた。
顔を確認したほうがいいのか……いや、もし違うものだったらどうする?
恐怖に喉が詰まりかけたそのとき、「そうだね、亜美(妹)が帰ってきたら、三人でせえので食べようか」と、母ちゃんの声が割り込んできた。

せえので……?
妙な言葉に反応しそうになるが、俺はそれを飲み込み、立ち上がった。
「ちょっと走ってくる」とだけ言って玄関へ向かう。
マラソン大会の練習だと自分に言い訳しながら、靴を履いて外に飛び出した。

門を閉めて振り返ったとき、居間も台所も、すべて真っ暗になっていた。
さっきまで灯っていたはずの光は一つ残らず消えていた。

三十分ほど走り、汗をぬぐいながら家へ戻ると、門のところに母ちゃんがいた。
両手にスーパーの袋をぶら下げ、鍵を開けようとしていた。
俺に気づいて「いま帰ったの?」と笑った顔は、確かに本物だった。
俺はわけもわからず「シチューは?」と聞いていた。
母ちゃんは「シチュー?時間かかるから今日は野菜炒めでいい?」と答えた。
台所の電気をつけると、そこには朝出て行ったままの散らかった流しがあった。

それから数年が過ぎ、俺も妹も県外に進学し、それぞれの生活を始めた。
大人になってからのある晩、母ちゃんが東京に遊びに来て、二人でビールを飲んでいたとき、ふとあの話を切り出した。
母ちゃんは黙って、しばらく下を向いたままだった。
やがて、ぽつりと「お父さんね、あのころ他所に女がいて……離婚の話も出てたの」と口にした。
パートを始めたのもそのためで、慣れない仕事でいじめに遭い、毎日が本当に苦しかったらしい。
「死んでしまおうかと思ったこともあったの。あなたたちも一緒に……ね」
声が震えていた。
だがすぐに「もちろんそんなことしないけど」と笑って続けた。
「だから、あの日あなたが見たのは、私の生霊だったのかもしれない」

けれど、俺には別の解釈がある。
あのとき台所に立っていたのは確かに母ちゃんだった。
生霊なんかじゃない。
あの町の、あの家には二人の母ちゃんがいたんだ。
パートで働く母ちゃんと、家で料理をしていた母ちゃん。
二つの時間が並行して存在していたのではないか。
もし俺があの日、どら焼きを食わずにシチューを口にしていたら――俺のいない世界が、ひとつの「正史」として続いていたのかもしれない。

父親の浮気相手は、のちに交通事故で死んだ。
母ちゃんは「振られたのよ」と笑っていたが、それが本当かどうかは、もう誰にも確かめられない。

いまだに俺は時々考える。
あの日の背中は、生霊でも幻でもなかった。
あの世界で、俺の母ちゃんは鍋をかき回したまま、まだこちらを振り向こうとしているのではないか、と。

[出典:327 :本当にあった怖い名無し:2019/06/19(水) 02:06:44.51 ID:PvXN2RhE0.net]

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